第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑬
ラドレスク大臣と初めて対面したときの自己紹介で、
「動画やSNSでの情報発信については、ボクにお任せ下さい」
と語っていたように、チーム・ヴェスパのデジタル担当である壮馬はバズる動画を編集させたら、右に出る者はいないと思えるほどの腕前だ。
「どうすれば、バズる動画を作ることが出来るんだ?」
以前、そんな風にたずねたことがあったが、壮馬は嬉しそうに、その極意を語ってくれた。
「動画をバズらせるコツは大きく分けると3つだね」
「3つのコツ?」
「うん、1つめは最初の3秒で『離脱』を防ぐこと。これは何の動画か? 見るとどんなメリットがあるか? を1秒〜3秒で明確に伝えて、目立つテロップを使うこと。これは、オールドメディア(笑)のテレビ番組の映像づくりでも共通してることなんじゃないかな?」
「2つ目のコツは?」
「2つ目は、アルゴリズムが重視する『指標』を意識することだね。途中で飽きられないよう、テンポよくカット編集を入れ、無駄な空白の時間を削って、最後まで見てもらうために視聴維持率を意識すること。もう一度、見たい! と思わせるように情報量は少し多めにして、オチが綺麗にループすると動画の評価は高くなる。動画の最後は、『みんなはどっち派? コメントで教えて』『見返せるように保存してね』といった具体的なアクションを視聴者に促すことで、コメントや共有が増えるって寸法さ」
「なるほど……それで、3つ目のコツは?」
「最後は、スマホに備わっている『トレンド』に乗ることだね」
「スマホのトレンド?」
「うん! ティックタックなかのリール動画では、今まさに流行っている公式音源をBGMに設定すると、それだけで音源の検索画面から流入が増えたり、おすすめに乗りやすくなったりするんだよ。あとは、適切なハッシュタグを付けること。多すぎると逆効果になるから、動画のテーマに直結するキーワードを3〜5個厳選して設定すればいい。だけどさ―――」
「だけど?」
「こんなこと、今や常識だよ。それこそ、竜司のパートナーは、高校の頃からしてることじゃん。バズりやすい動画の作り方なら、彼女に教えてもらいなよ」
ニヤニヤと笑いながら、壮馬が語ったように、先日ディスコールで通話をしたロンドンにいる四葉は、高校生の頃から、国内でも100万人のフォロワーを抱え、活発に動画などの配信を行っていた。
「それよりも、ボクは鳳花さんがいつも言っている『情報は持ってるだけじゃ意味がない』『その情報の出し方が重要なの』ってことの方が気になるね。そのコツを鳳花さんに教えてもらったら、ボクにも聞かせてよ」
動画編集の鬼でもある親友も、情報の拡散という面においては、鳳花さんの言葉に一目置いているようだ。
いよいよ、その瞬間が来たということを確信したオレは、チーム・リーダーに訊ねる。
「どうして、動画を発信するのが、このタイミングなんですか?」
すると、彼女はオレの質問を正面から受け止めず、逆にこんなことをたずねてきた。
「黒田くん、貴方は第一次世界大戦にアメリカが参戦した理由を知ってる?」
「えっ? 第一次大戦ですか? 真珠湾攻撃は、第二次大戦だから――――――たしか、ルシタニア号って名前の民間人が乗った貨客船が、ドイツの潜水艦Uボートに撃沈されたからだと記憶してるんですけど……」
「えぇ、日本の高校の世界史のテストなら、それで正解ね」
「―――ということは、真相は異なる、ってことですね?」
「えぇ、ルシタニア号撃沈事件は、1915年。アメリカが第一次大戦に参戦したのは、1917年。この間には二年もの開きがあるわ」
「じゃあ、アメリカがヨーロッパの戦争に参戦した理由は……?」
「それをこれから説明するわね。さっき貴方が言ったように、ルシタニア号の撃沈は、アメリカの世論を激昂させてしまったために、ドイツ帝国はしばらくの間、敵対国であるイギリスに寄港する民間船への攻撃を中止していたの。ただ、戦況の悪化で、背に腹は代えられないとなったドイツ側は、ふたたび、潜水艦による無差別攻撃を再開しようとしていた」
「たしか、『無制限潜水艦作戦』ってやつですよね? 敵国の経済や物流を支える商船(民間船)や輸送ルートを攻撃し、物資の補給を断ち切ることで相手国を干上がらせる、いわゆる通商破壊作戦ですね」
「えぇ、そうよ。でも、この作戦をふたたび実行すると今度こそアメリカが激怒して参戦してくる可能性が高い。そこで、ドイツの外務大臣ツィンメルマンが思いついたのが、アメリカの隣国メキシコへの秘密の提案だったの」
