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第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜④

「わかった。とりあえず、若いキミたちを信頼することにしよう」


 大きな決断をしたあとだからだろうか、ラドレスク大臣は、フ〜と大きな息を吐いて、オレたちに対する信任を示した。


「ありがとうございます、|Mr. Secretary《大臣閣下》。それでは、さっそく、行動に取り掛かりましょう」


(えっ! いまから、だって……?)


 言葉に出さずとも、そんな表情を浮かべた大臣をよそに、鳳花さんの命令一下、オレと壮馬は、即座に動き出す。


「まずは、ここワシントンで記者会見を開きましょう。その前に、貴国の置かれた状況と我々の持っている情報のすり合わせから実施させて下さい」


 そう言って、応接室からオレたちチーム・ヴェスパのパーテーションに移動し、ラドレスク大臣と打ち合わせに入るリーダーの姿を横目に見ながら、オレは、記者会見の準備に取り掛かることにした。


 すでに説明したように、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.は、世界外交の中心地だ。全米の有力紙や三大テレビネットワークの国際ニュースは、国務省の担当記者がカバーすることが多い。そうした大手メディアの記者たちは、このワシントンに居るのだ。


 取材場所の予約状況を確認しながら、ガラス越しに鳳花さんたちのようすに目をやると、どうやら大臣自身もこの場所で記者会見を行うことに異存はないようだ。


 オレたちヴェスパが、ここまでに集めた情報によれば、ラドレスク大臣は、すでにアメリカの外交を司る国務省に対して、アメリカ軍を派遣し、国連によるモルタヴィアの首都キシナヴィアに対する食料や医薬品の輸送を護衛してほしい、と要望している。


 ただ、ラドレスクのこうした要請に対して、国務省の高級官僚は、


「軍事力を行使するなんて問題外だ。モルタヴィア共和国には、特にコレと言ったアメリカの国益はない。合衆国の国民は、そうした地域に軍事力を投入する政策など支持しないだろう」


と、けんもほろろに断ったようである。小国の外相は、めげずにパーカー国務長官との直接の面談を要請し、直談判で国務省を動かそうと考えたが、現段階で会談の是非について、国務省が返事をした形跡はない。


(まあ、なんのツテも無しに要望を出しても国務省や米軍が動くことはないわな……)


 そう考えながら、オレは、ナショナルプレスクラブの予約状況を確認する。予想どおり、明日は、会見場に空きがあるようだ。


 ナショナルプレスクラブは、全米の有力ジャーナリストたちによる互助組織で、ホワイトハウスから徒歩5〜6分の場所に近代的な本部ビルを構えている。

 記者会見場や会員のジャーナリストたちが情報交換をするレストランにバー、ホテル、スポーツジム、専門店街など、ここで丸一日を過ごすことさえできる施設だ。


 この互助クラブの活動の目玉は、週に二〜三度開催される『ニュースメーカー』と呼ばれる記者会見だ。全米の有力紙やテレビネットワークの記者が集まるこの会見での発言者のコメントは、その日や翌日のニュースとして、大きく扱われる可能性が高い。


 鳳花さんは、そのことを念頭に、ラドレスク大臣がワシントンに到着する前から、このプレスクラブで最初の記者会見を開くことを考えていたらしい。モルタヴィア共和国との契約が前向きに進むことを前提に、チーム・ヴェスパに仕事を託す決定をしてくれた創業者のマザー・クライスこと、マーガレット会長の人脈を頼りにして、会見場を押さえていたようなのだ。


 手回しの良い上司の手腕に感心しながら、オレは、クラブの受付に電話を掛ける。


「アルコ・グローバル・ストラテジーズの黒田です。いま、我が社にモルタヴィア共和国の外務大臣が来ていまして……はい、現在この国が内戦で大変なことになっているのはご存知だと思います。ラドレスク大臣は、英語が非常に堪能で通訳は必要ありません。それから、国務長官に出した手紙を公開しても良い、と言っています」


 通常、このクラブで会見を開きたいと望んでも、それは容易に叶えられるものではない。会見での発言者は、クラブのメンバーが、その時々の国内外のニュースで、フォーカスが当たる人物を厳選しているからだ。


 ただ、コンサルティング・ファームの業界において、世界で最も影響力のある女性リーダーの一人として知られているマザー・クライスの人脈のおかげか、AGS社が取り仕切ることになったヨーロッパでもっとも貧しいと言われる小国の外務大臣の記者会見は、あっさりと了承された。


 モルタヴィア共和国の外務大臣の会見が行われるというニュースは、もちろん、ナショナルプレスクラブからも各メディアに知らされる。ただ、それだけでは十分で無いと考えたオレたちは、自分たちで独自にメディア向けに配布する文書(プレス・リリースと呼ばれるもの)を作成して、メーリングリストに載っているワシントン中のメディア宛に一斉送信する。


 言うまでもなく、一人でも多くのジャーナリストに会見場に足を運んでもらうためだ。


 モルタヴィア共和国の窮状を訴える動画を世界中に拡散するため、映像編集の作業に入った同僚の黄瀬壮馬は、ディスプレイに顔を向けたまま、オレに語りかけてくる。


「相変わらず、鳳花さんの情報分析力はスゴいね。おかげで、社内の他のチームを出し抜いて、モルタヴィアの政情に関するデータは、ボクらが、いちばん多く握っている」


 ガキの頃からの付き合いの相棒と言っても良い相手にオレは、苦笑しながら、小声で応える。


「まあ、モルタヴィアは、ヨーロッパで一番貧しい国って話だからな。他のチームは、カネにならないと考えて、スルーしてたんだろう。そんな国を相手にするときも手を抜かないのは、鳳花さんらしいけどな」


 壮馬との雑談を切り上げたあと、会見場の確保や案内メールの送信、動画編集がが予定どおりに進んでいることを報告するため、鳳花さんの所に戻ると、彼女は大臣に、記者会見での注意事項やアドバイスを伝えていた。


 そのようすを確認しながら、オレは記者会見の準備の最後の仕上げであるプレスキットの作成に入る。


 これは、ラドレスク外相の経歴やモルタヴィア政府の公式声明文の内容をプリントアウトしたもので、外相が国連事務総長宛に出した手紙のコピーも付けている。これらの配布物は、すべてメディア側の記者が記事やニュースを作るときの材料になる。


 記者の立場からすれば、たとえば政府の公式声明などがなければ、ネット検索を行うか外相の発言を録音したボイスレコーダーの音声を聞き直さないないと正確な記事が書けない。それは、とても時間が掛かる上に面倒なことでもある。


 記者だって人間だし、そうした煩わしさが、今後のラドレスク外相の会見から足を遠のかせる原因になりかねない。


「あらゆる面に配慮して、記者の皆さんが不自由なく仕事ができるよう取り計らうのが、私たちの役目よ」


 準備に手を抜くことのない、我らがチームリーダーのありがたいお言葉だ。

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