第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑪
空港の襲撃事件では、ドイツ製のバンに乗車していたアメリカのテレビ局クルーのプロデューサー、デビッド・ドノバン氏が亡くなったことが、夜遅くになって報じられた。
世界各国、とりわけ、自分たちの国のメディア関係者が亡くなったアメリカでは、事件に対する非難の声が大きく襲撃犯が、モルタヴィアとトランス・ドニストール、どちらの陣営に属しているのか、空港からの車列警備の杜撰さを指摘する声があふれていた。
このことを見越していたのだろうか、空港でのセレモニーが行われる前に、鳳花さんがモルタヴィア政府に依頼していた内容は、結果として、大きな意味を持つことになった。
彼女は、手配を要請したのは、両国の首脳が乗車する(UNのロゴが入った)国連直属の装甲車両とメディア関係者も含めて、空港から大統領府に移動する車列に参加する車をすべて防弾仕様の車両にすることだった。
ところが、鳳花さんの要請で用意された防弾車両のうちの一台は、「撮影機材を載せられない」というトラ・ドニ側の意見により、例の古びたバンに変更されてしまった、と言うのだ。
相手側の要望を受け取ったモルタヴィアの警備担当は、すぐに政府を通じて、車両変更を許可して良いか、と確認を取ってきた。
その判断確認に対して、鳳花さんは、こう答えていた。
「先方が、どうしてもと言うなら、変更要請の書面をもらっておいて下さい。モルタヴィア政府が警備について最善を尽くした、という証明になりますから」
結果として、この車両変更を要請した書面の存在が、モルタヴィア共和国政府への非難の声を和らげる決定的な要因になった。アメリカ本国の高級紙のひとつは、インターネット上に掲載した社説で、危険を伴う交渉に密着取材を許可したトラ・ドニ政府と、準備されていた安全対策を断り、無防備なバンに乗車した取材クルーへの批判を述べている。
「自分自身を『平和をもたらす人物』として演出しようとしたパニチェフ首相の思惑が、この悲劇を招いた。パニチェフ首相をはじめとするトランス・ドニストール陣営とテレビ局スタッフは、モルタヴィア政府が準備した安全対策を断り、銃撃を受けたバンに乗車したと言う。安全な移動手段を提供されていたにもかかわらず、その対策を受け入れず、自ら危険性を高めてしまった。武装集団を前にすれば裸同然の乗用車に、テレビ局スタッフが乗り込むような危険を冒すべきではなかった」
正直なところ、個人的には、防弾車両ではなく防弾処理が施されていないバンを選んだのは、テレビ局のクルーの責任なのではないかと感じているのだが、メディア関係者は、ニュースを取材する同業者に対する追及は甘いようで、その批判の矛先をトランス・ドニストール陣営とパニチェフ首相に向けている。
ここで、パニチェフのみが非難されることに、同情する気持ちもあるのだが……。
こうした批判の声が、モルタヴィア政府に向かっていないことは、幸運なことだ。
そして、もうひとつ幸いなことに、レントゲンやCT検査の結果、全身に異常は見当たらない、ということで、意識が回復したオレは、その日のうちに退院することが可能になった。
「それじゃあ、黒田くん、お大事にね。頭を打ったんだから、くれぐれも無理はしないように。なにか困ったことがあったら、また連絡してね」
退院の手続きもしてくれた紅野は、そう言って、大統領府に戻るオレと鳳花さんを見送れってくれた。
しばしのプライベート・タイムから、業務モードに頭を切り替えようとするオレに、鳳花さんが声をかけてくる。
「残念ながら、和平への道は、完全に絶たれてしまったわ。また、これから、忙しくなるわよ」
「わかりました。でも、これから、どんなプランを立てましょうか?」
「和平交渉が締結されれば問題なかったんでしょうけど……こうなったからに、『武装勢力は、相手側の人間だ』と双方が主張しはじめるでしょうから、まずは、その対策ね。それに、トランス・ドニストール陣営の情報工作が、これまで以上に活発になるでしょうから、そちらの対策も怠らないようにしないと。この方面は、黄瀬くんの専門だから……準備ができたら、すぐに、ワシントンに戻りましょう」
「了解しました! すぐに、航空券の手配をしましょう」
努めてあかるく返事をするが、正直なことを言えば、徒労感を覚えること甚だしい状況ではある。
自分たちも、和平交渉に臨むんだ……と、緊張してモルタヴィア共和国まで来てみれば、銃撃事件に遭遇し、期待をしていた交渉は、あっさりとご破算になってしまった。
しばらく病室で過ごす間、懐かしい相手に再会したことで、気が抜けてしまった……という訳ではないだろうが……意識としては、すぐに仕事モードに切り替えなければいけない、とわかっているものの、自分の中で、どこか、フワフワした感覚が抜けないでいる。
だが、そんなオレの気持ちとは関係なく、モルタヴィア共和国をめぐる情勢は、容赦なく動き続ける。
「黒田くん、さっそく、相手側が動いてきたわよ」
鳳花さんの言葉に反応して、携帯端末を握る彼女の手元に視線を送ると、スマホの画面には、どこかの国の軍隊の高官がインタビューを受けている映像が映し出されていた。




