第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑱
モルタヴィアのイオニスク大統領が自ら筆を取ったという体裁を取った手紙が、ホワイトハウスに届いた翌週――――――。
はやくも、その親書が果たした効果を確認する機会がやって来た。
北欧フィンランドの首都ヘルシンキで、欧州安全保障協力機構(通称CSCE)の首脳会談が開かれ、その会議の場にアメリカ合衆国とモルタヴィア共和国、両国の大統領が出席することになったのだ。
この安全保障会議は、アメリカとヨーロッパの各国首脳が集まり、ヨーロッパにおける安全保障体制について話し合う一大イベントだ。
そして、外交上において重要なイベントにおけるPR戦略上のポイントは、二つある。
ひとつは、アメリカ合衆国とモルタヴィア共和国の大統領同士の首脳会談が行われる可能性が高いと考えられていることだ。小国のモルタヴィアの大統領が、超大国のアメリカ大統領に語りかけることのできる機会は、次にいつ実現できるのか、まったくわからない、またと無いチャンスだ。
そして、安全保障会議の本会議の場で、合衆国の大統領が行う演説の内容が、もうひとつのポイントだった。
フランス、イギリスと言った国連の常任理事国や経済大国ドイツなどの指導者が一堂に集まる場で、アメリカの大統領が、|Ethnic Erasure(民族抹消)という言葉を使って演説をすれば、世界に向けて、とても大きなアピールになる。
先週、ホワイトハウスに届けられた手紙は、そのための最初の布石だ。
だが、なんと言っても、モルタヴィアとアメリカ、二国の首脳会談で合衆国大統領本人に直接訴えることができれば、それがベストの方法であることは間違いない。鳳花さんがラドレスク大臣の演説原稿の草稿やイオニスク大統領の親書を代筆したように、合衆国の大統領にもスピーチライターが存在する。
ただ、たとえ別の人間が執筆した原稿があったとしても、大統領本人が内容をそのまま棒読みするとは限らない。準備された原稿を自分の言葉でアレンジし、言葉の抑揚や緩急など、さまざまなテクニックを駆使して、強調すべきポイントを自ら強い言葉で発言するのが、アメリカの政治家に求められる資質だ。
現職のアメリカ合衆国大統領の演説のなかで、|Ethnic Erasure(民族抹消)というフレーズを強く意識させることができれば、モルタヴィア共和国にとって、外交上の大きなアドバンテージを得ることができる。
このチャンスを逃してはならないと考えた鳳花さんの指示で、オレは彼女とともに、ヘルシンキに出張することになった。そこには、全世界から2000人以上の報道陣が集まる予定になっている。
出張の直前、鳳花さんは、モルタヴィアの首都キシナヴィアにいるイオニスク大統領の長女で首席補佐官と報道官を務めるアリーナさんに、こんな申し入れをしていた。
「すべての交渉に参加できるよう、花金と黒田の二人をモルタヴィア共和国の政府代表団の正式メンバーとして登録してIDの発行を許可してください。そして、イオニスク大統領と合衆国の大統領の会談が実現したら、その場に同席できるようにしていただけませんか?」
すでに、モルタヴィア政府は、オレたちチーム・ヴェスパの手腕を高く評価してくれているようで、大統領府に入ってくる情報の詳細を逐一、報告してくれている。また、今後の対応について、鳳花さんやオレは、ラドレスク大臣とイオニスク大統領の間の意見の調整役を務めることも多かった。
そんな地道な活動の積み重ねが功を奏したのか、あるいは、同性としても同世代の人間としても通じ合うところが多いのか、鳳花さんに信頼を寄せているアリーナさんは、この要請にすんなりとOKを出してくれた。
ここから、自分たちを取り巻く状況は目まぐるしく動いていく。
ワシントンからヘルシンキに移動した翌日、モルタヴィア共和国とアメリカ合衆国の首脳会談が決定したという連絡がオレたちの元に入ったのは、なんと会談開始の二時間前という直前ぶりだった。
世界各国の首脳のスケジュールを調整することの難しさを実感する事態だ。
それでも、あらかじめ、会談向けの資料を準備していた鳳花さんは、すでに何度もアドバイスを行ってきたラドレスク大臣と、直接対面するのは初めてのイオニスク大統領に、テキパキと助言を行う。
「合衆国の大統領と話し合える時間は、ほんのわずかです。次の機会が得られるかどうかもわかりません。手際よく進められるよう、準備しましょう。まず、イオニスク大統領から会話を始めてください。合衆国大統領への挨拶とモルタヴィア共和国の大まかな現状を伝えたら、次はラドレスク大臣の番です。トランス・ドニストール陣営が、モルタヴィアの地でどんな蛮行をはたらいているのか、得意の語学力で、アメリカ政府にわかりやすく説明してください」
モルタヴィア政府の一団が会談の準備に取り掛かる間、鳳花さんに今回のアドバイスの意図を訊ねると、こんな答えが返ってきた。
「国際的な首脳会談でありがちなのは、和やかで友好的な雰囲気のまま話が進んでいても、実際は単なる世間話をしているだけであっという間に予定の時間が終わってしまうケースなの。だから、自分たちの言いたいことを確実に伝えるためには、誰がなにを話すのか、会談の要点はなんなのかを事前に確認しておくことが重要になるの。貴方も感じているように、ラドレスク大臣は英語力や現地の惨状を真に迫った表現で伝えるのが得意でしょう? イオニスク大統領には、会談のテーマとなることだけを語ってもらって、あとは、ラドレスク大臣の語学力や表現力に任せてみようと判断したのよ」
自信の考えを淀みなく説明するチーム・リーダーに、あらためてリスペクトの気持ちを抱いている間に、鳳花さんは、会談相手国のスタッフに名刺を手渡している。
首脳会談の時間は、すぐそこまで迫っていた。




