第1章〜貴国の「正義」プロデュースします〜①
20XX年4月12日―――。
その日、ヨーロッパでもっとも貧しい国のひとつと言われるモルタヴィア共和国の外務大臣シュテファン・ラドレスクは、憔悴しきった表情で、ワシントンD.C.のロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港に降り立った。
彼が、このような状態でアメリカ合衆国の首都を訪ねなければいけなかった理由は、いくつかあるだろう。
その最大の理由は、まさに、このとき、彼の母国である東ヨーロッパの小国モルタヴィアは、国家存亡の危機に置かれていたからだ。
彼は、祖国の危機的状況を国際連合加盟国に訴えるため、三日前にニューヨークの国連本部を訪れたのだが―――。
結論から言うと、その窮状を世界に知らしめ、祖国を窮地から救うことを期待された彼のニューヨーク滞在は、無惨な失敗に終わっていた。
世界の政治・外交の中心地が国連本部にあると考えていたラドレスクは、この三日間、各国の代表部や国連に所属する高級官僚のもとを回り、自分たちの国の内部で国家機関を自称し、スラブ系の住民が主導するトランス・ドニストール共和国の(事実上の軍隊と呼んで構わない)武装勢力が、モルタヴィア共和国を飲み込もうと蜂起し、占領地内のヨーロッパ系の住民たちは、人道上、耐え難い状況に置かれていることを訴えた。
しかし、東欧の小国で起きている惨状に対し、各国や国連の役人たちの対応は、どれも冷ややかなものだった。
ヨーロッパ最貧国と評価されるように、モルタヴィアは、石油のような天然資源もなければ、自国を防衛するための核兵器や強力な軍隊も持っていない。
そんな小国の危機は、激動する国際政治の潮流の中では、ヨーロッパの隅っこで起きている、ほんの小さな出来事に過ぎない――――――。
数ヶ月前に就任したばかりのモルタヴィアの外相ラドレスクは、そのことを痛いほど思い知らされた。
それでも、ラドレスクは、こうして何の成果も挙げられないまま、祖国に戻ることなどできなかった。
数日前に旅立ったばかりの母国モルタヴィアの政府首脳は、国際的に未承認とされるトランス・ドニストール共和国との間で起きている紛争、戦闘行為を、ただの内戦ではなく、国際化することに決めたからだ。
国際化―――つまり、可能な限り世界の他の国々、なかでも政治力や軍事力のある西側諸国を中心とした国際社会にこの紛争を認知させ、味方につけることによって、トランス・ドニストール側の軍事力に対抗する――――――。
「これから、ひとつでも多くの国々を訪問し、一人でも多くの要人と接触して、我々に協力するよう、彼らを説得して来てほしい」
ラドレスクは、大統領をはじめとする祖国モルタヴィアの期待を一身に背負って、訪米を行ったわけだが……。
では、いったい、どうすれば、国際社会の目をモルタヴィアとトランス・ドニストールとの紛争に向かせることができるのだろう――――――?
小国の外務大臣には、その方法がまったくわからないままだった。
そんな彼は、ニューヨークに滞在する間、人権活動家にして各国の要人とも接点のあるジミー・フェルプスに連絡を取った。
ラドレスクから連絡を受け取ったフェルプスは、ニューヨークの高級コンドミニアムに構える自分のオフィスに小国の外務大臣を招待し、こんなアドバイスをする。
「これまでのキミの行動をみると、キミたちに必要なのはPR会社だ」
「PR会社……とは、なんですか?」
東欧の小国の大臣である彼にとって馴染みの無い言葉を耳にして、ラドレスクは訝しげに訊ねる。
「PRとは、パブリック・リレーションズの略称。その役割は、さまざまな手段を用いて、多くの人々に訴え、顧客を支持する世論を作り上げることだ―――と説明しても、イメージが湧かないだろう? まずは、彼らに連絡を取って、話を聞いてもらったらどうかな?」
一国の大臣に対してもフランクな言葉遣いを崩さないフェルプスの語り口にプライドを傷つけられながらも、背に腹は代えられない状況のラドレスクは、すぐに、差し出された名刺の番号を確認し、レンタルして三日目のスマートフォンで電話番号をプッシュする――――――。
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こうして、モルタヴィア共和国の外務大臣ラドレスクは、オレたち、チーム・ヴェスパが所属する|アルコ・グローバル・ストラテジーズ《AGS》社と関係を持つことになった。
ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港に外務大臣を出迎えに来たオレは、用意してきた資料を確認しながら、ニューヨークからの便が到着するロビーで、依頼人を探す。
到着ロビーを歩く長身の男性を見て、彼が一国の大臣だと思う人間は、周りには居なかっただろう。
はた目からもわかるように憔悴しきってはいるものの、いかにも東欧出身だと思わせる高身長に、整った顔立ちは、政治家よりも舞台や映画で活躍する俳優を思わせた。
たった一人で、祖国の運命を背負ったその男に、オレは、静かに声を掛ける。
「モルタヴィア共和国のラドレスク大臣ですか?」
「そうだ。キミはAGS社の社員か?」
「えぇ、アルコ・グローバル・ストラテジーズ黒田竜司と言います。これから、あなたのサポートをさせていただく予定です。どうぞ、よろしく」
そう言葉を発した直後、外務大臣の顔色に変化が見られたのは、オレは見逃さなかった。
(まあ、アジア人の若造の出迎えじゃ、納得いかないのも無理はない、か……)
この国に来て、すっかり慣れてしまった相手の反応をスルーして、オレは言葉を返す。
「お待ちしておりました大臣閣下。ワシントンD.C.へようこそ」




