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エピローグ〜世界を見下ろす「正義」の社交場〜

 その後のことを少しだけ語っておこう―――。


 モルタヴィア情勢が落ち着いた頃、近況報告を兼ねて連絡を取ったVTuberのおケイ先生こと富山(とみやま)さんから、こんなことを言われていたのを思い出した。


「モルタヴィアとトラ・ドニとの内戦じゃ、ずい分とご活躍だったみたいじゃないの? もし、業務報告書に、モルタヴィアでの一連の記録が細かく残っているなら、情報提供してんない?」


「いや、これは文字どおりの企業秘密なので、そんな簡単に社外に持ち帰るようなことは出来ませんよ」


 そう言って、やんわりと断ったのだが、おケイ先生は、アンビル・アワードの表彰式が終わってからしばらくすると、ふたたびアプローチを掛けてきた。


「全米PR協会のアンビル・アワードだっけ? スゴい賞を受賞したじゃない。これで、花金さんや黒田くんは、どこの会社でも引く手あまたじゃない?」


「いやいや、ウチの会社の代表には、お世話になってますから、会社を出ていくなんて考えてないですよ。たぶん、鳳花さんも、同僚の壮馬も同じ考えだと思いますけど……」


「ほ〜ん、そうなんだ。じゃあ、その会社の魅力を教えてよ。どうすれば、あの小国モルタヴィアに世界からの注目を集めることが出来たのかってことも含めて……」


「いやいや、それは、オレたちが語るほどのことじゃありませんよ。モルタヴィア情勢に世間の注目を集めたという意味では、おケイ先生が制作した、ゆっくり動画の解説のほうが、一般のひとたちにわかりやすく状況を伝えてくれたんじゃないですか? あれも、いまのマスメディアには出来ないアプローチだと思うんですけど……」


 オレが、そう答えると、ビデオ通話も可能なディスコールの画面越しに苦笑した富山さんは、


「はぁ……黒田くんも喰えない相手だねぇ……仕方ない、攻め方を変えるか……」


と、つぶやいたあと、こんなことを聞いてきた。


「まあ、実際にモルタヴィア情勢に世界の目を向けさせて、国連総会でトランス・ドニストール共和国の国家承認も阻止できたわけだけど……今回の件で、あなたやあなたのチームが反省している点があったら、教えてくれない?」


「えっ? 今回の反省点ですか?」


 おケイ先生の言葉を受けて、オレは、しばし考える。


「そうだなぁ……まず、トラ・ドニ側が、パニチェフ氏を首相に据えることを予測できていなかった点ですかね? あちらの動きやパニチェフ氏が合衆国大統領に首相就任の許可を取りに行ったことに、もっと注意を向けていれば、彼らの動きをもっと早くからけん制できていたかも知れませんね」


「なるほどね、他には?」


「う〜ん、あとは幸いなことに、大きな影響を受けなかったとは言え、SNS対策で後手に回ってしまったことですかね? 動画・SNS担当の壮馬もよくやってくれたとは思いますが、正直なところ、ネット上でのPR戦略は向こうの方が上手だったと思います」


「ただ、それは、スマホ農場とか、デマとかの禁じ手込みの総合的な観点で言えば、でしょう? モルタヴィア側のネット上の情報発信に問題は無かったと思うけど?」


「どうでしょう……? イオニスク大統領が、ナチの残党の末裔であるとか、ああ言う完全なニセ情報にも振り回されたり、相手に付け入る隙を与えていたことは、反省点ですね。それでも、まだ、今回は状況に恵まれていたかも知れませんけどね」


「ふ〜ん、恵まれていたって言うと?」


「モルタヴィアのラドレスク大臣のことです。彼に表立った女性スキャンダルが出なかったことは、本当に恵まれていたと思ってますよ。オレたちは、テレビ向けのビジュアルを買って、彼をモルタヴィアの広報担当に仕立てあげたわけですが……あのオンナ好きの大臣の本性がどこかでバレていたら―――彼に好意的だった女性記者や女性のテレビ視聴者は、一気に支持しなくなったでしょう。そこを相手陣営のSNSに突かれなくて、ホントに良かった……」


