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第2章〜「正義」の作り方お教えします〜④

 もし、モルタヴィア共和国のシュテファン・ラドレスク外務大臣が、アルコ・グローバル・ストラテジー社に来訪してオレたちチーム・ヴェスパと出会っていなければ、アメリカの人たちが、モルタヴィア共和国での紛争について、まったく注目しないかと言えば、そんなことは無いだろう。


 現在でも、情勢が不安定な東ヨーロッパの地に赴いて、現地から命がけで情報を発信している記者やジャーナリストは存在する。


 ただ、オレたちは、英語が堪能でテレビ映えし、大学で教鞭を取っていたという経歴からもわかるように語彙力の豊富なこの大臣を、アメリカ全土……だけでなく、世界各国に情報発信をする優秀なスポークスマンに育てられるかどうかが、「モルタヴィア共和国の惨状を訴え、支援の受けられるようにする」という自分たちのミッションの成否のカギになると考えていた。


 そこで、チーム・ヴェスパは、彼をテレビのトークショーやSNS向けのショート動画で好感を得られるような人物にするべく、育成計画を練っていく。


 アメリカのテレビ局の特徴は、ケーブルテレビが発達していることで、100以上ものチャンネルを視聴できる家庭が多い。その中でも、世論に強い影響を与えるのは、有名な三大ネットワークに加えて、ニュース専門チャンネルの老舗的存在のCNNと保守系のカラーが強いFOXニュースだ。


 さらに、これらのテレビ局の報道番組では、さまざまな形で「トークショー」のコーナーを持っている。

 ニュース番組の1コーナーという形式もあれば、30分から1時間の番組全体がトークショーというものもある。そのほとんどが生放送で、アメリカ社会で話題を呼んでいる「時の人」を招き、レギュラーキャスターが厳しい質問をその()()()に浴びせかける。


 まだ日本に居た頃、オレは熱心にテレビ番組ばかりを見ているようなタイプではなかったが、司会者がゲストに厳しく接するような番組なんて日本では成立しないだろう、と思っていたから、日本とアメリカのテレビ局の番組作りの違いに驚いた覚えがある。

 

 日本人にわかりやすく言うと、報道番組バージョンの『徹◯の部屋』が毎日どこかのテレビ局で放送されているような感じだろうか?


 これらの番組の司会者は、全米メディア業界のエリート中のエリートで、なかには15年以上もの間、番組キャスターを続けている人物もいる。言い換えれば、最長でも二期8年しか務められないアメリカ合衆国大統領以上に、アメリカの政治や社会情勢に影響力を持っていると言っても良いくらいなのだ。


 オレたちチーム・ヴェスパは、東ヨーロッパのさらに隅っこにある小国・モルタヴィア共和国からやって来たラドレスク大臣をエリート揃いのニュースキャスターたちと互角に渡り合えるようにしなければならない。


 外務大臣の育成計画は、こうした考えのもとにスタートした。

 

 オレたちのクライアントとしてもっとも接する機会の多いシュテファン・ラドレスクという人物は、トークショーの()()としては、間違いなく優れている。


 だが、そんな彼にも、いくつか修正してもらわないといけない特性がある。

 

 その第一は、トランス・ドニストール陣営の批判を行うとき、これまでの経緯について、詳細に話したがることだった。これは、彼が大学で歴史学の講義を担当していたことにも関係するのかも知れないが、アメリカのテレビ番組に出演するとき、もっともしてはいけないことだ。


 たとえば、異世界モノのWeb小説やコミックを読む際に、冒頭から世界観や作品設定の説明が延々と続けば、あっという間に読者離れが起こってしまうことを想像してもらうと良いかも知れない。


 EU各国での救援要請の巡業(?)を終えたあと、ふたたび、ワシントンに戻ってきたラドレスク大臣に、我らがチーム・リーダーの鳳花さんは、こんなアドバイスをした。


「重要なのは、今日、首都のキシナヴィアで、なにが起きているか、それだけです。そのことだけに絞って話をしてください」


 おケイ先生が、ゆっくり動画でキャラクターに語らせていたように、モルタヴィア共和国とトランス・ドニストールの民族対立の歴史を中世や戦前の頃まで遡って語るな、というのは、まだ理解できる。

 ただ、年内に始まったばかりのモルタヴィア紛争の経緯を振り返ることもタブーだと鳳花さんは言うのだ。

 

 彼女いわく、そんな解説をしている間に、視聴者はチャンネルを変えたり、手元のスマホに目を向けるようになってしまうと言う。


 ここから、テレビ画面やショート動画で、いかに効果的に語り、大臣の母国の惨状を表現するかのレッスンが始まった。


「黒煙が包む市街地では、今日も子どもたちが戦闘車両の轟音と銃声に怯えています。私たちの日常は砕け、逃げ場のない戦火が人々を追い詰めています」


「空腹に泣く子ども、カラカラの喉。届かない支援に絶望が募り、飢えという無言の恐怖が、市民の命の灯火を消していきます」


 悲劇の国の大臣は、日々、モルタヴィアの大統領府からAGS社に送られてくる首都の状況について、声の調子を変え、内容によって話すスピードを早くしたり遅くしたり、ときにはわざと沈黙するなどの変化を加えながら、視聴者に与える印象を形づくっていく。


 ここには、ラドレスク大臣を一国の政府高官ではなく、首都の街で市民が傷つく姿を目の当たりにした一人の人間であると演出するねらいがあった。


 こうした技術を持っているか、演出を施すどうかで、視聴者側が受け取るイメージに大きな差が出るのだ。

 

 AGS社内の一角で現地からの情報を語る訓練を行った大臣は、長い沈黙と沈鬱な語り口を駆使した悲劇の語り部として必要なスキルを飛躍的なスピードで身に着けていった。


「公の立ち場にある者が、カメラの前でどのように話をするべきか学ぶのは当然のことよ。そこに多少の演技や演出が加わるのは、普通のことだと思うわ」


 とは、鳳花さんの言葉だ。

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