第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜③
「まあ、キミたちの会社の評判を考えて、依頼するのは構わないがね……」
祖国が窮地に陥っているという状況にもかかわらず、アルコ・グローバル・ストラテジーズ社との契約に大臣が前のめりにならないのは、それ相応の理由があるのだろう。ラドレスク大臣は、応接室を見渡してから目の前にいる女性に訊ねる。
「我が国のプロモーションを担当するのは、まさか、キミたちだけと言うことは無いだろうね?」
「もちろん、ご契約をいただいたからには、私どもアルコ・グローバル・ストラテジーズが全社をあげてバックアップさせていただきます。ただ、すでに黒田から説明があったかも知れませんが、ラドレスク大臣の身辺のサポートについては、このフロアに居る花金と黄瀬と黒田の三人が主な担当になることをご了承ください」
「う〜ん、キミたちが、担当か―――?」
外務大臣の反応は、難色を示すという言葉がぴったり来るものだった。そのようすを観察しながら、オレは表情に出さず、心の中でため息をつく。
それは、いま見せているラドレスク大臣の態度が、空港で出迎えたときのオレに対するものとそっくりで、彼の心の内側を感じ取ることが出来たからだ。
(期待してワシントンまで来てみれば、応対するのはアジア人の若僧が三人……自分たちの国の価値は、この程度と値踏みされているのか……)
ヨーロッパでもっとも貧しい国とされる小国モルタヴィア共和国から、世界の超大国の政治の中心地にやって来た外務大臣の心の内を想像すれば、おおよそ、こんなところだろう。
それでも大臣は、自分の心の内側の想いはさておき、その手腕にすがらざるを得ない、オレたちに対してこんなことをたずねきた。
「一応、キミたちのこれまでのキャリアについて伺ってみても良いかね?」
ラドレスク大臣の言葉に真っ先に反応したのは、我らがチーム・リーダーだった。
「私は、花金鳳花。貴国のご依頼を担当するチーム・ヴェスパのリーダーを務めています。日本の高校を卒業したあと留学し、当コンサルティング・ファームの創業者の母校でもあるアメリカン大学で国際関係学を学んだあと、当社に就職しました。これまで、このチームを中心に、ウクライナ財務省の債務再編やEU(ヨーロッパ連合)のデジタルAI規制についての業務を担当してきました」
「ふむ……若いのに大した経歴だ」
ラドレスク大臣の言うように、アルコ・グローバル・ストラテジーズの社内でも20代で、これほどの成果をあげている社員は他にはいない。鳳花さんは、活動をともにしてきた中高生の頃から、常にオレ自身のリスペクトの対象なのだが……。
オレは彼女が人生の目標に掲げている、
"Peace Through PR."
『広報活動を通じて、世界に平和を―――』
というモットーに共感して、いまの仕事に就いている。
「―――で、そちらの痩せ型のキミは?」
鳳花さんの返答にうなずいたあと、大臣は壮馬にチラリと視線を送った。
「ボクの名前は、黄瀬壮馬。チーム内では、デジタル関係の業務を担っています」
小学校から親交を深めたオレと壮馬は、中学生時代に鳳花さんが所属していた放送部に入部し、高校に進学してからは、ともに広報部という学校の広報活動を担うクラブでともに活動していた。大臣の反応をうかがいながら、壮馬の自己紹介が続く。
「日本で理系の国立大学を卒業したあとは、リーダーである花金の誘いに応じて、いまの会社に入社しました。動画やSNSでの情報発信については、ボクにお任せ下さい」
ちなみに、日本国内の官公庁や大手企業に就職することを期待していた壮馬の両親は、当初この選択に反対したものの、AGS社の初任給の提示額と一般的社員の年収を見せられ、アッサリと外資系企業への入社を容認したそうだ。
もっとも、オレとは違って、壮馬がこの仕事を選んだ本当の理由は、「単純に面白そうじゃん!」ということらしいが……。
「なるほど……それらの分野は我が国の喫緊の課題でもあるから、よろしく頼むよ。最後に、運転手くんは―――?」
空港からここまで案内をした大臣の視線を受けて、オレも口を開く。
「大臣閣下、すでに、自己紹介は済んでいますね。黒田竜司です。自分は、母国の私立大学に進んだあと、鳳花さんのいるアメリカン大学との共同学位プログラムで留学生向けのコースに進み、大学の三年時に彼女の後を追って渡米して、そのまま卒業を迎えました。卒業後は、同僚の黄瀬壮馬壮馬と同じく頼もしいチーム・リーダーに請われて、このコンサル・ファームに入社した次第です。メディア対応や各国要人とのコミュニケーションは、自分にお任せください」
三人が自己紹介を終えたあとも、外務大臣の表情には、まだ固さと緊張が残っている。
オレたちが所属するアルコ・グローバル・ストラテジーズ社(以下AGS)は、ワシントンD.C.で設立された、特定の巨大広告グループに属さない独立系のグローバル・コンサルティング・ファームだ。
