第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜⑥
翌朝、AGS社内のチーム・ヴェスパに割り当てられたフロアに集まったオレたちは、現状分析を行う。
お世辞にも成功とは言えないラドレスク外務大臣の最初の記者会見だったが、それでも、いくつかの新聞メディアや通信社は、この会見の模様を記事として取り上げていた。
「三分の一ほどのまばらにしか埋まっていない記者会見場で、ラドレスク外相は、情熱的に母国の現状を語った」
これは、日本でもアメリカの有力紙として知られている大手新聞社の国際面に掲載されたテキストだ。
その記事の紙面は、およそ9割が大きな広告で占められていて、ダイエット用の補正具を身に着けた女性モデルが、デカデカと商品をアピールしていた。
健康的なスタイル女性が、補正具を身にまとっている写真は、インパクト抜群だが、それは、流血の惨事に苦しんでいるモルタヴィアの人々の救援を求める大臣の記事と対比すると、皮肉というほか無かった。
一方、世界最大手のイギリスの通信社は、会見のようすをこんな内容で記事にまとめていた。
「パーカー国務長官は、モルタヴィアの紛争が解決不可能な状況に陥っているとみて、この問題から手を引こうと考えているようだ。ラドレスク外相と直接会談を行う意思があるかどうかは不明である」
鳳花さんが、AGS社の会長であるマザー・クライスの人脈を通じて、パーカー国務長官と三人の連邦議会議員に送った、ラドレスク大臣と国務省の要人との会談を願い出る手紙は、大して効果を発揮しなかったようだ。
新聞紙面に目を落としたあと、通信社の配信記事を表示したPCモニターに目を向けた壮馬は、
「これは、厳しいスタートになったねぇ」
と、つぶやく。
「わざわざ、口に出すまでもなく、そうだろうな。ところで、大臣のご機嫌はどうでした?」
オレが鳳花さんに訊ねると、彼女は肩をすくめて、
「芳しくは無いわね」
と苦笑する。
「あ〜、ですよねぇ」
相づちを打ったオレは、再度、チームリーダーに問いかける。
「……で、この状況から、どう挽回しましょうか?」
すると、彼女は、前日のはかばかしく無い結果など、まるで意に介していないように、平然とした口調で応じた。
「昨日の会見については、私たち自身も、大臣の言動にも修正するべき点は、いくつかあるけれど――――――パブリック・リレーションズの観点から見て、ラドレスク大臣の存在感と語学力は、非常に有望であると言えるわ。さしあたり、その点を突破口にしましょう」
「まずは、大臣の恵まれた容姿に賭けてみよう、と言うことですか? ルッキズムに批判的ないまの風潮では、公には口に出して言えない方針ですけどね」
オレが苦笑しながら答えると、鳳花さんは、ニコリと笑顔で応じる。
「PRの方針を公言する必要なんて無いんだし、利用できる美点は、なんでも利用しないとね」
そんなチームリーダーの言葉に、壮馬も賛同した。
「たしかに、ラドレスク大臣を駐車場で出迎えたときは驚きましたよ。どこの俳優が、ウチの会社に来たんだろう? と思いましたもん……」
鳳花さんと壮馬も認めるように、モルタヴィア共和国のシュテファン・ラドレスク大臣の容姿は、政治家として際立っている。
渋いチャコールグレーの髪は、洗練されたショートヘアで、眉間には微かに皺が寄っているが、憂いを帯びた瞳は、決して希望を失ってはいない、力強い意志を秘めていることが感じられる。
また、配布したプレスキットに忍ばせた彼の履歴書にも書かれているように、学生時代にアメリカに留学した経験を持つ彼は、そのときに英語を完璧に身につけていた。
日本から留学生として、アメリカにやってきたオレや鳳花さんは、常々、痛感していることだが、やはり、肌の色と語学力は、社会的信頼性の度合いに大きく影響している。
その点、容姿と英語力に秀でたラドレスク大臣は、母国の窮状を訴えるスポークスマンとして、磨けば光るプロデュースのし甲斐がある人物だと言えるのだ。
また、『テレジェニック』(=テレビ映え)を意識した場合、さらに、都合が良いことにラドレスク大臣の言葉は、短いセンテンスで構成されていて、区切り目が明確なことが多かったこともポジティブな要素だ。
彼のような要人や著名人の発言が国際ニュースで放送されるとき、数秒〜十数秒の単位で短く編集されてしまう。その一つ一つの発言のかたまりを専門用語で『サウンドバイト』と呼ぶが、人によっては、話す言葉のセンテンスが長く、区切れが見つからないため、短く編集することが難しい場合がある。
そういうタイプの人のコメントは、テレビのニュースとして使いにくいため、おのずとテレビ局に嫌われ、ニュースに登場する頻度も少なくなっていく。
これは、映像編集を得意としている壮馬も、かなり意識していることだそうだ。
こうして、今後の方針として、ラドレスク大臣のキャラクターを全面的に押し出した広報戦略を取るということを三人で確認することができた。
前夜のニュース番組をネット経由で確認すると、パーカー国務長官の腹心の一人と言われているマージョリー・タットラー報道官は、記者会見でのモルタヴィアの紛争に関する記者からの質問に、こんなコメントを残している。
「合衆国政府は、トランス・ドニストール共和国を称する勢力に対し、制裁措置に関する会合をEU(ヨーロッパ連合)と行う用意がある」
これは、一見、モルタヴィア共和国と敵対する勢力を意識している発言にも聞こえるが、実行を約束したものでは一切なく、ラドレスク大臣にとっては、安心して母国に持ち帰ることのできる内容とは程遠いものだった。
要望していた合衆国の国務長官との面談を果たすことが出来なかった小国の大臣は、憂いを帯びた瞳をたたえたまま、一度、ヨーロッパに戻ることになる。
モルタヴィア共和国からやって来た外務大臣が持ち込んだ依頼が、これまでの人生の中でもっとも困難なモノになるだろうという予感が、オレにはあった。




