第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑬
カナダでは、戦場に平和をもたらす使者として、英雄視され始めているマクドナルド将軍は、訪米すると、予定どおり、テレビや新聞メディアによるインタビュー出演を精力的にこなし始めた。
なかでも、テレビのニュースショーの出演は、そのすべてが生放送のものであり、これまで、彼がモルタヴィアの現地から、数秒間の長さに編集された映像で語っていた印象とは、視聴者に与えるインパクトがケタ違いだった。
将軍は、それぞれのテレビ番組で数分から数十分の長い時間を与えられ、軍隊に所属しているとは思えないような饒舌ぶりで、
「収容所については、なにも知らない。情報がない。見ていない」
という言葉を繰り返した。
オレたちが、わずか数日の短い間に、オレたちが、『|Ethnic Erasure(民族の抹消)』という概念を広めたように、さまざまなメディアに出演して同じ発言を繰り返すのは、ひとつの考え方やアイデアを拡散させるのに、極めて効果的な方法だ。
『強制収容所』というキーワードが、欧米メディアの主要な話題となりつつあるいま、その存在の有無と、そこで行われている非人道的行為が、世界中の人々に対するモルタヴィア共和国の強力なメッセージになるため、収容所の存在を否定するかのようなマクドナルド将軍の発言は、モルタヴィア政府として、見過ごせるものではなかった。
モルタヴィアのイオニスク大統領も、ラドレスク大臣も、マクドナルド将軍の一連の発言については、将軍が現地に赴任していた頃から、抗議したいと考えていたようだ。ただ、単純にモルタヴィア政府から、将軍本人に遺憾の意を伝えても、効果は薄いと思われる。
モルタヴィアの大統領府は、マクドナルド将軍が現地に居た頃から、度々、収容所に関する彼の発言について、さまざまな形で不快感を表明していたそうだが、残念ながら、彼の言動は変わることがなかった。
こうした状況を受けて、鳳花さんは、いまこそ、モルタヴィア政府の抗議の声を正式に表明するときだ、と考えたのだろう、すぐに具体的な行動を取り始めた。
ラドレスク大臣との協議の結果、鳳花さんが出した結論は、マクドナルド将軍に直接の抗議を行うのではなく、彼の母国であるカナダ政府の外務大臣バーバラ・フローレス宛に書簡を送ることだ。当事者ではなく、その上層部に告げ口をするようなこの手法には、カナダ政府や陸軍組織にモルタヴィアへの不信感を抱かせるリスクもある。
ただ、鳳花さんがターゲットにしたフローレス大臣は、モルタヴィア情勢が悪化し始めた当初から、トランス・ドニストール陣営の行為に関して、前世紀のヨーロッパで起きた悲劇を例に出して、
「世界は、ナチスが行った蛮行をふたたび目にしています。同じような悲劇が連日のように繰り返し報道されています。人種差別が平然とはびこる状況をこのまま見過ごしていて良いのでしょうか?」
と発言し、モルタヴィア共和国への理解を示してくれていた。
マクドナルド将軍が、平和に貢献する英雄として受け入れられつつある状況では、フローレス大臣にあてる書簡は、慎重に書かなければならない。
「私が草稿を書きますので、外務大臣のお立場として問題があると感じられる箇所は、修正してください」
鳳花さんは、そう言ったあと、母国に戻って歓迎を受けるマクドナルド将軍の発言を細かくモニターし、記録を取りながら、注意深く、丁寧に文面を整えていった。そうして、ラドレスク大臣の認可を得た書簡は、正式な外交文書として、カナダに郵送される。
マクドナルド将軍の訪米が終了して彼が祖国に戻った数日後、無事にカナダのフローレス外務大臣のもとに、書簡が届けられたようだ。
鳳花さんの手によるメッセージは、こんな一文から始まっている。
「わたくしたちモルタヴィア政府は、貴国のマクドナルド将軍の昨今の発言に、大きな悲しみと恥辱を感じています」
強い表現で始まっている内容は、この書簡を送らざるを得ない状況になった思いを伝えていた。
「われわれは、マクドナルド将軍の発言が、カナダ政府の公式な外交政策を代表するものではない、と信じています」
こう続けられた一文には、カナダ政府の首脳とマクドナルド将軍の発言の間に大きな溝があることや、矛盾点があることを暗に指摘している。
ここから、鳳花さんは、マクドナルド将軍の直近の発言の中から、とくに問題があるとされる発言を抜き出し、丁寧に反論していく。
たとえば、
「強制収容所については、自分はなにも知らない」
という言葉については、
「将軍自身が設置した司令部のそばにあるキシナヴィア空港の近郊にも強制収容所は存在するのに、その認識が出来ていない、ということを我々は、どのように解釈すれば良いのでしょうか?」
と、反論している。また、
「現在のモルタヴィア領内には、ふたつの政府が存在している」
と語る将軍の言葉に対しては、
「国民投票によって、正式に選ばれたのは、現在のモルタヴィア政府だけであり、これは、国連の承認を得ていることからも、国際的な共通認識であると我々は考えています」
と、あらためてモルタヴィア共和国の立ち場を強調した内容になっている。
このように、マクドナルド将軍の発言に対して、逐一、反論をおこなったうえで、書簡はこんな風に締めくくられた。
「フローレス大臣は、我々が危機に陥って以来、勇気あふれる力強い言葉でモルタヴィア共和国に対する支持を表明してくれています。ですから、モルタヴィア共和国政府は、マクドナルド将軍が貴国政府と見解を共有していない、と信じています。フローレス大臣のこれまでの言動に深く感謝しているからこそ、今般のマクドナルド将軍の言葉に対する懸念を伝えたいのです」




