第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑫
「モルタヴィアに強制収容所があるかだって? さあ、少なくとも私は、そんなもの見たことも聞いたことも無いがね―――」
マクドナルド将軍は、母国のカナダに戻って、記者からの質問にそう答えた。
ジョナサン・マクドナルド将軍―――。
アメリカのテレビ局であるUBCのプロデューサーが凶弾に倒れる数日前、モルタヴィアのキシナヴィア近郊で国連部隊に属していた彼は、交代任務を終えて、祖国カナダに帰国していた。
キシナヴィアでの任務に就く以前から、この将軍は、軍歴の大半を世界各地の国連の平和維持活動にささげてきた。日本と同じように、外交上の安全保障をアメリカに依存しているカナダもまた、国連での活動を重視している。
その中でも、マクドナルド将軍は、中東パレスチナのガザ地区や、民族対立の激しいキプロス、中米のニカラグアなどを含む、生命の危険さえともなう世界8カ国の紛争地域で平和維持活動をしてきたというずば抜けた実績を誇っていた。
また、モルタヴィアの現地においても、キシナヴィア空港周辺の治安維持の任務に就いていて、そのおかげで、各国からの支援物資が、無事にモルタヴィア各地に届けられたことも、彼の功績のひとつだと言える。
そして、空港で襲撃事件が起きてしまったのも、優秀な指揮官であるマクドナルド将軍が指揮する部隊の不在時であったことも要因のひとつではないかとウワサされるくらい、その名声は揺るぎなかった。
そんな軍歴を持つ軍人が、祖国に戻り、紛争の目撃者として、モルタヴィア情勢についての自身の見解をさまざまなメディアに対して述べていると言う。
それが、モルタヴィア共和国にとって、不利となるものでなければ、問題はないのだが……。
「悪いのは、トランス・ドニストールの側だけではない。戦っている双方の勢力に問題がある」
「私のもとに寄せられるトランス・ドニストールの残虐行為の情報については、根拠のない荒唐無稽なものも多かった」
「モルタヴィア側も、トランス・ドニストール側も、双方ともに憎悪の感情でいっぱいになっていてどうにもならない」
マクドナルド将軍は、あくまで自身の活動から得られた経験や知見を元に、中立な立ち場で発言をしているという姿勢を崩さなかったが……。
和平交渉が暗礁に乗り上げ、アメリカの民間人が射殺されるというショッキングな出来事を経て、その襲撃犯が、モルタヴィア側の勢力なのか、トラ・ドニ側の勢力に属しているのか不明な現状では、モルタヴィア共和国にとって、将軍の発言は、ネガティブなイメージを植え付けられかねないマイナス要因になることは間違いなかった。
さらに、マクドナルド将軍は、この夏のバズワードとなった「21世紀の強制収容所」の存在についても、記者の質問にこう答えている。
「あなたは、強制収容所について、なにを知っていますか?」
「いえ、なにひとつ知りません。私が知っているのは、モルタヴィア、トランス・ドニストール双方の陣営が、『相手の側にこそ、そうした施設がある』と主張し、非難しあっているという事実だけです」
「今日の午後、国連の安全保障理事会が、その強制収容所について検討する会議を開きます。マクドナルド将軍は、その会議でなにか発言や証言をされる予定はないのでしょうか?」
「いえ、私が証言などを行う予定はありません。私たち平和維持活動部隊には、強制収容所について調査する義務も、判断する能力も持ち合わせていません。私たちの任務は、あくまでキシナヴィア空港を守り、支援物資を受け入れられる態勢を整えることです。強制収容所の有無やそのウワサの真偽を判断しろ、というのは部隊の特性から言ってもできない相談です」
将軍は、強制収容所の存在を否定した訳ではなく、あくまで自分は、その存在の有無を判断する立ち場にない、と主張しているに過ぎないのだが、一部のメディアやSNSの論調は、そのように受け止めなかった。
1000人規模の兵士とともに駐屯し、100両近くの装甲車でパトロールを行なって、モルタヴィアの大統領府とトラ・ドニ陣営の司令部を何度も往復している将軍が、
「なにも知らない」
と、断言することは、強制収容所そのものが無かったことを示唆していると解釈されたのだ。
そのことを示すとおり、インターネット上の動画サイトでは、
「大手メディアが報じないモルタヴィア強制収容所のウソ」
「お得意のデッチ上げ! 強制収容所なんて無かった?」
「またも捏造か! 現地派遣の将軍が語るモルタヴィア情勢の実態」
というサムネイル画像で、モルタヴィア情勢における強制収容所の存在について、否定的な見方が広まりつつある。
これは、現在の内戦において、自分たちの被害を訴えることで国際世論を見方につけ、軍事的な不利を挽回しようとしているモルタヴィア共和国にとって、見過ごせない状況であることは間違いなかった。
さらに、マクドナルド将軍は、カナダからアメリカにやって来てニューヨークに滞在し、その間に、数々の主要メディアに出演する予定だと言う。その中には、モルタヴィア共和国のラドレスク大臣が出演することで注目を集めた『ナイトレーン』などの人気番組も含まれているそうだ。
和平交渉の無期限延期を受けて、急いでワシントンに戻ったオレと鳳花さんは、マクドナルド将軍の発言に対応する策を練るための作戦会議に入った。




