幕間〜ゆっくり世界を語りたい〜①
エイム:ゆっくりエイムだよ!
アリサ:ゆっくりアリサだぜ!
エイム:ねえアリさ、うちの会社の部署、最近なんだかピリピリして大変なのよ
アリサ:ピリピリしてるって、どうしたんだ? 派閥争いでも起こってるのか?
エイム:そのとおりなのよ! 「プロジェクトA派」と「プロジェクトB派」が争って、業務の主導権を巡って、上司がバチバチにやり合ってる内戦状態なのよ。
アリサ:おう……それは、大変だな
エイム:そうなの! 板挟みになるこっちの身にもなってほしいわよね。お昼休憩の誘いすら、どっちに付くかの踏み絵みたいになってて気まずいのなんの。
アリサ:それは、関係者としては、たまったもんじゃないな……。
エイム:ほんと、それな! 巻き込まれる前に、私は就業時間が終わったら、「定時退社派」として一目散に会社から逃げ出すしかないの。
アリサ:それはそれで、両方の派閥から嫌われないようにしろよ。ところで、内戦といえば、ちょっと語りたいことがあるんだ。まずは、この世界地図をみてほしいんだぜ。
エイム:なによ、唐突に話題を変えて……って、ちょっとこの地図を見ていて気になったんだけどさ。ウクライナのすぐ隣にある「モルタヴィア」の中に、なんか細長い別の国みたいな地域があるんだけど……これって何なの?
アリサ:お、そこに目を付けるとは相変わらず鋭いなエイム。それが、今日、語りたかった場所なんだ。ここは通称「トランス・ドニストール共和国」(正式名称:トランス・ドニストール・モルタヴィア共和国)と呼ばれる地域だ。結論から言うと、ここは世界中のどの国からも正式な独立国として認められていない、いわゆる「未承認国家」なんだぜ。
エイム:未承認国家? ってことは、国際的には「モルタヴィアの一部」って扱いだけど、実際には別の政府が勝手に支配してるってコト?
アリサ:その通り。モルタヴィア政府の法律が届かない「事実上の独立状態」が、もう30年以上も続いているんだ。今回は、この二つの地域の間に何があって、なんでこんなに拗れてしまったのかを解説していくぜ。
【1:なぜ分かれた? すれ違う歴史と民族の壁】
エイム:そもそも、なんで同じ国の中でそんな分裂が起きちゃったのよ。仲良くできなかったのかしら?
アリサ:それを知るには、ソ連時代の歴史を紐解く必要があるな。もともとドニストール川という川を挟んで、西側の「モルタヴィア本土」と東側の「トランス・ドニストール」は、歩んできた歴史が全然違うんだ。
エイム:歴史が違うって、どういうこと?
アリサ:西側のモルタヴィア本土は、歴史的にルーマニアと深いつながりがある。民族もルーマニア系が多数派で、言葉もルーマニア語(モルタヴィア語)を話す人が多いんだ。一方、東側のトランス・ドニストールは、早くからロシア帝国やソ連の支配下に入っていたから、ロシア系やウクライナ系の住民がたくさん移住してきたんだぜ。
エイム:なるほど。西はルーマニア寄り、東はロシア寄り、ってことね。
アリサ:そう。それが爆発したのが1980年代後半、ソ連が崩壊しかけていた時期だ。モルタヴィア本土で「ソ連から独立して、いずれルーマニアと合体しよう!」という民族主義的な運動が盛り上がったんだ。これに恐怖を感じたのが東側のロシア系住民たちさ。「ルーマニアに吸収されたら、俺たちの立場やロシア語はどうなるんだ!」ってな。
エイム:あ〜……お互いの「譲れないアイデンティティ」が衝突しちゃったわけね。
アリサ:その結果、ソ連崩壊直前の1990年に、東側の地域が「トランス・ドニストール共和国」として勝手に分離独立を宣言。そして1992年には、ついに両者の間で激しい武力衝突(トランス・ドニストール紛争)に発展してしまったんだ。
【2:奇妙な「凍結された紛争」とロシアの影】
エイム:戦争になっちゃったの!? じゃあ、今はどうなってるのよ。
アリサ:1992年の夏に停戦協定が結ばれて、それ以来、大規模な戦闘は起きていない。ただ、問題が根本的に解決したわけじゃないから、歴史的にはこれを「凍結された紛争」と呼ぶんだ。
エイム:でもさ、モルタヴィアに比べてトランス・ドニストールってすごく細くて小さな地域じゃない。失礼だけど、よくモルタヴィア軍に潰されずに30年も持ち堪えられたわね?
