第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑫
鳳花さんが、『|Ethnic Erasure(民族抹消)』のワードを広めるために狙いを絞ったもう一つのターゲットが、大手新聞社の論説委員会議だった。
日本でも名前を知られている『メトロポリタン・タイムズ』や『ワシントン・ヘラルド』は、「論説委員会議」という情報収集のシステムを持っている。これは、各紙の論説委員がニュースの主役を社内に呼び、直接、話を聞くという会合だ。そこで得た情報を参考に、社説を書くためだ。
いわば、ラドレスク外務大臣が、初めてワシントンで共同取材を受けたナショナルプレスセンターでの会見のローカル版と言った感じだ。
アメリカの新聞社では、現場で取材をして記事を書く記者と、社説を書く論説委員は完全に区別されている。鳳花さんは、新聞社の社説という各紙の主張として大きく意見表明を行う紙面に影響を考慮し、ラドレスク大臣をこの会議に出席させる準備を始めていた。
「新聞社の論説委員会議をターゲットにするのは、ワシントンで働く私たちにとって、当然のテクニックのひとつよ。でも、ラドレスク大臣のように東欧から突然アメリカにやって来た政治家にとっては、未知の出来事だと思うの。これから、大臣には論説委員会議に出席すると、どんなことが起こるのか、その詳細を細かく説明するわ」
「言わば、ナショナルプレスセンターでの会見のリベンジ・マッチって訳ですか?」
「えぇ、そのとおりよ」
オレの言葉に、鳳花さんはニコリと笑顔で応じる。彼女自身も、大臣の初会見が上出来だったとは思っていなかったのだろう。それは、自分たちの準備不足や、オレたちがラドレスク大臣の人となりを完全に把握できていなかったことが要因でもある。
自分にとっては、負けず嫌いな面がある鳳花さんの隠された一面を見ることができた気分だ。
「わかりました! それじゃ、ラドレスク大臣プロデュースの第2フェーズに入りましょう!」
こうして、オレたちは、小国の外務大臣の改造計画Vol.2に取り掛かった。
まずは、『メトロポリタン・タイムズ』『ワシントン・ヘラルド』『フィナンシャル・ジャーナル』の三紙の直近一年間の論説紙面を取り込んだデータをAIに分析させ、各紙の論調の傾向をまとめる。
そこから導き出された各新聞社の論調に歩調を合わせつつ、それぞれの新聞社がどんなキーワードに反応しやすいのか、ラドレスク大臣に細かく伝え、論説委員たちの興味を引く術を伝授する。
オレたちのプロデュースが功を奏したのか、シュテファン・ラドレスクは、彼の持つ才能をあます所なく発揮しはじめた。
これまでも企業や非営利団体のPRの補佐役として、何度か論説委員会議に参加したことがあると言う鳳花さん曰く、通常のこの会議は、ゲストとして招かれた者が一方的に語り、ベテラン社員が多い論説委員たちは、そんなゲストの姿を鷹揚な態度でリラックスしながら見守ることが多いそうだ。
だが、ラドレスク大臣が乗り込んだ会合では、彼ら論説委員たちも落ち着いた気分でいることは出来なかったようだ。
チーム・ヴェスパの指導(!)を受け、会議に乗り込んだ大臣は、百戦錬磨の委員たちを前に、母国が味わっている悲壮感を漂わせながらも堂々とした態度を崩さない。論説委員会議の場に招かれた彼は、戦禍に見舞われた市街地から、ついさっきやって来て、興奮を抑えられないと言った口調で話し始めた。
「聞いてください。あの日、私たちの世界は一瞬で地獄に変わってしまいました。昨日まで笑顔で挨拶を交わし、コーヒーを酌み交わしていた隣人が、ある日突然、銃を手に私たちの家に押し入ってきた。信じられますか? 同じ言葉を話し、同じ街で生きてきた仲間だったはずなのに――――――」
「私の目の前で、まだ幼い子どもたちが引き裂かれ、母親たちは声を失って泣き崩れていました。彼らはそれをただの『事業』だと笑い、人間の尊厳をこれ以上ないほど残虐なやり方で踏みにじった。私たちが一体何をしたというのですか? モルタヴィア人として、この土地に生まれて生きてきた、ただそれだけが罪だと言うのでしょうか?」
「街を流れる川は血で赤く染まり、夜が来るたびに誰かの悲鳴が響いていました。生き残った私たちは、故郷を追われ、魂を削り取られたようなものです。どうか、このパルティで、チミシャで、フォカチャで起きたことを世界に伝えてほしい。私たちがここで味わった絶望と、流された血の歴史を、決して狂気の一言で片付け、 国際社会の記憶に刻みつけてほしい……!」
鳳花さんと一緒に同行した論説委員会議では、実に興味深い体験をすることが出来た。
部屋の隅の席で出席者たちの表情をじっくりと観察する。
論説委員たちの目の色やラドレスク大臣の言葉に対するうなずき方からは、彼らがモルタヴィアで起きている出来事の恐ろしさを身にしみて感じ取っていくようすが伝わってきた。
鳳花さんの当初のねらいと、このときのオレの観察眼が間違っていなかったことは、この会合の直後の社説において、モルタヴィア共和国支持の論陣を張ったことで証明されたことになる。
こうして、十分に機が熟した、と判断したチーム・ヴェスパのリーダーは、壮馬に用意させていた動画のGOサインを出した。