「秘密の提案……? どんな内容ですか?」
「『もしアメリカがドイツに宣戦布告した場合、メキシコはドイツと同盟を組んでアメリカを後ろから攻撃してほしい。勝ったら、昔アメリカに奪われたテキサス、ニューメキシコ、アリゾナを貴国に返還するを手助けをする』って言うとんでもない内容よ」
「マジですか? なかなかにエグい裏取引ですね……でも、秘密の電報がなんでバレたんですか?」
「ここからが、この事件のハイライトよ。この頃、アメリカ側は『平和に向けた外交努力のため』として親切心で電報用の無線回線を貸し出していたんだけど、この回線がロンドンを通過する際、イギリス情報部によってすべて傍受されていたの。そして、この暗号電報は、イギリス海軍の暗号解読班・ルーム40に解読されてしまったわ」
「なるほど……イギリスには、情報が筒抜けだったってことですね」
「そう。イギリスは『これはアメリカを味方に引き込む大チャンスだ!』と大喜びしたみたいね」
「それで、イギリス政府は、すぐにその情報をアメリカ政府に手渡したと……?」
「いいえ、そうじゃないわ。それが、このエピソードの核心よ。なんと、イギリスは、1ヶ月以上もこの情報を秘匿したの」
「えっ? 1ヶ月以上も? それは、どうしてですか?」
「秘密裏に無線回線を傍受していたことや他国の暗号伝聞が解読できるという事実を隠しておきたかって事情もあったんでしょうけど……主な理由は、3つの条件が揃うのを待っていたからよ」
「3つの条件?」
「えぇ。1つ目は、2月からドイツが無制限潜水艦作戦を再開したこと。これによって、アメリカの貨物船がふたたび撃沈されて、アメリカ人船員が犠牲になったわ。当然、アメリカの世論は反独感情が高まる」
「まあ、ルシタニア号の件もありますもんね……それも当然だ」
「2つ目は、アメリカ議会の状況。貴方も知っているとおり、当時のアメリカ大統領ウィルソンは、平和主義者で参戦に消極的だったの。ただ、議会内には、参戦派の議員もいた―――」
「なるほど、連邦議会で議論されるタイミングを待っていた訳ですか……」
「そうね。2月下旬から3月にかけては、連邦議会で外交政策が話し合われる時期にあたっていたの。そして、3つ目がメディア対策」
「メディア対策ですか……100年以上も前ってことは、当時の大衆メディアは、新聞や雑誌がメインですよね。ラジオもまだ普及前だろうし―――」
「そのとおり。当時の新聞は、大きなニュースがあると、それを数日間に渡って大々的に取り上げる傾向があったわ」
「まあ、今とは違って、情報が拡散して、消費されていく速度が格段に遅かったでしょうからね」
「えぇ、だから、ツィンメルマン大臣の電報は、他の大きなニュースと重ならない、でも、アメリカ中の反独感情が高まっている時期に狙いを定める必要があったの」
「う〜ん、新聞の一面を独占できる機会を待っていた訳ですか―――」
「そして、1917年3月1日――――――すべての条件が揃ったこの日、イギリス海軍の暗号解読班・ルーム40のホール提督は、この電報の解読内容を駐英アメリカ大使に渡し、同じ日、アメリカ国務省は、これをメディアに公表したの」
「それで、アメリカの世論は沸騰した、と……でも、ドイツ側は、この話を否定しなかったんですか? 入手した経緯は無線の傍受ってことだし、イギリス側が仕組んだ陰謀論だと突っぱねることも出来たでしょう?」
「それがね……ウィルソン大統領の側近が、ドイツ側に問い合わせところ、ドイツ政府は明確に否定することはせず、ついには、ツィンメルマン大臣本人が、記者会見で『あの電報は本物だ』と認めてしまったの」
「えぇ? 本人が認めちゃったんですか?」
「この3月の時点では、メキシコに持ちかけた同盟の話は破談となっていたし、今さら、激昂するアメリカ国民を止めることはできない、と大臣は考えていたと言われているわ。ドイツ国内には、ツィンメルマン大臣は、正直者だと擁護する声もあったみたいだけど……」
「う〜ん……国際政治の舞台じゃ、外交官として、評価できない行動かも知れないですね〜。それにしても、スパイ的な情報工作の手腕において、やっぱり、イギリスは侮れないですね。さすがは、『007』シリーズを生み出した国だなって感じます」
100年以上も前から行われているという、議会対応やメディア対策。
その必要性は、21世紀の現在になっても変わっていない。
新聞紙面に『|Ethnic Erasure(民族抹消)』のワードが並び始めた翌日という、これ以上ないタイミングでリリースされたモルタヴィア共和国の惨状を切り取った映像は、瞬く間に、全米、そして、全世界へと拡散されたて行った。




