第3章〜彼らの「正義」と我らの「正義」〜①
時刻は、深夜0時を過ぎ頃―――――。
今日も帰宅が遅くなった自室のテーブルの上で、起ち上げたままにしていたPCの画面が明滅する。それは、ディスコールに着信が入ったことを示すものだった。
モルタヴィア共和国と業務提携をして以来、仕事用のスマホは、24時間フル稼働の日本のコンビニエンスストア状態になっているが、この時間に、プライベートで利用しているPCアプリに連絡してくる相手は、一人しか居ない。
時差を気にすることもなく、通話アプリを利用する相手の表情を想像しながら、オレは応答のボタンをタップする。
「おはよう、リュウジ! ……って、そっちはまだ夜だったっけ?」
「あぁ、ちょうど日付が変わった頃だな。ヨツバ、ロンドンの朝の天気はどうだ?」
「こっちは、快晴だよ〜。まだ、6時って言うのが信じられないくらい明るいの! まあ、朝に晴れてても油断できないのが、ロンドンの天気だって、最近、思い知ったけど……」
今朝もご機嫌な歌姫は、そう言って笑顔を見せる。
「変わりやすい天気を気にしなくちゃいけないのは大変だな? でも、女子の気まぐれに振り回されるオトコの気持ちが、少しは理解できるだろう?」
「なんのことを言いたいのかはわからないけど、変わりやすい天気には、雨具や上着を用意しておかない方が悪いのよ。どんな状況の変化にも対応できるように、折りたたみ傘やウインドブレーカーを2人分用意してくれている男性は素敵だと思うな。たとえば、ヘルシンキに来ていた恋人と会えるんじゃないか、って楽しみにしていたのに、スルーされた可哀想な女の子の気持ちに寄り添うとかね。どうして、ロンドンを飛び越して、ワシントンに帰っちゃうのよ?」
相手から示された、「遺憾の意」の表明に、オレは誠意をもって応えることにする。
「それについては、Heartfelt apology(心からの謝罪)の気持ちを述べさせてくれ……あの安全保障会議で大統領がモルタヴィア擁護の演説をしてくれたおかげで、自分たちの仕事も、一区切りになると思ってたんだけどな……オレもヨツバに会えるのをホントに楽しみにしていたんだ……"I am so sorry to drag you into this."こんなことになって、本当に申し訳ないと思ってる」
「それ、なんのセリフだっけ?」
「『24 -TWENTY FOUR-』でジャック・バウアーだな」
「相変わらず、古い映画やドラマが好きなんだね。まあ、でも、リュウジも最愛の人に会えなくて悲しんでいるなら、私が慰めてあげないとね。ヨシヨシ……」
そう言って、ヨツバは画面のこちら側に向かって、頭を優しく撫でるようなポーズを取る。どうやら、今朝のロンドンの天気のように、機嫌はすぐになおったようだ。
「ありがとう……ホントにヨツバとの会話は、いまのオレの癒しになってる。はやく、いまの仕事に区切りをつけて、ロンドンに行きたいよ」
「もう……そんなこと言われたら、私だって、すぐにそっちに戻って、リュウジにハグしたくなるじゃない……」
こうして、ビデオ通話を繰り返すことで理解できたことが、ひとつだけある。
それは、お互いに会えないことで募る不満に対して、歌姫のご機嫌をなおすのは、自分から甘えてみることが有効だということだ。
「アジアの歌姫にそう言ってもらえるオレは、世界一の幸せ者だな」
「待っててね。私が『銀河の歌姫』って呼ばれるようになったら、リュウジを宇宙一の幸せ者にしてあげるから」
相変わらず、どこまで本気かわからない壮大な夢を語る彼女の言動に苦笑しつつ、返答する。
「『銀河の歌姫』って、シェリル・ノームを目指すってことか? 大きく出たな」
「もちろん! だって、シェリルは、私の永遠のアイドルだもん」
出会った頃と変わらないヨツバの趣味に心が和む。
「そうか……それなら、その時が来るのを楽しみにしてるよ」
「うん! だから、その時までは、いくらお仕事でも、命が危険になるようなことはしないでね?」
「わかったよ、努力はしてみる」
「約束だからね! もし、リュウジになにかあったら、私もタワー・ブリッジから、テムズ川に身投げするから!」
「おいおい……世界中のヨツバのファンが後追いするかも知れないから、物騒なことは言わないでくれ」
「それだけ、リュウジのことを真剣に考えてるってこと、わかってくれた?」
ときおり感じるヨツバの愛の重さに困惑しつつも、彼女は自分のことを想ってもらえているのだ、と考え直す。
「あぁ、わかった。紛争地帯には近づかないようにするよ」
オレの言葉に安心したのか、ヨツバは笑顔を取り戻し、
「それじゃ、リュウジ。今日もイイ夢を見てね」
そう言って、ディスコールの通話を切った。
通話を切断する際の効果音がなったあと、室内には静寂が訪れる。
ヨツバには、危険なことには近づかないと言ったが――――――。
トランス・ドニストール陣営が、モルタヴィアと戦闘行為以外での接点を持とうとすれば、オレたちも、完全な身の安全の保障がない状態であっても、紛争地域に赴かなければならない可能性もある。
なるべく、そうした事態にならないことを祈りながら、オレは、これまで以上に、モルタヴィアとトランス・ドニストール両国の動きに注意を払わなければいけない……と、あらためて気を引き締めた。




