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第2章〜「正義」の作り方お教えします〜③

 オレたちチーム・ヴェスパのリーダーである花金鳳花は、物事を図式化してプレゼンテーションしたり、的確な指示を出すことに長けている。


「超大国と言える国の政界を動かすには、どうすれば良いんですか?」


 と、オレが訊ねたときも、その場に紙やペンが無かったので、両手の親指と人指し指で三角形を作って、こんな説明をしてくれた。


「アメリカの政治の世界は、三角形で出来ているの。その頂点にあるのは、大統領が指揮する政権、上下(じょうか)両院の議員で構成される連邦議会、そして、テレビや新聞・雑誌などのマスメディアよ。この三つはお互いに密接に結びついて影響しあってる。だから、この中にある頂点の一か所を動かしたければ、他の二つを動かせば良いの。たとえば、政府を動かしたければ、議会とメディアを動かせ……ということね」


 モルタヴィア共和国の目的は、アメリカの外交政策を動かして、トランス・ドニストール共和国と彼らに協力する勢力に圧力を掛けることだ。こうした政策を決定するのは、言うまでもなく、大統領が率いるホワイトハウスな訳で、鳳花さんの「三角形の理論」によれば、そのホワイトハウスを動かしたければメディアと連邦議会(キャピトル・ヒル)を動かせ、ということになる。


 そんな訳で、メディアとの協力体制構築の準備が終わったあとは、モルタヴィア共和国に対する継続的な支援を行うための拠点を連邦議会に構築することだ。


 アルコ・グローバル・ストラテジー社の内部資料には、政権に影響のある連邦議員の名前がリストになっている。


 その中で、今回のターゲットとなるのは、ボビー・ホープ上院議員だ。与党の上院議員を束ねる院内総務という重職にあり、いずれは大統領候補として立候補するだろうと目されている超の付く大物で、議会内に対するその影響力は絶大だ。


 もちろん、こんな超大物議員に、PR会社の若手社員が接触してモルタヴィア政府の立ち場を売り込むなんて出来るはずがない。ホープ上院議員に動いてもらいたいのは、オレたちだけではないのだ。全米各地、いや世界各国から、彼を味方に取り込もうという人間たちが陳情に押し寄せてくる。


 だが――――――。


 AGS社とチーム・ヴェスパには、ホープ議員の事務所に強力なパイプがあった。それは、議員の秘書を務めるミラ・イリエだ。彼女は、我らがAGS社の創業者であるマーガレット・クライスの教員時代の教え子であり、鳳花さんが学生時代に所属していたゼミの先輩でもあるのだ。


 チーム・ヴェスパのために時間を割いてくれたミラさんは、この国でキャリアを重ねる女性の典型的なタイプで、ホープ議員の事務所を訪れたオレたちを見栄えのするスーツ姿で出迎えてくれた。


「今日は、お時間をいただいてありがとうございます、ミラ先輩。先日、ホープ議員が『ワシントン・ヘラルド』に寄稿されたウクライナ情勢の将来とルーマニアをはじめとする東欧諸国への支援に関する論稿を興味深くよませていただきました。()()()()()()()()()()()()()()()()は、相変わらず鋭いですね。私も勉強になりました」


 オレが、おケイ先生に語ったように、鳳花さんもミラさんのボスの実績を褒め称えるところから会話を始める。

 

 自分たちを歓待してくれた相手は、マザー・クライスや鳳花さんとは逆に、ボスを褒められることに喜びを見出すタイプなのかと思いきや……。

 実は、ホープ議員の署名で書かれた記事の草稿の多くは、ミラ・イリエが執筆しているのだ、と移動中の車内で鳳花さんが教えてくれた。

 

「ありがとう。若い人たちにそう言ってもらえると、議員も喜ぶと思うわ。ウクライナや東欧の将来を見通すことは、いまの私が、学生時代に履いていたジーンズを履こうとするくらい難しいことだから」


 上機嫌で微笑みながら語る有力議員の女性秘書は、ジョークのセンスも抜群のようだ。ちなみに、自虐的な冗談を言っているが、現在のミラさんのスタイルは、学生時代と大きく変わっているようには見えない。


 お互いに友好的な話し合いができることを確認したうえで、鳳花さんは本題に入った。


「先輩ご自身は、ウクライナとルーマニアに挟まれたモルタヴィア共和国での紛争について、どうお考えですか?」


「私は、モルタヴィアの紛争をアメリカ的な視点で捉えているの。これは、民主主義や異なる民族の共存という、これまでのアメリカが最も大切にしている価値観を通して見ている、ということね」


 多民族の共存という考え方について、現在のこの国では、さまざまな意見が飛び交っていることを前提にして語る彼女は、イリエという東欧系のファミリーネームが示すとおり、家族のルーツはルーマニアにあるそうだ。

 そして、ルーマニアの国旗である青・黄・赤の三色のうち、赤はモルタヴィアの地域をあらわしている、とされている。


 ミラ・イリエは、遠い東欧の地での紛争とアメリカ人とを結びつける理想的な架け橋だ。鳳花さんは、それを見逃さなかった。


「先輩、私たちは今日のお昼に合わせてアンバーのランチを予約しているんです。お時間があれば、ご一緒にいかがですか?」


 我らがチーム・リーダーは、ミシュランガイドにも掲載されているバルカン・東欧料理の有名店の名前を口にする。残念ながら、ミラさんのルーツであるルーマニア料理を出す料理は、ワシントンD.C.近郊には無かった。

 ただ、鳳花さんがランチの予約をしているアンバーという店では、ルーマニア料理に非常によく似たスタッフドキャベツ(ロールキャベツ)や、ひき肉料理のミティティなどが提供されている。


 ミラさんは、チーム・ヴェスパの提案を喜んで受け入れてくれた。

 

 彼女を官庁街にある東欧料理の名店に連れ出すことに成功し、予約していた店の席に着くと、鳳花さんは、アタッシュケースから「コンフィデンシャル」(機密文書)と書かれたファイルを取り出した。


「これは、モルタヴィア共和国政府に提出する業務報告書です。ミラ先輩、あなたにだけは、ぜひ読んでもらいたいと思って、ここに持ってきました」

 

 鳳花さんが差し出した文書は、オレたちがこれまで徹底調査したモルタヴィア周辺の現状に関する内情を細かくまとめたもので、メディアや他の政界関係者には絶対に見せないものだったが、東欧の問題に深い関心を持つミラ・イリエにとって、見逃せない情報の宝庫になっているはずだ。

 

 彼女の母国ルーマニアは、ロシアによる選挙介入が発覚して大統領選挙が無効となり、やり直しになるなど、政情的にも近隣諸国の動向は見過ごせない状況だ。


 資料にチラリと目を通したミラさんは、満足したように少しだけ口角を上げたあと、オレたちに微笑みながら語った。


「ありがとう、ホウカ。これから、ホープ議員が議会案を作成するときや提出するときは、あなた達にも知らせるようにするわ」


 連邦議会(キャピトル・ヒル)に足掛かりを作ることに成功したことを確信したオレと鳳花さんは、AGS社内に戻ってから、壮馬といっしょに軽く祝杯をあげた。


 次は、いよいよ、今回のミッションの主役であるラドレスク大臣を国際舞台に相応しい人物になるようプロデュースするフェーズだ。

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