第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑯
午後の予定を30分だけ割いてくれたホープ上院議員は、モルタヴィア共和国からの親書を受け取ることについて、大統領に前向きに提案してくれると約束してくれた。
野党の大物議員にして、大統領候補ともウワサされているアルバート議員の名前に、焦りを感じたようだ。
まあ、もっとも、実際のところ、鳳花さんがアプローチを行っていたその野党議員は、興味を示す意志を自分から、オレたちが所属するAGS社に伝えてきたにもかかわらず、中間選挙の争点がモルタヴィア情勢一色になることを恐れたのか、ラドレスク大臣との直接会談は避けたいと申し入れて来たのだが……。
アルコ・グローバル・ストラテジー社がカバーする業務は幅広い。
これまで、もっともチカラを入れているメディア戦力だけでなく、政治の世界で権力を持つ人間に対して、直接的に働きかけることも重要な仕事だ。
「PRとは、パブリック・リレーションズのこと。パブリック(=公共)とは、官僚もメディアも、そして、政治家をもすべて含み、その存在とリレーションズ(=関係)を築くために、あらゆる手段を選ぶこと」
これが、鳳花さんの考えるPR会社の仕事の定義であり、それは、マザー・クライスが創業したAGS社のポリシーでもある。
中学生時代は、放送部の部長をつとめ、高校時代には、部員減少に悩んでいた新聞部と放送部を統合して「広報部」という組織を起ち上げた上に生徒会役員の仕事もこなしていた鳳花さんに、どうして、政治の世界に興味を持ったのか、少し前に聞いてみたことがある。
「それは、きっと従兄弟のお兄さんの影響ね」
「従兄弟のお兄さんですか……?」
「えぇ、私たちと同じように学生時代からアメリカに留学して、この国の政治や民主主義について、色々なことを学んだそうよ。『民主主義』の重要性や、それを守るために国民一人ひとりが、『政治』に関わる意義……小学生の頃の私は、ヒロシお従兄ちゃん……帰国したお従兄さんから、その話を聞かせてもらうのが大好きだったの」
鳳花さんとは長い付き合いだと思っていたが、つい最近まで、そんな話は聞いたことが無かった。
そして、
「そうなんですか。素敵なお従兄さんですね。そのお従兄さんは、いまは、どこで、なにをされているんですか?」
と、世間話をするくらいの気軽さで、何気なく訊ねてみただけだったのだが……。
「亡くなったわ。私が高校生になった年にね……もう、10年以上も前になるのかしら……お墓参りもなかなか出来ていないから、合わせる顔が無いわね」
鳳花さんは、そう言って、少し寂しげに微笑んだ。
「そうだったんですか―――」
うかつだった……お従兄さんのお話をする鳳花さんは、とても楽しげで、良い思い出を語っているのだと思い込んでしまった自分のミスだ。
「黒田くん、そんな顔しないで。貴方にだから話そうと思ったのよ。身内を亡くす心の痛みは、貴方にもわかるでしょう?」
「それは――――――たしかに、そうかも知れません」
自分も彼女の直接話したことはないが、鳳花さんは、きっとオレの父親のことを知っているのだろう。
とは言え、小学四年生の頃に父を亡くしたオレと違い、思春期の真っ只中に、自分に影響を与えた親類が亡くなるという経験は、オレが子どもの頃に感じた心の痛みとは、また違ったものであるかも知れない。
「もしかすると、鳳花さんは、そのお従兄さんの意志を継いで、高校の広報部の活動やいまの仕事に携わっているんですか?」
オレが訊ねると、彼女は一瞬だけ思案するような顔つきになり、
「そうね、特に広報部を起ち上げるときには、病床の彼に色々とアドバイスをもらったから……黒田くんや黄瀬くんには謝らないといけないわね。高校時代だけじゃなく、いまも私の個人的な事情に付き合わせてしまって」
と申し訳なさそうに返答する。
そんなかつての先輩にして、いまは、チームリーダーである相手に言葉を返す。
「なに言ってるんですか鳳花さん。オレは自分の意志で、鳳花さんのモットーに惹かれて、この仕事に就いているんです。それは、日本に居る桃華だって同じですよ。壮馬は……単純に面白そう―――って理由かも知れませんが……とにかく、オレたちは、広報部からいまに続く活動を楽しんでますからね。そのことだけは、忘れないでください」
オレの返答に対して、鳳花さんは、フッと笑みを浮かべたあと、つぶやくように言った。
「ありがとう、黒田くん。貴方らしい答えね」
そんな彼女の表情を確認しながら、オレは、高校生の頃なら絶対に訊ねることが出来なかったであろうことについて、確認してみる。
「ところで、鳳花さん。ちょっと、立ち入ったことを聞いて良いですか?」
「えぇ、なにかしら?」
「その、お従兄さんですが……もしかして、鳳花さんの初恋の男性だったりしますか?」
オレの言葉に、鳳花さんは珍しく頬を紅く染めたあと、
「プライバシーに関わることは、ノーコメントにさせてもらうわ」
と言ったまま、会話を打ち切ってしまった。
オレ自身の場合、幼ない日の初恋は苦い思い出になってしまったのだが……。
鳳花さんにとって、人生の指針になった想いがそこにあるのなら、それは、素敵な思い出なのではないかと感じた。