(ちなみに、日本人には耳慣れないかも知れない「グローバル・コンサルティング・ファーム」の仕事を一言で説明すると「世界中に拠点を持ち、国境を越えて企業やクライアントの課題を解決する、全世界規模のコンサルティング会社」と言う感じになる)
そのコンサルティング・ファームの中でも、AGSは、一般的なPR会社(新商品の認知拡大などを得意とする会社)とは異なり、「政治・政策・社会情勢とビジネスの交差点」での課題解決に特化しているのが最大の特徴で、世界に30以上の拠点を持ち、多国籍企業、政府機関、国際機関、NPOなどをクライアントに抱えている。
「そんな大手企業と契約を結べるなら、さそかし、素晴らしい待遇があるだろうと期待したのに――――――」
ラドレスク大臣の心の内を想像すれば、こんな愚痴をこぼしたくなるのも無理はないだろう。
世界的大企業に訪問して早々、応対をしたのが、(ただでさえ年齢が若く見られがちな)非白人の男女で、その三人が自分たちの国の担当者と告げられれば、大臣が気落ちしてしまうのも仕方がないのかも知れない。
予想された大臣の反応には、さほど動揺しなかったのは、オレも壮馬も同じだが、中学生時代からの先輩で、いまは直属の上司でもある花金鳳花は、笑みを絶やさないままの表情で、外務大臣に語りかける。
「|Mr. Secretary《大臣閣下》、初めての訪米に加えて、コンサルティング・ファームとの契約も初めての経験となれば、ご不安にもなるでしょう。貴国と閣下をサポートする私たち三名の働きぶりにご満足いただけなければ、すぐに他のメンバーとの変更も可能です。我が社は、世界中に1200名の社員を抱えていますし、国際情勢の専門家として、インターナショナル・アドバイザリー・カウンシルという独自の顧問団が組織されています。この顧問団には、世界各国の元外交官、元政府高官、政策の専門家など100名以上が名を連ねていますから」
自作のプレゼン資料を提示しながら、まるで、手慣れた保険外交員かベテランの営業マンのような口調で、淀みなく語る我らがリーダーの言葉に、固かったラドレスク大臣の表情も少しほぐれたようだ。
「ふむ……いつでも、担当メンバーは交代可能なのか――――――」
安堵して、独り言のように言葉を吐き出す外務大臣。
鳳花さんは、彼に対してこれまで自分たちのチームのことをなにも語っていないが、軽んじられ、過小評価されているということにかけては、オレたちAGS社内のチーム・ヴェスパもモルタヴィア共和国と変わらない。
「日本人風情に……しかも、こんな青臭いヤツらに……国際舞台でナニが出来る?」
これまでの仕事でも、オレたち3人は、幾度となく、そんな視線を……いや、時には、ハッキリとした言葉で自分たちを軽んじる言動を目の当たりにしてきた。
一方、ラドレスク大臣の母国は、東のウクライナと西のルーマニアに挟まれた場所に位置する人口250万人ほどの小国なのだが……。
オレたちのチームリーダーは、ウクライナでの戦争が発生したときから、ずっと、(世界中のほとんどの人間が注意を払うことがなかった)この国のことを気にかけていて、
「モルタヴィア共和国の情報なら、どんな些細なことでも集めて、まとめておいて」
と、オレたちに命じていた。
彼女いわく、
「10年前にウクライナで起こったことは、必ずこのモルタヴィアでも起こるわ。そのときになってから、焦って情報収集をしても手遅れになるでしょう?」
ということで、鳳花さんの依頼どおり、この時まで、オレも壮馬も名前を聞いたことがあるかどうかあやふやだった小国についての情報収集を怠ることがなかった。そんなことから、オレたちチーム・ヴェスパは、AGS社内でも並ぶことのないほど、モルタヴィア共和国と、その国内に存在する未承認国家トランス・ドニストール共和国に関する知見が集まっている。
今回のモルタヴィア共和国との契約については、そんな事情を考慮したAGS社の上層部の意向が働いているのかも知れない。
「まあ、わかりやすく例えれば、モルタヴィア共和国という地球連邦からの独立を目指すジオン公国にあたるのが、トランス・ドニストール共和国って理解で良いのかな?」
アニメファンにしかわからない例えで、壮馬は複雑な国際関係を理解しようとしているようだ。
ただ、そうした社内事情はおくびにも出さず、我らがチーム・リーダーは、用意しておいたように、大臣への殺し文句を発する。
「私たち、アルコ・グローバル・ストラテジーズの創業者マーガレット・クライスは、常日頃、Never underestimate the power of being underestimated.(過小評価されることで得られる力を決して過小評価してはならない)と言って、社員を励ましてくれています。ぜひ、私たち三人に貴国の力になるお手伝いをさせてください」
相変わらず柔和な笑みを絶やさない表情から発せられたその言葉には、小国ゆえに国際社会では軽んじられることが多いだろうモルタヴィア共和国へのシンパシーとともに、その言外に、
「自分たち三人の能力を侮ってもらっては困る」
というニュアンスが含まれているんだろうな、と感じた。




