第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑮
オレたちチーム・ヴェスパは、これまでの活動で、以前に鳳花さんが話してくれたホワイトハウス、議会、メディアの三角形のうち、議会(および官公庁)とメディアの二つの頂点を自分たちの手の内に入れることができた。
6月も半ば頃になると、『|Ethnic Erasure(民族抹消)』というフレーズは、連日のようにテレビや新聞、雑誌、そして、ネットメディアを占拠するようになったのだ。
それとともに、アメリカ国内外でモルタヴィア共和国に対する関心は、飛躍的に高まっていた。
エイム:ゆっくりエイムだよ!
アリサ:ゆっくりアリサだぜ!
運転していた乗用車を降りたあと、スマホの画面をタップした途端に流れ出す音声に慌てて、オレは音量をミュートに設定する。
日本国内で、チーム・ヴェスパの出先機関(?)として活動しているVTuberの夜永ルナこと佐倉桃華からの情報によれば、このところ、日本でもモルタヴィア情勢について解説を行う動画が増えてきているそうだ。
もちろん、その中には、少し前に情報拡散のお手伝いをしてもらうよう依頼した、おケイ先生こと冨山さんがアップロードしている動画も含まれている。
また、つい、ひと月ほど前までは、ジャーナリストでさえ、モルタヴィア共和国とトランス・ドニストール共和国の位置さえ正確に語れなかった記者も多かったと言うのに、
「モルタヴィアで親を失った子どもを養子にしたい」
という声が、一般のアメリカ人家庭からも上がるようになっているという。
オレたちが度々、事務所を訪問しているホープ上院議員は、秘書のミラさんを通じて、こうした不幸に見舞われている子どもたちと地元の選挙民を引き合わせ、養子縁組の斡旋を進めようとしているそうだ。
「困難に直面している人たちを目の前にすると、時として素晴らしい奉仕と優しさの精神を発揮するのがアメリカの国民性なの」
この日もホープ議員の事務所を訊ねると、親を失ったモルタヴィア共和国の子どもたちの養子縁組の事務手続きを進めていたミラさんは、オレに微笑みかけながら、そう言った。
戦争という人災ではないが、小学生の頃に病気で父親を亡くしているオレ自身も、モルタヴィアの子どもたちにシンパシーを感じる想いは少なくない。
なにより、鳳花さんとチーム・ヴェスパが掲げている、
『広報活動を通じて、世界平和に貢献する』
というミッションに見合った活動ができていることに喜びを感じる。
事務手続きの作業を続けていたミラさんは、少し手を休めてオレに語りかけてきた。
「彼らに会うことがあったら、アニメの話をしてあげて。東欧でも日本のアニメは大人気だから」
「そうなんですね。実は、自分の親しい女性が、今度のライブで『NARUTO』のオープニングソングをカヴァーして、レパートリーに加えるそうです。あと、男性ボーカルなら、オレの十八番でもあるので、一緒に子どもたちと盛り上がりたいな、と思います」
「そうしてもらえると、子どもたちも喜ぶんじゃないかと思うわ。ところで―――今日は、どんなご用事?」
「はい、来月の独立記念日にあわせて、モルタヴィアのコンスタンティン・イオネスク大統領から、この国の大統領宛に、お手紙を渡したいと考えていまして……」
「それは、ラドレスク外相から手渡される『親書』と考えて良いのかしら?」
「どう扱われるかは、ホワイトハウスのご意向におまかせします」
ミラさんの言う親書とは、国家元首や政府の首脳が、相手国の元首や首脳にあてて送る公式かつ最高レベルの手紙のことだ。通常、内容には手紙の送り主の署名が入っていて、国家としての極めて重要な意思表明、提案、または親善のメッセージが書かれている。また、手紙と言っても郵送するのではなく、特使(特別な代表者)やその国の大使、外務大臣などが相手国に赴き、直接手渡すのが通例だ。
いよいよ、鳳花さんが考える三角形の頂点、ホワイトハウスへのアプローチがスタートするのだが……。
「国務省は、モルタヴィアに同情的だし、実際に私の進めている養子縁組の斡旋も、彼らが好意的に動いているからこそ実現できるものだけど……あなたも知っているとおり、ホワイトハウスは、モルタヴィアの内戦に巻き込まれたくない、と考えているみたいよ。選挙期間中に、我が国の貴重な兵士の命を無駄にすることは出来ない、ということくらいわかっているでしょう?」
ミラさんの言うことはもっともだ。
大統領のこれまでの政権運営について、国民が中間の評価を行う選挙を控えた今年は、議員も大統領も自身の言動や政策方針について、慎重に振る舞うことが求められる。
資源に乏しい国の内戦の一方の勢力に加担して得られる国益を考えた場合、政権与党がモルタヴィア情勢に首を突っ込むのは、得策ではないと考えるのが常識的な判断だ。
ただ、自分たちとしてもそうした事情を織り込んだうえで、手ぶらで帰るわけにはいかない。
「実は、野党側にも私たちの話を聞いてくれる有力議員を見つけまして……次期大統領候補として名前が上がっているアルバート議員が、モルタヴィア情勢に興味を持ってくれているようなです」
野党議員の名前を口にすると、ミラさんの顔色がサッと変わった。そして、それとほぼ同時に、彼女は目の前の電話機に手を伸ばす。
「クロダ、このあと、時間はあるかしら? ホープ議員が、あなたのお話をジックリと聞きたいそうよ」
「ありがとうございます。午後の予定は空いていますから、ご迷惑でなければ、こちらで待たせていただきます」
見事に狙いがハマったことを確信したオレは、与党大物議員との話し合いに備えることにした。




