第4章〜我らの「正義」の行く先は……〜③
翌日の国連総会では、最初にトランス・ドニストール共和国の国家承認に関する決議案が採決された。
テレビ報道などで見たことがある人もいるかもしれないが、国連総会での投票はボタン式だ。どの国が、どちらに投票したか、その結果は一瞬のうちに一覧表形式の電光掲示板に映し出される。
結果は、反対127ヵ国、賛成6ヵ国、棄権26ヵ国――――――。
パニチェフ首相が目指した、トランス・ドニストール共和国を国家承認させ、各国と対等の交渉を行って、自国の立場を世界に訴える、という外交戦略は、あっけなく潰えてしまった。
今度こそ、オレたちがPR戦略を担ったモルタヴィア共和国の外交的勝利だ。
鳳花さんや壮馬、そして、モルタヴィア共和国政府の面々とともに、採決が行われる議場で投票の様子を見守ったオレたちの周りには、安堵の空気が流れる。
一方のトランス・ドニストール陣営に目を向けると、代表団のメンバーの一人が、周囲の人々に、
「まもなく、議長が私たち全員に退席を命じるでしょう。そうなる前に自主的に席を立ちましょう」
と、うながしているのが見えた。それが、彼らの面目を保つ方法なのだろう。
「反対127ヵ国、賛成6ヵ国、棄権26ヵ国……」
ブルガリアの外務大臣でもあるギネ―議長が、投票結果を読み上げる声が議場に響く中、パニチェフ首相をはじめ、トランス・ドニストール陣営の代表団は、机の上の書類をまとめて、各国の議席の間に設けられた通路から退場していった。
その中で、ただ一人、ペリシチョフ情報大臣だけが、議場に残っている。彼は、ロンドン会議で、戦火のモルタヴィア共和国の首都から逃れ、カンファレンス・センターで演説を行った女性エレナさんに、エレベーターで警告を発した人物だ。
投票結果を確認したオレが、新鮮な空気を求めて議場に外に出ると、その情報大臣が、オレに声をかけてきた。
「あんたは、ロンドン会議のときにも居たPR会社の人間だな?」
「えぇ、アルコ・グローバル・ストラテジーの黒田竜司と言います」
オレが、そう言って名刺を差し出すと、ペリシチョフは、「フン……」と言って、名刺を突き返してきて、こう言った。
「先月のロンドン会議の元教員の演説と言い、今日のイオニスク大統領の演説と言い、巧みな演出だな。今日の演説のゴーストライターは誰だ? アメリカのモダン・アートの話を盛り込むなんて……イオニスクに、あんな内容の演説原稿は書けないだろう? 異なる文化の融合なんて、どうやって思いついたんだ?」
さすがは、情報大臣という役職を任されている人間である。なかなか鋭い見識だ。
「そこまで、お見通しでしたか? お察しのとおり、原稿の大半は、我が社の花金が執筆しました。あのマーク・ロスコのキャンパス画のエピソードは、知人の上院議員の秘書さんの受け売りですけどね」
オレが微笑を浮かべながら答えると、「なるほど……」とつぶやいたペリシチョフは、
「私たちは、合衆国の政治家とのコネクションでも完敗していたわけか……ニューヨークという土地柄を考えれば、モダン・アートの話はアメリカやヨーロッパの人々に向けて、たしかに効果はあっただろうな。敵ながら、アッパレだよ」
と、自嘲気味に言って肩をすくめた。そんな相手に、オレは気になったことを訊ねてみる。
「大臣は、トランス・ドニストールの代表が議場を去ったあとも、なぜ、お一人であの場に残っていたんですか?」
すると、またも「フン……」と不機嫌そうに鼻を鳴らした情報大臣は、淡々と答える。
「本来なら、我々の国家承認を後押ししてくれるはずだった各国代表の表情を確認しておきたかっただけだ。西側に対する対抗措置で、これまで、軍事的にも経済的にも我々を援助をしていた国が、どんな顔をして、『おまえらに、国連での居場所はない』なんて態度を取るのか、人間の変節ぶりを見ておきたかったんだよ」
冷笑気味に語るペリシチョフの言葉に無言でうなずくと、彼はもう一度、口角を崩して言い放つ。
「いずれにしても、私とパニチェフの仕事は、もう終わりだろう。トランス・ドニストールは、キミたちに、ベッタリと悪のレッテルを貼られたからね」
そう言って立ち去る相手陣営の情報大臣の姿を、ゆっくりと眺めている時間の余裕は、オレたちにはなかった。
議場から出てきたイオニスク大統領とラドレスク大臣に殺到するマスメディアの記者たちの姿が目に入ったからだ。その光景を目にしたオレは、モルタヴィア政府の人々に付き従っている鳳花さんと壮馬にアイコンタクトを交わして、記者対応の準備に入る。
本会議場から出てきたモルタヴィア政府代表団の退出ルートを確認し、議場から少し離れた位置にあるエスカレーター前のスペースが、メディアのぶらさがり取材に最適だと判断し、そこに記者たちを誘導する。
「ここで、待っていただければ、このあと、イオニスク大統領の質疑応答が始まります」
チーム・ヴェスパは、トランス・ドニストール陣営が白旗をあげて降参したあとも、多忙であることは変わりなかった。
そして、ここまでの苦労は、多額の報酬で報われると考えていたのだが――――――。




