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第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜②

 ワシントンD.C.――――――言わずと知れたアメリカ合衆国の首都。


 だが、この都市(まち)は、それだけでなく、「最強の権力」が集まる政治外交の首都だと言い換えることもできる。世界最強の超大国の政治の中心地である、この場所は、実質的な「二国間外交」の世界最高峰だ。


 世界各国の首脳が公式訪問し、同盟の強化や終戦の交渉など、世界を動かす直接的な政治交渉が行われるホワイトハウスと国務省。

 世界ほぼ全ての国の大使館が集結し、日々激しい情報戦やロビイングが繰り広げられる圧倒的な外交関連の施設数。

 さらに、世界銀行や国際通貨基金(IMF)の本部があり、経済外交のコントロールタワーという側面を持っている。


 国連本部が置かれているニューヨークも、世界の国が一堂に会する「多国間外交」の中心地ではあるのだが……。

 

 西側諸国の絶対的なリーダーである合衆国の議会と外交団を動かすとなれば、この都市(まち)での首脳や議員たちへの働きかけを行う、いわゆる「ロビー活動」は、合法にして不可欠な政治プロセスだ。


 ヨーロッパからのお客様ということで、会社が用意してくれたドイツの高級車BMW i7のハンドルを握りながら、オレは後方の座席に座るラドレスク外相に声をかける。


「ニューヨークでの活動は、いかがでしたか?」


 運転席からかけられた声に、高級シートに身体を沈めた外務大臣は、深いため息をついた後、うんざりしたような表情で答えた。


「率直に言うと、誰も相手にしてくれなかったね。モルタヴィアは、国際政治の中じゃ、取るに足りない小国だ。私たちの国は、人口も少なく、石油や核兵器も持っていない。国連本部も、その他の国際政治の舞台も、その場を牛耳っているのはアメリカなど一部の大国だ。そんな国の外交官は、世界各地で次から次に起こるさまざまな問題の処理に忙しく、『モルタヴィア国内の紛争のような些事に構っているヒマは無い……』そんなことを、つくづく思い知らされたよ」


 明らかに疲弊したようすで語るその姿は、長い労働時間の割に成果がまったく上がらないことに愚痴をこぼす会社員のようで、出会ったばかりの自分でも、思わず、この小国の大臣に同情の心を寄せてしまう。


「それは、さぞお疲れでしょう。まずは、身体を休めて、私たちの事務所で貴国の現状について、話を聞かせていただけませんか?」


「ああ、そうさせてもらおう」


 そう言って、ラドレスクは、シートに身体を沈めたまま、目を閉じた。

 

 オレの運転するBMWは、空港を出て北に進路を取ると、すぐに緑豊かな高速道路「ジョージ・ワシントン・メモリアル・パークウェイ」に入る。右手には広大なポトマック川が広がり、対岸にはワシントンD.C.の街並みが一望できた。晴天に恵まれた今日のような日は、川面を渡る風が心地よく、日米友好の証として植樹された満開の桜並木の道の向こうには、早くも遠くの記念碑が見え隠れする。

 

 年間を通して、一週間ほどしか見ることが出来ないせっかくの光景を見てもらえないことは残念だったが、一国の運命を背負っている相手に、そんな心の余裕はないか……と思い直して、オレは、アクセルの踏みこみを少し緩める。


 ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港から、オレたちが所属しているアルコ・グローバル・ストラテジーズの本社オフィスは、車でわずか15分程の距離なのだが、疲労の色が濃い大臣には、少しでもゆっくりと高級シートで心と身体を休めてもらおう、というオレなりのささやかな配慮だ。


 そのまま、バージニア州(アーリントン墓地側)とD.C.を繋ぐ格式高い石造りの橋、アーリントン記念橋に右折すると、このドライブのハイライトを迎える。正面にはギリシャ神殿のようなリンカーン記念堂が堂々とそびえ立ち、そのすぐ後ろには、青空を突くように立つ巨大な白い細長い四角柱の石塔(オベリスク)、ワシントン記念塔が遮るものなく視界に飛び込んでくる。


 橋を渡りきると、リンカーン記念堂のロータリーを回り込んで憲法通りの道路に入ると、左手には広大な緑地「ナショナル・モール」とワシントン記念塔が間近に迫り、右手には、歴史を感じさせる重厚な連邦政府の庁舎がずらりと並ぶ、いかにも首都らしい厳かな風景に変わった。


 BMWは左折して14番街を北上し、目的地のあるペンシルベニア通りに入る。


 この通りは、ホワイトハウスと連邦議会議事堂を結ぶ大統領の就任パレードの道として有名で、周囲は綺麗に区画整理され、クラシックな新古典主義建築とモダンなオフィスビルが融合した美しい街並みだ。


 アルコ・グローバル・ストラテジーズのオフィスは、星条旗がはためき、ロビイストや政府高官が行き交う、まさにアメリカの政治の熱気を感じる、この官庁街の中心に佇んでいる。


「大臣、到着しました」


 目を閉じたままのラドレスクに声をかけると、外務大臣は、少しだけ身体を震わせたあと、


「ああ、運転ご苦労」


と、40代という年齢には似つかわしく無い鷹揚な物言いで返答し、到着を待っていたオレの相棒が開けた後部座席のドアから事務所の前に降り立つ。


 ここで、かれこれ15年以上の付き合いになる頼りになる相棒に外相の案内を任せたオレは、BMWを駐車場に停めたあと、急いで自分たち、チーム・ヴェスパのオフィスが入っているフロアに戻る。


 ガラス張りのパーテーションで仕切られたオフィスの隅にある応接室に静かに滑り込むと、応接用のソファに座った外務大臣が、エントランスロビーから大臣を案内した相棒の黄瀬壮馬(きせそうま)とオレ自身の直属の上であるリーダーの女性に歓待されている姿が確認できた。


 応接室に入ったばかりのオレの耳に聞き慣れた彼女の流暢な英語が聞こえてくる。


「承知しました。|Mr. Secretary《大臣閣下》。貴国の正義、我が社でプロデュースいたします」


 チーム・ヴェスパのリーダー、花金鳳花(はながねほうか)のこの一言で、世界情勢が大きく動くことになるとは、このときのオレには、まだ予想できていなかった―――。

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