第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜③
「その、メディアセンターとは、なんなのだ―――?」
オレたちが行動を始める中、小国で大臣を務めるラドレスクには聞き慣れない言葉だったのか、訊ね返す彼に、鳳花さんは、丁寧に応じる。
「外国の記者たちが仕事をしやすいように本国との連絡を取るための拠点となる基地のようなものを想像してください。インターネット回線と国際通話が行える電話回線を準備し、机と椅子、それから、疲れたときに身体を休めることができるソファか簡易ベッド、喉が乾いたときの飲み物もあれば良いですね」
「なるほど、すぐに手配するように言っておこう」
「はい、お願いします。ネットや電話回線の他に、テレビの衛星中継の電波を送信できるアップリンクの施設があれば、なお良いです。ここで、毎日、記者会見を開き、国内全土から入ってくるモラタヴィア人迫害のニュースを外国の記者に伝えるようにしましょう」
チーム・リーダーが、ラドレスク大臣に対して詳細な説明を行っている間に、オレはメディアセンター設立のための企画書の準備に入る。センター設立の目的や意義を簡単に記述し、必要な機材や物品のリストを整えて、このプレゼン資料をモルタヴィアの大統領府に送るのだ。
鳳花さんの説明でもわかったと思うが、オレたちが作ろうとしているのは、オリンピックやワールドカップのときにも開催地で建設される国際メディアの基地局のようなものだ。
プレゼン資料の最後のページに設備の設立費用を記載しているのだが、その金額は150万ドルから200万ドルにおよび、これだけの額をモルタヴィア共和国政府が支払えるかどうかは、微妙なラインじゃないか、と感じている。
そんなことは、鳳花さんも把握していると思うが――――――。
トランス・ドニストール陣営の現地からのメディア攻勢が始まろうとしている中、こちら側の「正義」を主張する準備には、一刻の猶予も許されない。
幸いなことに、モルタヴィア大統領府では、イオニスク大統領の娘にして、首席補佐官兼報道官を務めるアリーナさんが、メディア関係の業務に通じている様で、その準備は、スムーズに進みそうだ。
「いよいよ、オレたちもモルタヴィア共和国に現地入りする必要がありそうな雰囲気になってきましたね?」
「フフ……相手陣営の準備も整い始めたみたいだし、これからが佳境ってところだけど、黒田くんは、ワシントンに残っても良いのよ? 世界的な歌姫さんのパートナーを危険にさらすことなんて出来ないもの。彼女の活動に支障が出てしまうと、多くの人が悲しむでしょう?」
まるで、オレとヨツバのビデオ通話での会話を聞いていたかのような言葉に、内心で焦りながらも、平静を装って返答する。
「いいえ、鳳花さん一人を現地に向かわせることなんて出来ませんよ。オレも同行します。こっちの業務は、壮馬と社内の人たちに任せましょう」
ヨツバとの約束はあるものの、この仕事をしていて、現地入りしないという選択肢を取ることは、個人的な心情として出来ない。
「ありがとう、頼もしいけれど、いよいよ危うくなったら、すぐにモルタヴィアを離れることにしましょう。それは、ともかくとして、現地に向かう前にやっておくべきことがあるわ。黒田くん、ついて来て」
鳳花さんは、そう言ってモルタヴィアへの現地入りに関する話題を切り上げ、オレをラドレスク大臣が初めて記者会見を行ったナショナル・プレスクラブに連れ出す。
プレスクラブでは、中年のアメリカ人男性が待っていた。
「ご足労をお掛けします、フェルプスさん」
鳳花さんが声をかけたのは、ラドレスク大臣をオレたちの所属するアルコ・グローバル・ストラテジーに紹介してくれた、ニューヨークに住む人権活動家のジミー・フェルプスさんだった。
「いや、私自身もこちらに用があったから、気にしないでくれ。それより、大臣にキミたちの会社を紹介したのは、間違っていなかったようだ。モルタヴィアの活動は、順調そうじゃないか?」
「いえ、トランス・ドニストール陣営もパニチェフ首相が就任してから、活発な動きを見せているので、まったく、油断のできない状況です」
「うむ……そのための国連代表部へのアプローチか……彼らに対するアドバイスは、こんなところで良いかな?」
フェルプス氏は、そう言ってから資料を取り出し、鳳花さんに確認する。
我らがチーム・リーダーは、速読に近い速さで資料を読み終えたあと、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます、問題ありません。この内容に沿って、国連代表部の方々にアドバイスいただければ、安全保障理事会に提出するトランス・ドニストール陣営への制裁案も、モルタヴィア共和国の意志に沿ったものになるはずです」
「それは良かった。お役に立てそうで何よりだ。現地の状況については、人道上の観点からも見過ごせないものになっているという話も耳に入ってくるし、今後、ますます悪化していく可能性がある。少しでも早く手を打たねば……」
フェルプス氏は、そう言って、眉をひそめる。
正直なところ、未承認国家にして、国連非加盟国あるトランス・ドニストール共和国に対する国連の制裁決議案が、どれだけ有効なのかはわからない。ただ、かつては、国連非加盟国であったアフリカ大陸の国に対し、国連安保理が全面的な経済制裁を決議し、最終的に政権交代へと追い込んだ例もあるそうだ。
そんな巨大組織に対する影響力を持っている人物を相手にしても、臆することなく対応しているリーダーに頼もしさを感じつつ、オレたちは、次の目的地に向かうことにした。




