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第4章〜我らの「正義」の行く先は……〜④

「モルタヴィア共和国からの経費および報酬が、まだ支払われていません」


「「へっ?」」


 チーム・ヴェスパのオフィスに訪れた女性の声に、オレと壮馬は、そろって間の抜けな声をあげてしまった。


 アルコ・グローバル・ストラテジー社の総務担当は、淡々と事実を述べただけだが、その言外には、


依頼人(クライアント)の支払い管理はどうなっているんだ……?)


という詰問的なニュアンスが含まれているように感じられた。


 言うまでもないことかも知れないが、軍事大国の武力を後ろ盾にしたトランス・ドニストール陣営から、突如として攻撃を仕掛けられたモルタヴィア共和国の財政状況は逼迫していた。


「戦費やインフラの復旧にかかわる費用が莫大なため、財務省が機能不全に陥っている。だから、今回のPRにかかわる費用は、私のところに回してくれたまえ。私から、直接モルタヴィアの大統領府に請求を回しておこう」


 チーム・ヴェスパのオフィスで契約を交わしたとき、外務大臣のシュテファン・ラドレスクは、たしかにそう言ったし、両者の覚書も交わしている。

 これは、すでに「基本契約書」などを交わしている状態で、納期・金額・担当者などの一部だけを変更・追加したい場合に使うもので、契約書全体を作り直す手間を省く目的がある。また、本契約書には全体的な法的ルールを書き、具体的な業務フローや連絡窓口、細かいスケジュールなどを別紙で切り離して定めたりするもので、いずれも、法的に有効なものだ。


「すぐに、ラドレスク大臣に確認します!」


 そう言って、AGS本社を飛び出したオレと壮馬は、ニューヨークに滞在中の外務大臣のもとに向かう。


 だが――――――。


 ワシントンから、ラドレスクの滞在先になっているニューヨークの某高級ホテルに急行したオレたちは、生涯で忘れられないような体験をすることになる。


 心底、面倒くさそうな表情で、オレたちを滞在中の一室に招き入れたラドレスクに対して、


「|Mr. Secretary《大臣閣下》……」


と、初めて出会ったときのように、オレは、うやうやしく切り出す。

 そこで、怪訝な表情を見せた外務大臣は、こちらが、


「前からお話しをさせていただいていた請求書の件ですが……」


と言葉を発すると、露骨に不機嫌な顔になった。

 

 それでも、「わかったよ、いま、用意するから」と言って、奥の部屋に引っ込む大臣の姿に、安堵したのだが……。


「それで、いくら払えば良いんだ?」


 と言って、アタッシュケースを抱えてきた彼が、その大きなケースを開けると、そこには、オレたちが見たこともないような紙切れがたくさん詰まっていた。


 ラドレスク大臣は、その一枚一枚にサインをしていく。


「あのこれは……?」


 困惑するオレの横で壮馬がスマホの画像検索機能をかざすと、ディスプレイには、なにかが表示されたようだ。


「これは、トラベラーズチェックってヤツみたいだね」


「トラベラーズチェック……」


 その名前を耳にしたことはあったが、現物を見るのは初めてだった。

 トラベラーズチェックは、日本では、昭和から平成初期にかけて、海外旅行の()()()()()()として君臨していた海外旅行者向けの安全な小切手のことだ。


 一言で言えば、「盗難・紛失補償がついた、持ち歩ける現金」のような存在で、オレたちの両親が若い頃―――つまり、20世紀末の頃までは、その利用に圧倒的なメリットが存在したのようなのだが……。


 クレジットカードやデビットカード、スマホ決済に慣れた自分たちの世代にとってだけでなく、いまやアメリカ国内でも、その換金手続きを行える場所は激減していると言う。


「どうする? いまはアメリカ国内だから良いけど、海外でもトラベラーズチェックで決済をされると色々と面倒なことが起きそうだ。海外で1万ドル以上の額面のトラベラーズチェックをアメリカ国内に持ち込もうとした場合、空港の税関で足止めをくらうらしい」


 おそらく、スマホのAI検索で、そのメリットとデメリットを確認したと思われる壮馬が、オレに耳打ちする。


「|Mr. Secretary《大臣閣下》……今日は、一部の代金として、こちらを受け取りますが……今後は、ぜひ銀行口座への振り込みを――――――」


 壮馬のアドバイスを受けて、このあとの決済方法について提案しようとしたオレに対して、ラドレスクは、即座に声をあげた。

 

「それは、困る。モルタヴィア本国の銀行からは、まともに他の銀行に送金できるような状態じゃない!いまのモルタヴィア共和国の状況は、キミたちも知っているだろう?」


「いや、しかしですね……」


「誰も払わないとは言ってないだろう? 銀行間の取り引きは、なにもオンライン決済に限った訳ではないのだからな……代わりに、キミたちには、特別に良いモノをあげよう」


 そう言って、ラドレスク大臣は、名刺サイズの紙片をオレの胸ポケットに忍ばせる。さらに、言葉を続けた彼は、

 

「気になったら、いつでも、その店に行ってみたまえ。私の名前を出せば、目一杯サービスをしてくれるから」


と、ウインクをして見せる。それは、ロンドン会議のときに、イーグルベーガー国務副長官にジョークをかましたときの表情だった。


 胸ポケットに押し付けられた紙片の内容を目にしたオレは、壮馬にも確認させたあとで、その名刺をジャケットの内側のポケットに入れ直してから、ため息をつく。


 女性に対して目がないラドレスクらしく、男性同士なら、こうしたやり取りで切り抜けられると考えたのかも知れないが……。


 オレも壮馬も、すっかりその毒気に当てられてしまい、この場ではラチが開かないと判断し、一度、ワシントンのAGS本社に戻ってから、これまでの経費の回収方法を考えることにした。

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