第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜⑤
準備の時間は短かったものの、モルタヴィア共和国との初仕事になった、ナショナルプレスセンターでのラドレスク外務大臣の会見に向けて、AGS社のチーム・ヴェスパは、やれるだけの準備はやりきった。
だが、しかし――――――。
翌日の午前10時、記者会見場には、オレたちの期待を裏切る光景が広がっていた。
会見場として用意された部屋には、60席ほどのパイプ椅子が用意されていたが、会見の開始時間になっても、一向に席は埋まる気配がない。
出席者としてサインを残しているメディアは、ルーマニアやハンガリーなど東欧の新聞社のワシントン特派員が半分近くを占めていた。逆にアメリカ三大テレビネットワークの一つと有力新聞紙の代表格である『ワシントン・ポスト』の記者の名前はない。これは、アメリカメディアの論調を形成するうえで、かなりの痛手だ。
前日、オレはテレビと新聞の大手各社に漏れなく案内状を送っていたのだが……。
オレと壮馬が出席してくれた記者にプレスキットを配り終えると、演壇の横に立った鳳花さんが、表情を変えることなく、会見の開会宣言を行う。
「それでは、これからモルタヴィア共和国外務大臣、シュテファン・ラドレスクが記者会見を開きます」
壇上に立ったラドレスク大臣の表情は、とても硬く見える。慣れない単独記者会見で緊張していることもあるのだろうが、それだけでなく、記者の集まりが悪いことに対する失望や怒りがあるのかも知れない。
「おつかれ、竜司。準備の苦労が報われたね」
会場内の三分の二近くが空席になっている会場のようすを見渡しながら、皮肉好きの壮馬が語りかけてきた。
「うるせ〜。オレの苦労をなんだと思ってるんだ。ここから、どう挽回するか考えてるところだから、余計なこと言って邪魔すんな」
昨日と同じく小声で応じると、長年の悪友は、
「ドンマイ! It happens.(よくあることだよ)」
と笑顔を返してくる。
(こいつ、オレの気も知らないで……)
と、少しイラつきながらも、オレは、小国の大臣に質問を続ける記者たちと、その質疑に応じるラドレスク大臣のようすを注意深く観察する。
大臣は、アメリカ合衆国のメディアや国民がモルタヴィアの情勢に関する関心の低さが問題だ、という主旨の発言を繰り返し、目の前に座る数少ないアメリカ人記者たちに不満をぶつけていた。
残念ながら、これはあらゆる情報をPRする仕事をしているオレたちの立場から意見を言わせてもらえば、目の前の記者たちに不平を言い募るのは賢明な方法とは言えない。
「どうする? 『ラドレスク外相、オールドメディアの記者を論破』ってタイトルで、切り抜き動画を作ってみる?」
相変わらず、皮肉に満ちた微苦笑でジョークをかます壮馬に短い言葉で返答しておく。
「現状じゃ、逆効果になるだけだから、やめとけ」
テレビや新聞全盛期の時代と違って、21世紀も半ばに入りつつあるいまでは、記者たちを小バカにするように、強気な発言を繰り返すことも支持を集める要因になったりはするが……。
それは、世間的に評価される程の地位に就いているか、SNSや個人発信の動画を通じて、一定の支持者を集めてから初めて有効になる手段だ。
国際社会やアメリカ国内において、なんの基盤も築いていない人物のそんな姿を拡散しても、笑い者になる未来が待っているだけだ。
いまは、わざわざ時間を割いて、ここまで足を運んでくれた記者たちに感謝を示しつつ、友好的な態度で会見に臨むのが相応しい。
この会見を取り仕切っている鳳花さんも、おそらく同じことを考えているはずだが、演壇で話し続ける大臣を遮って、態度をあらためるように注意をするわけにもいかない。その代わり、オレは会見場のようすを冷静に観察することにした。
そこで気付いたことがある。
アメリカ人の記者たちは、ほとんどがモルタヴィア共和国についての基礎知識をまったく持ち合わせていないようだ。
「モルタヴィアってどこにあるんだ?」
「この国の首都は知ってるか?」
演壇のラドレスク大臣の耳には届いていないかも知れないが、記者席では、近くの記者同士で耳打ちするように、そんなささやきが漏れているのをオレは聞き逃さなかった。
念のために断っておくが、テレビや新聞の黄金時代が過ぎ去ったとは言え、大手メディアの記者たちは、アメリカ国内の有名大学を卒業した知的エリートがほとんどを占めている。その記者たちでさえ、こんな状態なのだから、アメリカ国内の一般的な人々の関心の度合いなど推して知るべし、というやつだろう。
モルタヴィア共和国は、世界の誰もが知っているであろうウクライナのすぐ隣にある国なのだが……。
(次の記者会見のときは、プレスキットにモルタヴィアの場所を示す地図を挟んでおかないと、だな……)
自分たちの準備の中に不足している点があったことに気づけたという事実を前向きに捉えたオレは、今日の反省会で壮馬や鳳花さんと話し合う内容を頭の中で整理し始めた。
世界中の人々が注目していたウクライナの戦争の行方をすぐそばで見続けていた小国の大臣に同情しつつ、チーム・ヴェスパとしては、初回の会見の挽回策をすぐに考えなければならなくなった。




