第4章〜我らの「正義」の行く先は……〜⑥
「おめでとう、リュウジ! アンビル・アワードって、スゴい賞なんだよね?」
「まあ、オレたちの業界内じゃ、広報・PR界のアカデミー賞なんて言われてるけど……今回の受賞は、ほとんど鳳花さんの功績だから……」
アンビル・アワードの表彰式が終わったあと、内輪の慰労会に特別ゲストして招いたヨツバの祝福の言葉をオレは苦笑しながら受け止めた。
ここは、表彰式会場のエジソン・ボールルームのそばにある超高級フレンチレストランのル・ベルナール。2005年に『ミシュランガイド・ニューヨーク版』が誕生して以来、現在に至るまで最高評価である三つ星を一度も落とすことなく維持している、全米いや世界最高峰のフレンチ・シーフードが味わえる場所だ。
当然、席の予約は争奪戦になる超人気店だが、
「日本人は、お肉よりシーフードが恋しいでしょう?」
というマザー・クラウスの気遣いで、オレたちは、この席に座ることが出来ている(もっとも、細身のわりに肉食派である壮馬は、この店から通りを3つ挟んだラグジュアリーなステーキハウスの方が好みだったようだが……)。
キハダマグロとフォワグラのテリーヌ仕立て。
ワタリガニのクリスピーソテーとタコの薄切りコンソメソース。
カレイのポワレに、スズキのバターソース仕立て……。
シェフ・テイスティング・メニューというおまかせコースは、刺身のように、ほぼ生に近い料理から始まり、繊細な白身魚、ハーブや出汁の軽いソース、そして濃厚なモレル茸やトリュフを使った温かい魚料理へと、味の濃度と温度が緻密にステップアップしていく。
それでも、胃に重たい料理がないため、どれだけ食べ進めても驚くほど軽やかで上品な満足感が残る。
テーブルを担当するウェイターの動きは、まるでバレエの舞台のように洗練されていて、その軽やかな動きを見ているだけでもワインが進み、全員の料理が「同時に」テーブルへサーブされ、一斉にクロッシュ(銀のドームカバー)が開けられる瞬間は圧巻の一言だ。
「こういう演出方法も、PRの仕事に活かさないと……ですね」
給仕たちの動きに感心しながらオレが言うと、鳳花さんが苦笑しながら応じる。
「仕事熱心なのも良いけど、いまは、お料理を楽しみましょう」
さらに、提供されるワインと料理との絶妙なマリアージュを堪能している壮馬は、おもむろに立ち上がって、オレの席に近づき、胸元に手を伸ばしてくる。
「そうそう、早くこういう名刺の存在は、忘れないとね?」
そう言って、手慣れたスリ師のように、オレの内ポケットから紙片を取り出した壮馬は、オレとヨツバの間に名刺を置いて、席に戻っていった。
名刺には、Marqueenという店名が表示されている。
「なにこれ? お店の名前?」
紙片に視線を送りながら、不思議そうに訊ねるヨツバに壮馬が答える。
「モルタヴィア共和国のラドレスク大臣のいきつけのナイトクラブだそうだよ。竜司にもぜひ、来てほしいと言ってたよね?」
親友……いや、悪友のその一言で、ヨツバの表情が一変した。
「はぁ? ナイトクラブ? どういうことか詳しく聞かせてくれるよね、リュウジ」
口元は微笑んでいるようにも見えるが、当然、その目元は、笑っていない。
ここで言うナイトクラブとは、欧米の富裕層の男性が、若く華やかな女性たちとパーティを楽しみたい時に利用する場所だ。クラブには「プロモーター」と呼ばれるスタッフがおり、彼らが招待したモデルや容姿端麗な女性たちを、ボトルサービスを購入した男性客のテーブルへと誘導する。
富裕層の男性は、若く美しい女性と知り合うことができ、VIPエリアに招待される女性客にとっても、起業家、映像・ファッション業界関係者、モデル事務所のスカウト、他ジャンルのクリエイターなど、普段の生活では出会えないトップ層と自然な形で知り合うネットワークの場となるメリットがある。
このように、クラブと言っても、単に「音楽とお酒を楽しむ場所」ではなく、「ステータス」「資金力」「若さと美貌」が複雑に絡み合った、極めて合理的で洗練された(?)システムによって成り立っている場所なのだが……。
とうぜん、こうした人々が集まる場で、健全なことばかりが行われているわけではない――――――。
「こ、これは、オンナ好きの大臣が、AGS社に払う報酬の代わりとか言って、勝手に押し付けてきただけだ!」
「ふ〜ん、じゃあ、もういらないんだよね、コレは―――」
そう言って、ヨツバは手元にあった名刺をクシャリと握りつぶした。
「まったく、壮馬もあることないこと言い出すんじゃないよ……」
原型を留めていない、かつて高級ナイトクラブの名刺だったものに視線を落としながら言うと、いつもより饒舌になっている友人は、「う〜ん」と、思案顔をしたあと、業務報告を続ける。
「じゃあ、実際にあったことと言えば……ホープ上院議員の秘書のミラさんが、『竜司にお礼を言っておいてほしい』って、この前、電話をくれてたよ。『バックハウスイリエのクリームパンが美味しかった』って……」
壮馬が語った名前を耳ざとく聞きつけたヨツバは、すかさず鳳花さんに問いかける。
「花金さん、そのミラさんって、どんなヒトなんですか?」
その問いを受けたリーダーは、珍しく小首をかしげながら、「そうねぇ……」とつぶやいたあと、
「私の母校の先輩で、議員に代わって国際情勢に関する寄稿文を執筆するくらい優秀な女性ね」
と言ったあと、
「あと、私の知る中でも、指折りの容姿の持ち主だわ」
という一言を付け加えた。
ふだん、男女を問わず他人の容姿について、言及することがない(例外は、ラドレスク大臣をPR活動に利用しようと考えたときくらいだ)彼女が、そのようなことを口にすると言うことは……。
「ちょっと、鳳花さん! これ以上、事態がややこしくなるようなことは言わないで下さい!」
あきらかに、ヨツバの追及を楽しんでいるリーダーに、オレは抗議の声をあげた。
「ふ〜ん、私が心配している間、リュウジは、そのキレイな秘書さんと仲良くなってたんだ……」
「誤解だ、ヨツバ! オレは、ただ色々とお世話になったお礼をしただけで―――いや、心配させてしまったことは謝るし、この埋め合わせは必ずするから……」
オレが、必死に釈明と弁明を行うと、ヨツバはまたも、にこやかだが目元だけ笑っていない表情で答えた。
「そうね……映画なんかじゃ、『この埋め合わせは必ずするから……』ってセリフは、よく聞くけど、実際にその埋め合わせをしているシーンって、わたしは見たことが無いんだよね。リュウジは、そんな無責任な映画の登場人物じゃないってことを証明してくれるでしょ?」
この瞬間に、オレが自由に使える一ヶ月の有給休暇は、事実上、消滅してしまった。




