第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑲
歴史上初めてとなるモルタヴィア共和国とアメリカ合衆国の二国間協議は、小学校の教室ほどの広さのある一室で行われる。
室内には、V字の形に椅子が並べられ、その要の位置に両国の大統領が腰を下ろした。
合衆国側の座席には、パーカー国務長官以下、数人の国務省スタッフが並んでいる。
そして、それに向かい合う形で、モルタヴィア共和国側の席が用意され、オレと鳳花さんもその列に加わった。
会場には、数十台のテレビカメラがひしめき合い、押し合いへし合いの混乱が続いている。そんな状況に驚いているのか、イオニスク大統領は、視線をキョロキョロさせながら落ち着かないようすがうかがえる。小国の大統領は、アメリカのテレビ番組の常連になりつつあるラドレスク外務大臣と違い、こうした舞台には、まだ慣れていないようだ。
ただ、連日のように砲弾や銃弾が飛び交う首都キシナヴィアの大統領府に寝泊まりし、命がけで祖国の国民たちに連帯を呼びかける姿は、モルタヴィア国内でカリスマ的な指示を集めていると言う。
「イオニスク大統領の国内での活動には、あちらの大統領も興味を抱いているみたいよ」
あえて自分たちのビジネスの主戦場である国の最高権力者をあちらの大統領と表現した鳳花さんが、オレにこっそりと耳打ちしたのと同時に、各メディアがドアの外へ退去をうながされ、会談が始まった。
会議全体の流れは、モルタヴィア側が語り、合衆国側が傾聴するというものになった。
まずは、イオニスク大統領が、少したどたどしいものの、噛みしめるような英語で語りかける。
「首都のキシナヴィアを攻撃しているトランス・ドニストール陣営の大砲陣地に対して、ドローンやロケット弾で攻撃を行えないでしょうか? それは、合衆国にしか出来ないことです」
ドローンについては、今さら説明の必要もないと思うが……モルタヴィアの大統領が示唆したロケット弾は、アメリカ軍が保有している高機動ロケット砲システム(通称:ハイマース)のことで、隣国ウクライナでの戦争でも相手国の兵站業務(補給活動)に対して、深刻な損害を与えたという画期的な兵器だ。
その最新鋭の兵器の活用を求められた合衆国の大統領は、
「私たちは、ヨーロッパの友好国と話し合った上で、事態に対処しなければならないのです」
と、アメリカ一国での単独行動は取れないということをやんわりと伝えてくる。
「それでは、私たちは自衛手段に出なければなりません。他の国から武器を買い、外国人部隊を呼ぶことになるでしょう。幸いなことに、大国の脅威を肌で感じている東欧の国々には、モルタヴィアの立ち場に共感し、兵器の販売や戦闘部隊の供給を申し出てくれている国もあります」
モルタヴィア国内での内戦が始まって以来、国連の安全保障理事会は、モルタヴィア、トランス・ドニストール両陣営に対して、武器を販売することを禁じる決議を賛成多数で採決している。その国際間の取り決めを破ることも辞さない、と駆け引きを持ちかける発言は、饒舌なラドレスク大臣よりも、話し方に重みがあるイオニスク大統領の言葉のほうが、迫力があった。
続いては、鳳花さんのアドバイスどおり、ラドレスク大臣の出番となった。
「昨日まで笑い合った隣人が、突然銃口を向けてくる。それがユーゴ紛争の日常です。美しい街は、砲撃で瓦礫と化し、石畳は友の血で赤く染まりました」
「およそ100年前、ひとりの独裁者によって欧州に刻まれた絶望は、過去のものではありませんでした。モルタヴィアの地で、私たちは再び同じ狂気を見ているのです。『異なる民族』というレッテル一つで、昨日までの隣人が鉄条網の向こうの強制収容所へ送られ、虫けらのように殺されていく……廃墟から見上げた空は、かつての収容所に灰が舞った空と同じ淀んだ色をしています」
「人間は歴史から何も学ばないのでしょうか? あの組織的な|Ethnic Erasure(民族根絶)という名の殺戮と、絶望に満ちた死の匂いを、私は一生忘れることができません」
英語での語彙力に長けた大臣は、|Ethnic Erasure(民族抹消)の行為が、どのように行われているのか、直接的にナチスドイツという言葉を用いず、それでも、彼らが行った残酷な行いと現在のモルタヴィアの状況を結びつけるような語り口で伝える。
実際のところ、自分自身はモルタヴィア国内にほとんど帰国していないにもかかわらず、まるで見てきたかのように祖国の悲劇を語るラドレスクの話術には感心するより他にない。
自分たちの依頼主の言動に注意を払いながらも、オレと鳳花さんは、相手側のメンバーの表情をじっくりと観察する。
これまで、モルタヴィア寄りと考えられていた国務省のパーカー長官は、ラドレスク大臣の言葉に、さほど心を動かされたようには見えないが―――。
一方の合衆国大統領は、表情に明確な変化があらわれている。
全身の注意を傾けて、ラドレスク大臣の言葉を聞き入っている大統領は、モルタヴィア人の口から語られるトランス・ドニストール陣営の蛮行や残虐行為に顔をしかめ、激しく心を動かされているように見えた。
(これは、大統領に大きな影響を与えているんじゃないか―――!)
そんな希望を抱いた瞬間、鳳花さんが、
「黒田くん、タイミングを見て部屋の外に出るわよ」
と小声で伝えてきた。
彼女の視線を追うと、合衆国の大統領が、モルタヴィアの外務大臣に質問をしている最中、パーカー長官が国務省のスタッフから小さな紙を受け取り、こちらに視線を送っている。長官が手にしている紙切れは、いつもオレたちが使っているアプコ・グローバル・ストラテジー社の名刺だった。




