第2章〜「正義」の作り方お教えします〜㉑
「竜司! トランス・ドニストール共和国が、重大発表を行なったよ! 会見の映像を送るからすぐに見てほしい!」
いつもは、つかみどころが無く飄々とした語り口の親友が、切羽詰まったような口調で語るので、一度、通話を切ったあと、すぐにメッセージアプリを開き、送られてきたショート動画を再生させる。
動画ファイルのサムネイルには、トランス・ドニストール共和国の大統領を名乗っているボラン・ミロシェンコとともに、起業家のミラノ・パニチェフが映し出されている。
(どうして、テック企業の創業者が……?)
疑問を感じながら、映像を再生させると、英語の字幕表示とともにミロシェンコ大統領が語りだした。
「本日、私たちトランス・ドニストール共和国は、アメリカ合衆国において、IT企業を起ち上げ、一代で巨大グループに成長させたミラノ・パニチェフ氏を首相として迎えることになりました」
モルタヴィア共和国と敵対関係にある大統領が、手短かに隣に立つ人物を紹介すると、紹介を受けた起業家が流暢な英語で語り始める。
「ミロシェンコ大統領より、首相の役職を拝命しましたミラノ・パニチェフです。もっとも、アメリカ国内の皆さんには、あらためて自己紹介をする必要もないと思いますが……」
ここで、会見につめかけている記者から笑いが起こる。
「トランス・ドニストール共和国では、長らく首相という役職は廃止されていたということですが、このたびの紛争を平和的に解決するため、私自身の経験とこれからの人生を投げ売って、祖国に尽くしたいと考えています。モルタヴィア共和国の一方的な情報発信に対して、私たちトランス・ドニストール共和国は、もう黙っていることはできません。愛する祖国に国際的な承認をいただくまで、私は汗をかきつづける所存です。ビジネスマンとして培った交渉力で、この不毛な戦争を終わらせます」
パニチェフが簡潔な所信表明を終えると、記者席から質問の声が上がったが、動画はそこで途切れている。
「これは、想定外の展開ね」
オレのそばにいた鳳花さんも、メッセージアプリの動画を確認したようだ。
その顔に焦りの色などは見えないが、先ほどまでの穏やかな表情とはうって変わって、チーム・リーダーは、これから自分たちが取るべき対策について考え始めたようだ。
「ヘルシンキ料理をいただけないのは残念だけど、すぐにワシントンに戻りましょう。黒田くん、さっきのラドレスク大臣のお誘いに対して、丁重にお断りの返事をしておいてくれない?」
「了解しました。ワシントンへの帰りの飛行機の便もすぐに手配します」
「ありがとう、お願いね。私は、できる限りパニチェフ氏の情報を集めてみるわ」
「わかりました。飛行機の時間が決まったら、すぐに連絡します」
鳳花さんと別れたオレは、会議場でラドレスク大臣に、トランス・ドニストール側に動きがあったため、自分たちは緊急帰国する必要があることと、ともに食事に行くことができないことを謝罪する。
大臣は、鳳花さんとの会食が無くなったことを悔やんでいたようだが、トラ・ドニ側の会見の内容を短く語ると、表情を固くした。
「このあとの対応も、キミたちに任せて良いんだね?」
「えぇ、もちろんです。大臣閣下は、引き続きご公務に専念してください」
楽しみにしていた、フィンランド名物のトナカイ料理と初夏のブルーベリーパイを味わえないこと、そして、なにより、数日の休暇を取って、ロンドンに居る恋人に会えなかったことに対して、名残惜しさを感じながらも……。
ラドレスク大臣に重要な要件を伝えたあと、オレは今日中にヘルシンキを発つことのできる飛行機のチケットを予約してから、ホテルに戻り、荷造りをする。
壮馬から連絡を受けてから、四時間後には、オレと鳳花さんはもう、機上の人になっていた。
「おつかれさま、黒田くん。ようやく、一仕事を終えたところだと思っていたところで申し訳ないけど、パニチェフ氏の経歴をまとめておいたから、ワシントンに着くまでに読んでおいて」
こういう部分での容赦のなさは、中高生の頃から変わっていないな……と思いつつ、チーム・リーダーに返答する。
「承知しました。やっぱり、紛争当事国を相手にするって大変なんですね」
「そうね。相手の国も、情報戦で一方的にやられっぱなしではいけない、と必死でしょうし」
「しかし、ミラノ・パニチェフに目をつけるとは、相手もなかなかやりますね」
「外交上で目立った動きを見せなかったのは、水面下でこういう策を練っていたからなのね。トラ・ドニ側の情報収集にもっとチカラを入れておくべきだったわ」
会話を行いながら、鳳花さんがまとめた資料に目を通すと、新しく首相の座に就いたミラノ・パニチェフという人物の横顔が見えてきた。
(なかなか、一筋縄ではいかない人間が相手になってしまったな……)
パニチェフのプロフィールを確認したオレは、第一印象を抱いた。
依頼人の相手国の新しい首相は、まるで、連続ドラマの主人公のような経歴だ。
テック企業の創業者と言えば、若き秀才エリートと言ったイメージが強いが、パニチェフ氏に関して言えば、そうした連中とは違い、もっと地に足のついた堅実な印象を受ける。
(ミロシェンコ大統領は、どうして、こんな人物に白羽の矢を立てたんだ……?)
そんなことを考えながら、資料を読み終えたオレは、ワシントン到着前の機内で仮眠に入る。
そして、経由地での乗り継ぎ時間を含め12時間近くのフライトを終え、ホームグラウンドであるワシントンD.C.に戻ったオレたちを待っていたのは、予想よりもはるかに早い、トランス・ドニストール共和国とパニチェフ首相のメディア・ジャックだった。




