第4章〜我らの「正義」の行く先は……〜⑤
ニューヨークから、合衆国の首都にあるアルコ・グローバル・ストラテジーの本社に戻ったオレと壮馬を待っていたのは、AGS社の創業者にして、最高経営責任者でもあるマザー・クラウスことマーガレット・クラウスからの呼び出しだった。
モルタヴィア共和国……と言うより、ラドレスク大臣への経費請求と代金の回収に失敗したオレたちは、暗い表情で社長室に向かう。
ノックをして、マザー・クラウスの待つ部屋に入ると、社長室の主の他に、オレたちチーム・ヴェスパのリーダーも神妙な面持ちで待機していた。
(これは、チーム揃ってお咎めを受けるってことなのか……)
覚悟を決めたオレと壮馬が、創業者の前に立つと、彼女は、穏やかな口調で切り出した。
「それで、モルタヴィア共和国からの代金回収は、うまく行きそう?」
マザー・クラウスの言葉に、鳳花さんが即答する。
「今日、ラドレスク大臣からどれだけの金額を回収できたのかはわかりませんが……昨日までの時点で、モルタヴィア共和国から回収できた代金は、9万ドルになります」
「そう……ちなみに、今回の契約で掛かった経費は?」
「私たちの人件費を除いても、200万ドルを下回ることはありません。モルタヴィアの首都キシナヴィアに建設したメディア・センターとロンドン会議の際に掛かった経費が突出していますので……」
「それで……その経費の回収の見込みは?」
ここで、マーガレット・クラウスの目つきが鋭くなる。それは、マザー・クラウスとして、社員から慕われる温和なものではなく、冷徹な経営者の目そのものだった。
ただ、そんな創業者の視線に臆することなく、鳳花さんは、平然と答える。
「現在のモルタヴィア共和国の財政状況を考えると、何年先になるか……」
「それは、困ったことになったわね。たしかに、あなた達のチームは、モルタヴィア地域の和平に貢献したかも知れない……でも、私たちアルコ・グローバル・ストラテジーの業務は、慈善事業ではないのよ?」
マーガレット・クラウスの視線が、オレと壮馬を射抜くように見つめる。
以前、彼女のオフィスへの来訪から、壮馬が逃亡したことがあったが、その理由が、オレにもよく理解できた。
「さて、あなた達は、この状況をどうリカバリーするのかしら? アイデアを聞かせてちょうだい」
社内トップに君臨する人物からのプレッシャーに、冷や汗が背中を伝っていくのが感じられる。
いくら、世界的に注目を集めることができたとは言え、会社の利益に貢献できなかったオレたちは、最悪の場合、解雇……それを回避することが出来たとしても、現在のチーム・ヴェスパが解散させられ、三人は、それぞれ別の部署に異動させられるかも知れない。
そんな考えが頭をよぎり、言葉もなくうなだれるオレと壮馬だったが――――――。
クスクスと上品に笑い声をあげた鳳花さんが、口を開いた。
「マザー・クラウス。可愛い後輩たちをいじめるのは、その辺りまでにしてあげて下さい」
チーム・リーダーの一言に、オレたちが顔を上げると、社長室の主もフッと笑みを漏らして、険しかった表情を和らげる。
「ごめんなさい。一生懸命にがんばっている若者を見ると、つい叱咤激励したくなるのは、私の悪い癖ね」
マザー・クラウスは、柔和な笑みで、つぶやいたあと、ねぎらいの言葉とともに、オレたちにとって想定外のことを告げた。
「リュウジ、ソウマ……あなた達は、良くがんばってくれたわ。AGSでは、今回の二人の業務報告書をホウカがまとめて、全米パブリック・リレーションズ協会のシルバー・アンビル賞に提出しようと考えているの」
「「えっ? シルバー・アンビル賞にですか!」」
オレと壮馬が、声を揃えて反応したこの賞は、全米PR協会が主催するもので、世界で最も長い歴史と高い威厳を誇る広報・PRアワードだ。さらに、この業界内では「広報・PR界のアカデミー賞」などと言われていて、世界中の広報やPRのプロフェッショナルが成果を競い合う重要な目標となっている。
その中でも、シルバー・アンビル賞は、1944年に創設された最も栄誉ある賞で、戦略立案からリサーチ、実行、そしてビジネスや社会へ与えた効果測定まで、包括的で優れた成果を収めた総合的なキャンペーンを表彰するものだ。過去には、パンデミック禍におけるクルーズ船の安全性PRやスキンケア・ブランドがSNSをあkつようして正しい洗顔法を普及させた広報戦略チームが、この賞を受賞している。
「ホウカも、あなた達の功績を上手にまとめてくれているし、私の見立てでは、シルバー・アンビル賞の受賞も現実的な可能性があると思うの」
表情をほころばせながら、私見を語るマザー・クラウスに、オレも壮馬も面食らうしかない。
「この業界では、口コミこそが、もっとも有効な広告効果をあげるということは、二人にも何度も説明しているわね? シルバー・アンビル賞を受賞できれば、私たちは、モルタヴィア政府に請求した金額以上の報酬を得ることができると思うわ」
ニコリと笑みを浮かべながら語るチーム・リーダーの表情を見て、オレと壮馬はようやく理解した。
国際的な危機にある国家をPR戦略で救ったとなれば、広報PR企業として、これ以上ない実績になる。しかも、その功績が権威ある賞と結びつけば……。
財政状況の芳しくないモルタヴィア共和国に肩入れをしたことに、そんな狙いもあったのか……と、あらためて、花金鳳花という先輩の底知れなさにおののいてしまう。
「国家の危機管理を担当することができれば、民間企業の危機管理対応にも対処できるはずよ。シルバー・アンビル賞を受賞できれば、あなた達チーム・ヴェスパのもとには、民間企業からの依頼も殺到するでしょうし……上司としては、忙しくなる前に有給休暇を与えないとね」
お茶目な表情で語るマザー・クラウスに、オレと壮馬は、
「よろしくお願いします!」
と、二人揃って、頭を下げる。
こうして、チーム・ヴェスパの春からの活動は、『情報で世界を救う方法』とタイトルを付けられ、全米パブリック・リレーションズ協会に提出された。
そして、しばらくした後――――――。
ニューヨークのエジソン・ボールルームで開かれた全米パブリックリレーションズ協会のアンビル・アワードの表彰式では、金床を前にした鍛冶職人の像(アンビルとは金床という意味だ)を授かった鳳花さんが受賞スピーチを行い、オレたち、チーム・ヴェスパには、一ヶ月の長期にわたる有給休暇が与えられることになった。




