第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑰
ワシントンでの準備を終えたオレたちは、依頼主の代表団の一員として、ロンドンに乗り込む。
モルタヴィア共和国にとって、国家の存亡がかかっていると言っても、決して過言ではないロンドン会議には、世界各国のさまざまな思惑が渦巻いていた。
オレたちがPRを受け負っているモルタヴィア共和国政府の狙いは、言うまでもなく、すでにまとめた8項目の基本方針について、ひとつでも多くの項目について、国際社会に認めさせ、いまだモルタヴィア領内の各地で攻勢を続けるトランス・ドニストール陣営の攻撃を止めさせることだ。
一方、トランス・ドニストール陣営……いや、パニチェフ首相の狙いは、トランス・ドニストール地方を独立国家として、国際社会に承認させることだ。そのために、「五箇条の行動指針」をまとめ、この指針の中には、民主的な憲法の制定や、内戦中に|Ethnic Erasure(民族抹消)の行為が行われている事実を認めて非人道的行為を停止させるという大胆な内容も含まれているのではないか、という情報が、オレたちの耳にも入ってきた。
これは、トランス・ドニストール陣営に強いコネクションを持つフランス政府の高官を通じて、AGS社にもたらされたものだ。
さらに、当事者である二カ国(オレたちの依頼主であるモルタヴィア政府は、相手方のトランス・ドニストール陣営を正式に認めていないが……)を除いた、主要国の見解はと言えば――――――。
パーカー国務長官の代行として、副長官のハリー・イーグルベーガー氏を送り込んできたアメリカ合衆国の立場は、ヨーロッパの裏庭で行われている内戦に、自国はどこまで関わるべきかの見極めを行う、と言ったところか?
ヘルシンキでの安全保障会議では、合衆国大統領自身がモルタヴィア擁護の演説を行ったうえ、その演説を台無しにしかけたパニチェフ首相に対する個人的な感情もあるだろうが……。
モルタヴィア情勢に介入することで、自分たちの国の若い兵士たちを戦場に送り込むことに対する見返りがどれ程あるのかを慎重に検討したいと考えているようだ。
会議の出席者が国務長官本人ではなく、国務副長官であることが、なによりも雄弁にそのことをあらわしている。
一方、欧州の国連常任理事国であるイギリスとフランスは、憎悪と流血が渦巻くモルタヴィア領内の混乱が、二日や三日の会議で解決できるものではない、と認識しているだろう。
それでも、トランス・ドニストール陣営の背後にいる軍事大国に対するけん制をしておかなければならないだろうし、普段から人権を人道上の問題にを取り上げ、率先的に意見を表明する国にとって、モルタヴィア情勢は、完全に他人事である、とすることは難しい。
そして、米英仏のような大国などと異なる、アジアやアフリカ大陸の国々は、
「東ヨーロッパの片すみで行われる内戦よりも、世界各国には、他にも注目し、救いの手を差し伸べるべき国があるだろう」
と考えているはずだ。
それでも――――――。
この会議に出席したほとんどの国が、強制収容所というキーワードが出現して以来、
「世界の多くの国々が、モルタヴィア共和国の人々の苦しみを放置している」
という国際的な世論を回避したい、という思惑を持っていることだけは間違いなかった。
奇しくも、ロンドン会議の舞台となるクイーン・エリザベス2世・カンファレンス・センターは、大規模な国際会議の他に、窓からウェストミンスター寺院の夜景が見えるロケーションを活かして、フォーマルな宴会や授賞式、そして、大規模な映画の試写会・上映会、シアター形式(演劇や講演スタイル)のイベントも頻繁に行われる施設だ。
多くの国々の思惑が交錯する、この「劇場」で行われるのが、各国首脳たちの「芝居」がかった振る舞いなら、その振り付けを行うのが、チーム・ヴェスパに託された使命である。
影の演出者として、タクトを振るう鳳花さんとともに、オレは、多くの人たちや記者が厚まえるシアター型のメインホールで各国の要人たちの動きを注視する。
いよいよ、幕が上がったこの舞台で先陣を切ったのは、イギリスの首相だった。
「トランス・ドニストール勢力は、自分たちが国際社会の一員になるつもりがあるかどうか、自らに問わなければならない。もし、その答えがNOなら、今後、国際社会がトランス・ドニストール地域を国家承認することも無いだろうし、国際的な貿易も援助もなくなる。そうなれば、経済的にも政治的にも文化的にも、孤立の道があるのみだ)
冒頭から、トラ・ドニ陣営を厳しく避難する言葉が飛び出した。
トランス・ドニストールの代表団として参加しているミロシェンコ大統領の表情が不機嫌に歪む。
さらに、過去の自国が行なった行為への反省のためか、強制収容所というキーワードに敏感に反応したドイツの外務大臣は、
「ディラスポリ(トランス・ドニストールの首都)こそ、諸悪の根源だ」
とまで言い切った。
各国首脳の心のうちはどうあれ、モルタヴィア共和国への理解やシンパシーのメッセージを発信しなければならない、という意志は大いに伝わってくる。
それでも、ミロシェンコ大統領は、すぐに不機嫌だった表情に余裕があらわれ、アメリカの代表団の方に視線を送り始めた。どうやら、トラ・ドニ陣営は、アメリカの動きを気にしているようだ。
そして、それは、ここまで、演壇に立つこともなければ、各国首脳との打ち合わせなど目立った行動を取っていないアメリカ代表団のリーダーであるイーグルベーガー国務副長官が、当のミロシェンコ大統領と学生時代からの旧知の間柄であった事実と関係しているのかも知れない、という不安がオレの頭をよぎった。