アリサ:いい質問だな。そこには、みんなの予想通り「ロシア」の強大な影がある。紛争当時から、この地域にはソ連軍(のちのロシア軍)の部隊が駐留していたんだ。彼らが事実上、トランス・ドニストールの味方をしてモルタヴィア軍を押し返したのさ。
エイム:やっぱりロシアが後ろ盾にいるんだ……。
アリサ:ああ。今でも「平和維持軍」という名目で、約1500人のロシア軍がトランス・ドニストールに居座り続けている。さらに、トランス・ドニストールは独自の通貨や独自の軍隊、パスポートまで持っているんだが、経済的にはロシアからの格安の天然ガス供給や財政援助で成り立っているのが実態だぜ。
エイム:独自の通貨まであるの!? 完全に別の国じゃない。でも、街の雰囲気とかはどうなってるの?
アリサ:ああ、通貨についてのトリビアだが、ここのトランス・ドニストール・ルーブルは、世界で唯一のプラスチック製の硬貨として有名だぜ。そして、街並みは、ガチガチの「ミニ・ソ連」だ。街にはレーニン像が堂々と立っているし、国旗には今でもソ連風の「鎌とハンマー」が描かれている。タイムスリップしたような独特な景観から、一部のマニアには有名な場所でもあるんだ。
【3:表向きはバチバチ、裏ではビジネスパートナー?】
エイム:聞けば聞くほど、モルタヴィア政府からしたら目の上のたんこぶよね。お互い一歩も口をきかないくらい仲が悪いの?
アリサ:それがな、人間社会の面白いところで、「政治的には敵対しているけど、経済や生活ではめちゃくちゃ依存し合っている」という奇妙な関係なんだ。
エイム:え? 依存し合ってるってどういうこと?
アリサ:実は、ソ連時代に大型の発電所や重工業の工場は、ほとんど東側のトランス・ドニストール側に作られたんだ。だから現在でも、モルタヴィア本土は電気の大部分をトランス・ドニストールにある発電所に頼っている。
エイム:ええっ!? 敵にライフラインを握られてるの?
アリサ:逆に、トランス・ドニストール側で作った工業製品やワインを海外に輸出するときは、未承認国家のままだとどこも買ってくれないだろ? だから、モルタヴィアの企業として登録して、モルタヴィアの関税を通すことで、ヨーロッパ(EU諸国)へ輸出しているんだ。
エイム:なによそれ!政治ではいがみ合ってるのに、ビジネスではお互いに「あなたがいないと困るの」状態じゃないの。
アリサ:そうなんだよ。だから境界線にはチェックポイント(検問所)があるけど、住民の行き来や流通は意外と自由だし、サッカーのモルタヴィア国内リーグにはトランス・ドニストールの強豪チーム(シェリフ・ティラスポリ)が普通に参加して、何度も優勝したりしているんだぜ。
【4:近年の情勢:ウクライナ危機と高まる緊張】
エイム:なんだか、危ういバランスのまま、なんとか平和を保ってきたのね。でも、最近はどうなの? 2022年にウクライナで戦争が始まってから、この地域もヤバいんじゃない?
アリサ:まさにそこなんだ。ウクライナ戦火の拡大以降、この地域の緊張感は一気に跳ね上がっている。トランス・ドニストールはウクライナの西側とべったり国境を接しているからな。
エイム:ロシア軍がそこにいるってことは、ウクライナを後ろから挟み撃ちにできる位置じゃない!
アリサ:その通り。ウクライナやモルタヴィア政府は「ロシアがトランス・ドニストールを拠点にして、モルタヴィア本土への侵攻や、ウクライナへの第2戦線を開くのではないか」と激しく警戒している。逆にトランス・ドニストール側は「ウクライナやモルタヴィア軍が攻めてくるんじゃないか」と怯えている。互いに猜疑心が強まっている状態だ。
エイム:モルタヴィア政府としては、早くこの問題を解決して、安全なヨーロッパ(EU)の仲間入りをしたいところよね。
アリサ:ああ、モルタヴィアはEU加盟を目指して急速に西側シフトを進めている。だが、国内に「ロシア軍が駐留する未承認国家」を抱えたままだと、正式なEU加盟やNATO(北大西洋条約機構)への加入は極めて難しい。ロシア側も、モルタヴィアを西側に渡さないための「重し」として、あえてこの地域を未解決のままにしている側面があるんだ。
エイム:歴史のすれ違いから始まって、今や大国のパワーゲームの最前線になっちゃったわけね……。ドニストール川を挟んだ人たちが、また安心して暮らせる日が来るといいんだけど。
アリサ:本当だな。一触即発の危機をはらみつつも、経済的な相互依存という奇妙な絆で保たれているこの関係が、今後どう動くのか。世界情勢を見る上でも、絶対に目が離せない地域だぜ。
エイム:よくわかったわ、アリサ。複雑だけど、ただの「敵・味方」じゃ割り切れない大人の事情が詰まってるのね。ありがとう!




