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第4章〜我らの「正義」の行く先は……〜①

 オレたちチーム・ヴェスパが、そして、なにより、モルタヴィア共和国政府が恐れたように、8月下旬に文書の調印が行われたロンドン会議での和平合意は、9月を待たずに、あっという間に反故にされた。


 提案がされたときに懸念したとおり、和平案には、合意に違反した場合の制裁案が示されなかったため、紛争当事者、特に優勢に立っているトランス・ドニストール勢力やそれを背後で支援する軍事大国にとって、「戦場で領土を占領し、既成事実を作る(民族抹消を含む)」ほうが、外交交渉のテーブルに従うよりも利益が大きいという現実のまえに、文書による合意など意味をなさなかった。


 こうした当事者同士の内情に加えて、仲介に立つべき主要国・機関の間で、方針が激しく対立していたことにも要因はある。


 ロンドン会議という舞台を用意したイギリスやフランスは、自国の平和維持部隊が人質に取られるなどの報復を恐れ、強力な軍事介入や空爆に消極的だった。

 また、圧倒的な軍事力を持つアメリカ合衆国の政府の行動は、地上軍の派遣を拒みつつも、モルタヴィア政府軍への武器禁輸措置を解除して対抗させようとするなど、欧州各国との方針にズレが生じていた。


 さらに、国連常任理事国である他の軍事大国に至っては、伝統的に同盟関係にあるトランス・ドニストール寄りの立場をとっている。


 これでは、文書による合意など意味を成さないのも当然だ。


 そこで、停戦合意が破られたという事実を前提に、9月の国連総会では、ふたたびモルタヴィア情勢に関する話し合いが行われることになった。

 パニチェフ首相は、この機会に、トランス・ドニストール共和国の国家承認を目指しているという。


 これが、今回の業務の第二フェーズが終了し、最終フェーズに移る前の状況だ。


 モルタヴィア共和国のPRを請け負う者として、今度こそ、失敗ができないという決意のもと、チーム・ヴェスパは、国連総会に向けて、準備に取り掛かる。ロンドン会議が終わったあと、次の日にアメリカに戻ったオレ自身も加わり、一週間後には、ニューヨークでの総会に向けて、総合的なプランが完成した。


 ここには、ラドレスク大臣のメディア出演を継続的に強化するといった、これまでの方針に沿ったものから、インターネット上の世論喚起の徹底など、新しい方策も盛り込まれている。


 ロンドン会議の合意が破棄され、トランス・ドニストール陣営に対する厳しい意見が増え始めたころ、ネット上には、


「モルタヴィアのイオニスク大統領は、ナチス政権の末裔だ」


というデッチ上げの主張を行う動画が出回った。


 内容から考えて、どの勢力から発信された情報なのかは、考えるまでもなかったが、以前、壮馬が口にしたスマホ農場を使った情報は、SNSのアルゴリズムの影響から、すぐに世界中に拡散される。


 このような事態に対応するため、投稿内容が一貫しておらず、脈絡のないリポストばかり、または特定の宣伝・煽り投稿しかない不自然なアカウントを速やかに発見して、プラットフォームに通報する一方、ニセのトラフィック(閲覧数や評価)を販売する行為の可視化、第三者のファクトチェック機関がデマを認定した際、プラットフォーム側がその投稿に「事実とは異なる」というラベル(コミュニティノートなど)を迅速に付与する仕組みを整えて、拡散の連鎖を止めるシステムを構築する。


 オレや壮馬が、こうした、水面下の活動にチカラを注ぐ一方、鳳花さんは、国連総会本番での演説に向けて、着々と準備を進めていた。

 

 オレたちより、一足先に、AGS本社のあるワシントンから国連総会が行われるニューヨークに移動した彼女は、モルタヴィア共和国代表団のIDを発行してもらい、議場内での各国代表団の発言内容と表情を細かく観察し、オレたちやモルタヴィア本国にレポートしてくれている。


 あるときは、モルタヴィア代表団の席に座り、あるときは、会場全体を見渡せるオブザーバー席から観察を行っている彼女は、


「世界中の外交官が非公式の会話をする議場のすぐ外のラウンジは、各国の思惑を知るのに最高の場所ね」


と、楽しげに語っていた。


 鳳花さんは、さまざまな国の代表と会話を行い、その動向を探りながらモルタヴィアへの支持を要請しているようだ。ロンドンでは、メディア対策や本会議での演説などを通じて、トランス・ドニストール陣営のPR活動を圧倒しながら、舞台裏の交渉で国連事務総長にしてやられた。


 自分たちが本拠地としているアメリカ・ニューヨークでは、今度は、自分たちが主導権を握る番だ、という負けず嫌いな鳳花さんらしい行動だ、と感じる。


「今度のイオニスク大統領の演説では、『多様性』ということをキーワードにしようと考えているの」


 定時報告の際のその言葉に、感じるところがあったオレは、鳳花さんに返答する。


「鳳花さん、大統領の演説原稿の完成まで、少し時間をもらえませんか? ミラさん……ホープ上院議員のところのミラ・イリエさんに確認したいことがあるんです」


「どんなことかしら? 今回の原稿の草稿は、かなり仕上がってきた感じだけど、黒田くんがそう言うなら、貴方が、ニューヨークに来るまで待ってみるわ」


「ありがとうございます! イオニスク大統領は、アートに精通していて、ご自身でも描画やデッサンを嗜まれる、とアリーナさんから、うかがった記憶があるんです。きっと、スピーチの良いアクセントになると思いますよ」


 リーダーとの通話を終えたオレは、そのままホープ上院議員の事務所に直行し、優秀な秘書さんに面会の時間を取ってもらった。

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