第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑭
バーバラ・フローレス外務大臣が、これまでモルタヴィアへの共感を示してくれていたことに対する感謝の気持ちを伝えながら、マクドナルド将軍の奔放な発言に対して釘を差すように訴える外交文書が、相手の手元に届いたことを確認すると、メーリングリスト『モルタヴィア通信』では、すぐに、「緊急発表」と題したプレスリリースをメディア向けに発信する。
カナダの外務大臣への抗議書簡というニュースのネタを自ら作り出し、話題としてメディアに提供する。
そのタイミングも周到に選ばれていて、いまや、ときの人となったマクドナルド将軍は、この週末にふたたび訪米し、今度は、ここワシントンの連邦議会上院の公聴会で証言することになっている。
「私たちが依頼主にできる貢献の中で、いちばん重要なのは、依頼主に悪い事態が起きたとき、すぐに反応して、依頼主の評価が上がる情報を広めること。タイミングを逃してしまったら、同じことを伝えても、まったく効果がなくなることもあるんだけど―――今回のケースでは、ベストに近いタイミングで、その機会が訪れそうね」
上院議会の公聴会をまえに、鳳花さんは、マクドナルド将軍に対する対応を振り返りながら、そう語った。
そこには、危機管理のPR戦略にとっての核心が含まれているように感じられた。
その週末、連邦議会で行われた公聴会では、上院議員たちが同盟国カナダの公職にある人物に対するものとは思えないほど、詰問するような口調でマクドナルド将軍を問い詰めた。
「あなたは、トランス・ドニストール陣営が設置した強制収容所を本当に見ていないのか?」
同じことを複数の議員が訊ね、そのたびに、マクドナルド将軍は答える。
「一度も見ていません」
しかし、それまで毅然とした態度で答弁を行っていた職業軍人の表情に、焦りの色が滲んだのは、ホープ上院議員が、質問に立ったときだった。
「モルタヴィアの地で、人権侵害など行われていない、あなたは、そう仰るのですね?」
「少なくとも、私は、そうした場面を目撃した訳ではありません」
マクドナルド将軍が答えると、上院議員は、すかさず手に持っていた雑誌を議場全体から見渡せるように高々と掲げて見せた。
ホープ議員が掲げたのは、世界でももっとも知名度の高いニュース雑誌だ。その表紙には、トランス・ドニストール陣営の兵士に捕らえられ、鉄条網越しにやせ衰えた上半身を晒すモルタヴィア共和国の男性が写し出されている。
上院議員が、続けざまに、
「どんな言葉よりも、この一枚の写真が真実を物語っている」
と発言し、その場にいる全員とテレビカメラに向かって、雑誌の表紙を提示すると、議場は静まり返った。
ホープ議員は、さらに続けて、将軍を問い詰める。
「収容所についての報道や訴えを目にしたことがあるなら、たとえば、国連部隊の装備を持って、赤十字の査察をバックアップすることは出来たのではないですか?」
「たしかに……そう言ったことは可能ではありましたが―――議員の質問には、イエスと答えることが出来ますが、当時の司令部の状況を考えれば―――」
マクドナルド将軍の答弁は、第三者であるオレたちの目から見ても、苦しいものに感じられた。
その様子は、テレビやネットメディアの生中継を通じて、世界に向けて配信されている。
おそらく、ホープ上院議員は、この日のために、ミラさんをはじめとするブレーンたちと協議した上で、こうした演出を取り入れたのだろう。
議員になる以前は、辣腕を振るう弁護士として名を馳せたホープ議員らしい手法だった。
モルタヴィア共和国のPRを請け負ったオレたちにとって、
「あの国の人々のために、アメリカ人として、私に出来ることがあれば、何でも言ってほしい」
という自らの申し出を実行してくれた大物議員には、感謝の想いしか無い。
夜のニュースやネットメディアのまとめ記事にも、何時間にもわたって行われた公聴会の場面を編集した数十秒の映像では、当然のようにこの場面が選ばれた。
この日の報道をきっかけに、マクドナルド将軍の地元カナダでも、メディアの論調は、悲劇の地の英雄扱いから、彼に対する疑いの目を向けるものへと少しずつ変化していった。
モルタヴィア共和国の首都キシナヴィアから、英雄として帰国したマクドナルド将軍は、近い将来、カナダ政府の国防大臣になるのではないか、とウワサされているほどの人物だ。しかし、この一件をきっかけにして、そうした話は立ち消えになって、代わりに軍の退役を迫る声まで出てきているという。
その後も、この英雄視されていた将軍は、カナダ本国やアメリカなどで講演会を行い続けた。そして、今度は、誰がその講演料を支払っているのかが問題になった。この講演料は、アメリカに住んでいるトランス・ドニストール共和国の人々とともに、パニチェフ首相への支持を表明していた、投資家のエイダン・マクスウェルの財団から支払われているという。
オレが、何度か電話で会話を交わした、高級紙『メトロポリタン・タイムズ』のエイブラムス記者は、追跡調査を行い、
「マクドナルド将軍は、多額の資金をトランス・ドニストール陣営から受け取って講演している」
というスクープ記事を執筆した。
ただ、これは正式な団体名を出さない、匿名の政治団体として講演料の支払いが行われているようだ。
それでも、マクドナルド将軍に対する疑惑の目は、深まっていくばかりだった。




