第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑯
ロンドン会議の開催が正式に決定すると、アルコ・グローバル・ストラテジー社の社内の動きは、一気に活発になった。
オレたち、チーム・ヴェスパだけでなく、AGS社全体が、この会議が最大の勝負どころになる、と判断したからだ。社内上層部の許可を得て、鳳花さんは、さっそくロンドン支社に連絡をとって、今回の作戦のバックアップを依頼しはじめた。
以前にも説明したように、AGS社は、世界各地に拠点を持っていて、ロンドン支社は、その中でも大きな拠点のひとつだ。北欧のヘルシンキや東欧の小国モルタヴィアとは違い、大英帝国の首都ともなれば、その拠点能力を活かして、社内のサポートを万全に受けることができる。
サッカーの国際試合もそうであるように、アウェーの地で戦うことは、さまざまな不利を強いられる。移動による、肉体的・精神的な疲労に加えて、宿舎や食事、通信機器の利用などのインフラに関わるもの、そして、万全の情報収集体制の構築など、現地での的確な支援があれば、アウェーの戦いを自分たちのホームと同等の環境にすることができる。
ただ、世界の多くの地域に拠点を持つ大きな組織では、アメリカ本国と現地の連携がうまくいかないこともある。本国の思惑と現地の縄張り意識が衝突してしまうと、情報の伝達や連携が取れずに、十分な働きができなくなってしまうのだ。
今回は、社内のトップであるマザー・クラウスの意向で、チーム・ヴェスパのリーダーである鳳花さんが戦略プランニングの主導権を握り、ロンドン支社は、ホテルの手配、支社内における業務スペースや通信設備など施設の提供など、いわゆるロジスティック支援に加え、現地ロンドンに関する情報が必要な場合のアドバイザーになる、と明確に役割分担が決められた。
早々とロンドンでの支援体制が固められると、オレたちは、モルタヴィア共和国の大統領府との連絡を活発化させる。
チーム・ヴェスパの要請にもとづいて、モルタヴィア政府から、イギリス外務省が準備したロンドン会議の参加登録申込書が送られてきた。
その申込書には、
・各国代表団は、十二名までの限られる
と書かれている。
一般人だけでなく、取材許可を得たジャーナリストも立ち入りが禁じられるフロアへの入室も許された最高ランクのIDカードを付与される十二名の代表団のうち、鳳花さんと壮馬とオレを含めた三人に加えて、もう一人、アメリカ人がメンバーに加えられた。
それは、ラドレスク大臣にAGS社を紹介し、大臣をオレたちに引き合わせた人権活動家のジミー・フェルプス氏だ。
ヘルシンキからワシントンに戻って、モルタヴィアに発つ直前に会って以来、オレ自身はフェルプさんに会うのは二度目になるが、国連安保理に提出するトランス・ドニストール陣営への制裁決議案のアドバイスを行うなど、モルタヴィア情勢に和平に向けて、彼の知見は欠かせない、と鳳花さんは判断したようだ。
「彼は、連邦議会の議員の中で、誰がモルタヴィア情勢に関心を持っているか、私たち以上に詳しく知っているし、議会の現状を把握していて情報を共有してくれる得難い存在だわ。それに、ワシントンの議会だけじゃなく、国務省に国連、国際政治の関係者にも幅広い人脈があるし、その人脈をコーディネートする能力にも長けているの」
我らがチーム・リーダーだけでなく、AGS社も、彼のそんな能力を評価していることは、鳳花さんが中心となって作成した『ロンドン会議・戦略メッセージ』の書面からも理解できる。
この文書には、来たるべきロンドン会議に向けて、国際世論をどのように導いていくか、という基本方針がまとめられている。
1.侵略者は、モルタヴィア共和国の併合を企てている
2.モルタヴィア共和国政府は、国民投票によって選ばれた正当な政府である
3.トランス・ドニストール陣営は、テロリストで侵略者であり、モルタヴィア共和国と国民はその犠牲者である
4.交渉は、トランス・ドニストール陣営の軍事的圧力の下で行われてはならない
5.侵略者は組織的に|Ethnic Erasure(民族抹消)を進めている
6.侵略者はモルタヴィア共和国領内の各地に強制収容所を設立している
7.トランス・ドニストール陣営に対する経済制裁を厳格に実行しなければならない
8.人道に対する罪を犯した者には、戦争犯罪法定の裁判を実行しなければならない
文書の前半は、オレたちが、モルタヴィア共和国政府のPR活動を請け負ったときから、繰り返し主張してきた内容だ。
そして、後半は、その活動の途上で芽生えてきた主張なのだが、そこには、人権活動家ジミー・フェルプスの考えが、多く盛り込まれている。とくに、戦争犯罪法定の設置は、彼が強く主張したもので、その背景には、人権と人道主義を大切にする「議会人権財団」という彼の所属する団体の理念が影響しているようだ。
鳳花さんは、こうしたフェルプスの考えを採用するよう、モルタヴィア共和国のイオニスク大統領とラドレスク大臣に強く薦め、彼らもそれを承諾した。
オレたちチーム・ヴェスパのメンバー三人は、それぞれ、ロンドン会議に向けて、最後の準備に取り掛かかる。そして、オレ自身は、先日、再会したばかりの元同級生に連絡を取ることにした。