「ほ〜う、これは、面白い裏話が聞けたなぁ。あのイケメン大臣に、そんな裏の顔があったとは―――」


「今回の一件は、リーダーの鳳花さんをはじめ、大統領の娘のアリーナさん、ロンドン会議で重要な証言をしてくれたエレナさん、彼女を説得してくれたオレたちの同級生の紅野、それにワシントンで重要なアイデアをくれた上院議員の秘書のミラさん……彼女たち女性の活躍がなければ、成し遂げられない仕事でした」


「ほうほう……」


「それをあの大臣は、報酬の支払いを渋ったうえに、高級ナイトクラブを紹介することで、誤魔化そうとしたんですよねぇ。しょうじき、あの行動にはあきれはてる他なかったです」


 オレが、ここでしか吐き出せない愚痴をこぼすと、元放送・新聞部の富山さんのスイッチが入ったのかもしれない。これまで以上に、鋭い質問が飛んできた。

 

「ふむふむ……クライアントに対する不満がないわけじゃないと……黒田くんは、モルタヴィアが絶対正義だと考えている訳じゃない、と―――?」


「正義という言葉を軽々しく使う人間は、信用されないでしょうけど……『貴国の正義をプロデュースします』と言って始まった今回の仕事の目的は、結局のところ『正義』ではなく『クライアントの目標達成』だったんだな、と個人的には思っています」


 オレが、そう答えると、画面越しの女性は、ペロリと自らの上唇をなめたあと、ニヤリとしてつぶやく。


「ふ〜ん、当事者でもそう言う認識は持っているんだ。ちなみに私見を述べれば、今回のモルタヴィア情勢については、孤立無援だったモルタヴィア共和国を救い、大量虐殺を阻止するための他国の介入を引き出した『戦略的PRの勝利』と、複雑な背景を持つ内戦を単純化して情報操作し、国際世論を意図的に誘導した『洗練されたプロパガンダ』の両方の側面があると考えているだけど、あなたはどう思う?」


 それは、おそらく、富山さんがずっと考え続けていたことなのだろう。最初に、動画制作の依頼をしたときから、彼女は中立的なスタンスを崩していなかったし、制作された動画の内容を見ても、その傾向にブレは無い。


「AGSの社員としても、一個人としても、今回の内戦で、モルタヴィア共和国側により大きな被害があったという認識に変わりはありません。その国のために、少しでも役に立つことが出来たのできて、名誉ある賞を受賞できたことにも誇りを持っています。ただ――――――」


「ただ―――?」


「トラ・ドニ側にもパニチェフ首相のように、本当に祖国の平和のために働こうとしていた人間がいるのも事実だと思うし、最後まで国連の議場に残っていたペリシチョフ大臣のように話せば悪い人ではないって相手が居ることも事実だと感じています。社員としての立場を離れて言えば、トラ・ドニ側に悪のレッテルを貼ったやり方が正しかったのかは、疑問に感じているも事実です」


 オレの答えに満足したのか、おケイ先生は、満足したように無言でうなずいた。


「あっ、最後の一言は、オフレコでお願いしますね」


 ついつい本音をしゃべりすぎたことに気づき、苦笑しながら言うと、


「もちろん! 私の目的は、キミをハメて言質を取ることじゃないからね」


と言って、政治系VTuberは、ニシシ……と声を出して笑った。


「まあ、なんにしても、世界情勢の裏側に、あなた達みたいな日本人が居るってのは、私にとって興味深いことだし、なにか面白い案件があったら、また、話を聞かせてよ。内容によっちゃ、こっちから報酬も支払うしさ」


「わかりました、社内規定に違反しない範囲であれば……ですけどね。それでは、今回は、このあたりで……」


 オレは、そう答えて、ディスコールの終話ボタンをタップした。

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