第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜④
鳳花さんとともに、次に向かったのは、オレ自身もう何度目の訪問になるかわからない、ホープ上院議員の事務所だった。
すでに、秘書にして優秀なブレーンでもあるミラさんが、モルタヴィア共和国の惨状を伝えてくれていたためか、オレたちを出迎えるなり、ホープ議員は、こう切り出した。
「モルタヴィアの人々のために、アメリカ人として、私に出来ることがあれば、何でも言ってほしい」
「ご協力に感謝します、上院議員。おそらく、すでにお耳には入っていると思いますが、現在、各メディアでは、トランス・ドニストール地方の各地に存在するという『強制収容所』の話題で持ちきりです。ぜひ、連邦議会でも、この話題を取り上げていただけませんか?」
「ふむ……たしかに、『強制収容所』というのは我が国でも、センシティブなキーワードだ。世界で初めて、収容所におけるナチの蛮行を目の当たりにしたのは、我が国の軍隊だったからね。もし、同じような悲劇が繰り返されようとしているのであれば、今度こそ、私たちは見捨てるわけにはいかない」
「おっしゃるとおりだと思います。ヨーロッパ各国も、『二度と同じ悲劇を繰り返してはならない』という想いに変わりは無いでしょう。議会で、この話題を取り上げていただく際、現地の具体的な証言が必要であれば、我々の方で情報を提供させていただきます。すでに、そのためのメディアセンター設立の準備も始めておりますので……」
彼自身が望んでいるであろうことを淀みなく語る鳳花さんに対し、ホープ議員は、鷹揚にうなずいて笑顔を見せながら返答する。
「いや、それには及ばないよ。ミラが十分に情報を集めてくれていることもあるし、この件は、私自身が、議会で語らせてもらおう、と考えているからね」
「まあ! 院内総務であるホープ議員、自らが議会で質疑の場に立っていただけるなら、これほど、心強いことはありません!」
「そう言ってもらえると、期待に応えねばならんな。パニチェフという男にトランス・ドニストールの首相となる特例を与えたものの、大統領は、ヘルシンキでの演説で面目をつぶされたからか、彼のことを内心では苦々しく思っているようだしな。与党の我々としても、大統領閣下の面子に関わることであれば、立ち上がらねばならないだろう?」
ホープ議員は、そう言って、お茶目にウインクを飛ばす。
そのようすををかたわらで見ていたミラさんが、フッと小さく笑みをもらした。
ヘルシンキでの欧州安全保障協力会議の終盤は、パニチェフ氏の首相就任のニュースに対する対応に追われていて、すっかり、意識から抜けてしまっていたが、あの日、首脳会談の最後に演説を行った大統領は、きっと、自分の言葉が翌日のメディアのトップニュースとして報じられることを計算していただろう。
それが、トランス・ドニストールのミロシェンコ大統領とパニチェフ首相のせいで、ヘルシンキ演説のニュースの価値が、ガクンと下がってしまったのだから、合衆国大統領が面白く思うはずは無いのだ。
ちなみに、アメリカ合衆国の国籍を持つ人間が、他国の政府首脳として働くことは、原則として禁じられている。ただ、トランス・ドニストール共和国が、未承認国家であることと、和平交渉への道筋をつけるため、という理由で、パニチェフ首相の就任は、特例として合衆国大統領が黙認することにした。
ミラノ・パニチェフは、いわば、その恩を仇で返したカタチになっているので、世論の動きは別にして、合衆国の政府与党内には、裏切られた、という想いをぬぐえないようだ。
メディア攻勢と外交攻勢を続けるトラ・ドニ陣営だが、鳳花さんが語ったホワイトハウス・連邦議会・各種メディアの三角形のうち、大統領と議会の二つの頂点は、まだ、こちら側が優位を保っていると考えても良いかも知れない。
このタイミングで、これまで、ホープ議員と鳳花さんの会話を黙って聞いていたミラさんが、「今日は、こんな証言が報道されていましたよ」と、タブレットを差し出し、動画を再生させる。
映像の中では、収容所の近くに住んでいるというモルタヴィア人の住民が、
「これは、前世紀にヨーロッパで起こった悲劇のやき直しだ! それなのに、どうして、世界はなにもしようとしないんだ!」
と憤りを込めて、カメラに向かって語っている。
モルタヴィア共和国の首都キシナヴィアにメディアセンターが設立されれば、このような映像と情報が、毎日のように世界に向けて発信できるだろう。
これで、メディアという三角形の頂点も、ふたたび、自分たちの側に手繰り寄せることができる。そう感じていたのだが――――――。
Pipipi……Pipipi……!
ヘルシンキの国際会議場での出来事を思い出させる、社内通話専用に設定したスマホの通知音が、上院議員の事務所に鳴り響いた。
「竜司! いますぐ、テレビをつけられるかい?」
壮馬の言葉は、そばに居たミラさんにも届いたのか、彼女は事務所内の大型テレビの電源をオンにする。
テレビカメラに向かって語っているのは、トランス・ドニストール共和国のパニチェフ首相だ。彼の言葉で、オレは、自分の見積もりが甘かったことをふたたび思い知ることになった。




