第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜⑦
ルーマニアのヤシ国際空港は、モルタヴィア共和国との国境の付近にあり、隣国との移動にも便利な場所だった。このあたり一帯は、もともと、モルタヴィア地方と呼ばれていたそうで、地域名がそのまま国名になったモルタヴィア共和国と文化的な親和性は、非常に高いようだ。
代替着陸したヤシ空港から、モルタヴィアの首都キシナヴィアまでは自動車の移動で数時間の距離だ。隣国の国際空港に降り立ち、到着ゲートを抜けると、モルタヴィアの大統領府が準備してくれていたハイヤーの運転手がオレたちを出迎えてくれた。
「お待ちしていました。ミス・ハナガネ、ミスター・クロダ。大統領府まで、ご案内します」
運転手の男性は、軽く一礼をする。
「ラドレスク大臣を迎えに行ったときのことを思い出すなぁ。いや、あのときよりも待遇は良いかも」
オレが冗談めかして言うと、鳳花さんも同調し、クスクスと笑いながら、
「そうね、社員を運転手代わりにするPR企業より、モルタヴィア共和国の方が、ゲストの扱いに長けているかも知れないわ」
と、うなずいた。もっとも、オレが、ラドレスク大臣をニューヨークの空港まで迎えに行ったのは、鳳花さんの意向だったわけだが……。
ウチのチーム・リーダーは、相変わらず、なにを考えているのかわからないところがあるな……と、感じながらも、オレは、モルタヴィア本国ではなく、戦禍がおよんでいない隣国のルーマニアに降り立つことが出来て、どこかホッとしていた。
どの空港から大統領府に向かうとしても、高級そうな公用車よりは、目立たないハイヤーの車の方が外部の武装勢力に狙われる可能性が低くなるんじゃないか、と考えたからだ。
そうして、オレたちは、陸路でルーマニアとモルタヴィアの国境に到着し、大統領府お墨付きの特別待遇で検問を通過してから、首都キシナヴィアへ向かう。
ルーマニアとの国境付近から田園地帯と青空が続いたあと、郊外ののどかな風景から、モルタヴィア共和国の政治の中枢へと車は進む。車窓に広がる景色は、旧ソ連時代の面影を残す無骨な建築と、ヨーロッパらしい豊かな緑が複雑に混ざり合い、まるで、この国独特のコントラストを映し出しているようだ。
路面電車の架線が空を網の目のように走り、年季の入ったトロリーバスが火花を散らしながら並走する。さらに中心部へ進むにつれ、近年建てられたと思われるガラス張りの近代的なオフィスビルや、ヨーロッパの高級アパレルブランドの看板が増え、一気に首都の活気が車内に飛び込んできた。
さらに、大通りに進むと、その両側には、見事なまでに美しく整えられたマロニエの並木道が続いている。夏の木漏れ日がフロントガラスに揺れ、歩道にはカフェのテラス席がいくつか見えるが……。
内戦の影響なのだろう、晴天にもかかわらずカフェには、客が一人も居ない。
左手に見えるのは、街のシンボルである聖シュテファン大公記念公園だ。
青々と茂る巨木群の奥に、かつてオスマン帝国から国を守った英雄シュテファン大公のブロンズ像が、共和国の国旗を背に堂々とたたずんでいるのが見える。公園の入り口付近には、内戦の暗い影を振り払うかのように、色鮮やかな花を売る露店が並び、どこかノスタルジックな優しさが漂っているように感じられた。
そのまま街のシンボルである大公公園を通り過ぎると、車は一気に厳かな官庁街へと入って行く。
まず、右手にあらわれたのは、旧ソ連の威信をかけて建てられた巨大な政府庁舎。一ブロックを丸ごと占有するほどの真っ白で直線的なコンクリートの巨大建築は、圧倒的な存在感で車窓を塞ぐ。
このあたりから、車窓に見える車の車種が変わっていく。黒塗りのセダンや外交官ナンバーの車両が増えはじめ、歴史ある石造りの外務省や裁判所の建物が、この街の確かな歴史を無言で主張しているようだ。
さらに数百メートル進むと、ひときわ異彩を放つ現代的ながらも冷徹なデザインの建物が右前方にあらわれた。これが、目的地の大統領府だ。
車窓から見上げるその建物は、ガラスとコンクリート、そして背の高い柱が組み合わさった、まるで近未来の要塞のようなたたずまいだ。厳重な格子状の鉄柵の奥には、美しく手入れされた前庭があり、その中央でモルタヴィア共和国の三色旗が風にたなびいていた。
大統領府では、すでに自分たちが面識のあるラドレスク大臣やイオニスク大統領だけでなく、大統領首席補佐官にして報道官のアリーナ・イオニスクさんが、オレたちを歓迎して出迎えてくれた。
「遠いところまで、お越しいただき感謝します。ようこそ、モルタヴィア共和国へ」
イオニスク大統領が、歓待の言葉を述べると、大統領の娘のアリーナさんも、
「直接お会いできて光栄です。ミス・ハナガネに、ミスター・クロダ。あなた達のこれまでの功績に感謝いたします」
と、深々と頭を下げた。オレも鳳花さんも、アリーナさんからの厚遇ぶりには恐縮するしかない。
そうして、モルタヴィア共和国政府首脳の一連のあいさつが終了し、会議室のような一室に案内されると、鳳花さんはおもむろに切り出した。
「早速で恐縮ですが、トランス・ドニストール陣営が和平案を提案してきた場合の貴国のお考えについて、お聞かせください」




