第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑮
モルタヴィアからワシントンに戻り、隣国カナダの軍隊関係者の発言をけん制する計画が成功を収めた頃、モルタヴィア共和国をめぐる情勢について、新しい情報が入ってきた。
平和の使者として、モルタヴィアの首都・キシナヴィアを訪問し、和平交渉を行うことで、国際的なPR合戦における出遅れを取り戻そうとしたトランス・ドニストール共和国のパニチェフ首相は、彼の立てたプランが、アメリカのテレビ局プロデューサーが射殺されるという悲劇によって中断されたあとも、母国の首都に戻って、精力的に活動を行っているようだ。
キシナヴィア空港での襲撃事件を受けて、トラ・ドニ側と契約を結んでいたPR会社は、一方的にその契約を破棄したそうだ。
これで、オレたち、アルコ・グローバル・ストラテジーとPR活動の契約をしているモルタヴィア共和国は、外交交渉と情報発信の両面で、ふたたび、大きくリードできる、と安心していたのだが……。
民間出身のトランス・ドニストール共和国の新たな首相は、次の一手を準備していた。
パニチェフ首相が考えた新しい策は、主要国の首脳が、一堂に集まる場を設けて、モルタヴィアとトランス・ドニストール間の紛争の解決策を話し合う一大会議を開催する、というものだった。
これは、モルタヴィア共和国のイオニスク大統領とアメリカ合衆国の首脳会談が実現したヘルシンキの欧州安全保障会議と異なり、まだ、国家として認められていない、トランス・ドニストール共和国も代表団を送り込むという画期的なものだ。
PR会社のアイデアやコネクションを利用できなくなってしまったパニチェフ首相は、アメリカやヨーロッパのメディアに露出する機会が目に見えて減少していた。そこで、欧米のメディアが集う「檜舞台」を設定して、一気に勝負を掛けようと考えているのだろう。
ヨーロッパ諸国の中では、比較的トランス・ドニストール陣営に融和的なフランスの大統領と協議を行ったパニチェフは、その会談のなかで、イギリスのロンドンで会議を行うことを提案されたという。
「フランスの大統領は、どうして、パリでの国際会議を承諾しないんでしょうか?」
鳳花さんに訊ねると、「フランス側の思惑はわからないけど……」と、前置きしながら、こんな見解を語ってくれた。
「もしかしたら、この会議は、トランス・ドニストール陣営の提案に見せかけて、すでにフランスとイギリスの間で、開催する道筋を作っていたのかも知れないわね。そろそろ各国に経済的な悪影響も出てくるだろうし、欧州の国連常任理事国としては、これ以上、モルタヴィアの紛争が長引いてほしくない、と考えているじゃないかしら?」
チーム・ヴェスパのリーダーの見解が、どこまで正確なのかはわからないが、モルタヴィアで起きている内戦が始まってから、半年が経過しようとしているし、ヨーロッパの他の国としても、自分たちの国に与えるマイナスの影響を考え始めているのかも知れない。
そんな各国の思惑を知ってか知らずか、パニチェフ首相は、トランス・ドニストール共和国の内部でも、活発な動きを見せているようだ。
トランス・ドニストール地方のハブコトルチという街で起きた、モルタヴィア人の追放行為を問題視したパニチェフは、首相の権限で、事件の首謀者とされるトランス・ドニストール人の町議会議長や仲間の四人を逮捕した。
「|Ethnic Erasure(民族抹消)のような行為は許されない」
と宣言した首相の決断は、フランスやイギリスをはじめとした国際社会に向けたアピールだったのだろう。だが、当然のことながら、トランス・ドニストール陣営に批判的な姿勢の欧米諸国に対して、反感を抱いているトラ・ドニ領内の民衆からは、
「西側諸国の見解に媚びるな!」
と、大きな反発を招いているようだ。
それにもかかわらず、さらにパニチェフ首相は、内務次官のテルケスという人物の更迭を強行した。この人物は、モルタヴィア領内のトランス・ドニストール勢力の人々とつながり、そこで、数々の非人道的行為の手引きを行っているのではないか、とウワサされている。しかも、テルケスは、トランス・ドニストール共和国のミロシェンコ大統領の子飼いでもあり、こうした政策は、トラ・ドニ陣営の最大の実力者であるミロシェンコの逆鱗に触れることは、あきらかだった。
「なんだか、相手側の陣営は、内部で揉めているようですね?」
「えぇ、当初の見立て以上に、パニチェフ首相は、気骨のある人なのかも知れないわ。彼は、ある種の覚悟を決めているのかも……」
「―――その覚悟って、なんですか?」
「おそらくは、トランス・ドニストール陣営につきまとう『悪のイメージ』をミロシェンコ大統領一派に押し付けて、『すべては彼の責任である』ということにするPR戦略ね」
「なるほど……トラ・ドニ側の行為が、ナチスと同一視されているなら、戦後のドイツと同じように、『悪の独裁者』に負のイメージを背負わせようって作戦ですか―――?」
その後、ミロシェンコ大統領を速やかに退陣させ、国際社会から好感を持たれている自分が、最高権力者の地位に就けば――――――。
パニチェフ首相の思惑を想像するならこんなところだが、はたして、そんなに上手くことが運ぶのだろうか……?
こんな風に、相手陣営の動きも気にかけながら、ヨーロッパ各国が期待を寄せるロンドンでの大会議に向けて、オレたち、チーム・ヴェスパは、モルタヴィア共和国のPRを行う準備に取り掛かった。




