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第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑩

 上院議員の事務所を訪問したことで、広報活動に利用できそうなキャッチフレーズを持ち帰ることが出来たオレは、早速、鳳花さんにその成果を報告する。


「そう……|Ethnic Erasureエスニック・イレイジャー(民族の抹消)ね。インパクトのある言葉だし、使えそうなフレーズね。ミラさんのお話だから、信用できるモノだとは思うけど……念のため、出展についても調べておきましょう」


 チーム・リーダーはそう言って、PCに向かって情報収集を始めると、しばらくしてから、


「色々と複雑な経緯はあるようだけど、モルタヴィア地域特有の言葉として認識されているようだから、キャッチフレーズとしてもピッタリね。Erasure(イレイジャー)は、パソコン上のデータや情報を消去するときに使われる言葉だし、意味も理解してもらいやすいわ」


と、前向きな評価を下す。

 とは言え、オレ自身にも気になる点が無いわけではないので、鳳花さんと認識合わせをしておく。


「ただ、ちょっと、気掛かりなこともあるんです。ミラさんから聞かせてもらった話では詳細がうかがえなかったんですけど、これって、どちらかと言えば、モルタヴィアの側が、ユダヤ系の人たちを追い出した時に使っていた言葉みたいなんですよね。そのことを相手側に突かれたり、アメリカのユダヤ系の人たちから反発されることは無いですかね?」


「その点は、マザー・クライスに判断を仰いでみましょうか? さっき、連絡があったんだけど、ちょうど、彼女が私たちの仕事ぶりを確認に来てくれるそうだから―――」


 チーム・リーダーは、サラリと気になることを言う。


(えっ? 会長が視察に来るのか?)

 

 オレだけに限ったことではないと思うが、会社の上層部が自分たちの仕事の確認に来る、という事態は、一般社員にとって、あまり歓迎すべきイベントではないだろう。

 ただ、鳳花さんは、チーム・ヴェスパの現在の仕事ぶりに自信があるのか、マザー・クライスこと、我がアルコ・グローバル・ストラテジー社の創業者であるマーガレット・クライスの来訪を歓迎しているようだ。


 そして、この事態を察していたのだろう、我が親友にして同僚でもある壮馬は、編集作業を口実にして、早々と自分たちの本来の居場所であるオフィスを抜け出しているのだった。


(壮馬のヤツ、姿が見えないと思ったら、こういうことだったのか……)


 友人の相変わらずの抜け目のなさに対して、なかば恨めしく、なかば感心するような複雑な想いを感じながら、ミラさんが居る議員事務所への出張報告をまとめていると、程なくして、チーム・ヴェスパの待ち人がやって来た。


 オレたちのオフィスに来訪したマザー・クライスは、柔和な笑顔でメンバーに声をかけてきた。

 

「ごきげんよう、ホウカ、リュウジ。あら? ソウマの姿が見えないわね?」


「彼は、モルタヴィアの惨状を伝える編集作業に取り掛かっています」


「そう……あなた達、チーム・ヴェスパの全員と顔を合わせることが出来なかったのは残念ね」


 チーム・リーダーに抜擢されている鳳花さんはともかくとして、入社してからまだ一年ほどのオレや壮馬の名前を把握しているところは、さすが大物経営者という風格を感じる。


 アルコ社の創業者でもあるマーガレット・クライスは、ポーランド系移民の娘として生まれ、大学卒業後は高校の公民の教師を務めていたが、「教科書の中だけでは政治や市民社会の仕組みは伝わらない」と痛感し、高校生や教師を招いて政府の仕組みを体験的に学ぶための教育財団を起ち上げた。

 その後、コンサルティング・ファームに入社して、いまの会社を起業し、冷戦終了直前のソビエトや市場開放前の中国にもいち早く進出して、世界中に政府広報やロビー活動を行う拠点を設立したアメリカでも屈指の女性起業家だ。

 

 最初の会話でも理解できるように、社員一人一人の名前や特徴をキッチリと把握し、まるで家族のように接する彼女は、社員から敬意を込めて「マザー・クライス」と呼ばれ、親しまれている。


 まあ、こうして入社後も何度か顔を合わせたことのあるオレも、彼女から苦言を呈されたり、業務のことについて注意を受けたりしたことがあるわけではないが、それでも、創業者の視察というイベントは、緊張することに変わりはない。


 そんな状況でも、鳳花さんは、気後れすることなく、創業者に語りかけ、エスニック・イレイジャー(民族抹消)というフレーズをモルタヴィア共和国から依頼されているプロモーション活動に利用することのメリットと弊害について、アドバイスをもらえないか、と相談を持ちかけた。


 鳳花さんの簡潔にして重要事項を押さえた説明を受けたマザー・クライスは、ゆっくりとうなずきながら、こんな助言を授けてくれた。


「あなた達の懸念は、間違っていません。それでも、現在、行われている悲惨な状況をわかりやすく世界に伝えるには、Ethnic Erasure(民族抹消)という言葉はインパクト抜群ね。ホロコーストやジェノサイドと言うユダヤ人迫害を直接的に連想させるフレーズは避けるべきでしょうけど、間接的にそのことを連想させるフレーズならば、ユダヤ系の人々も抗議の声をあげないんじゃないかしら?」


 その言葉に、我が意を得たり、という表情でうなずいた鳳花さんは、


「ありがとうございます、マーガレットさん。いただいたアドバイスを参考にさせていただきます!」


と嬉しそうに創業者に返答する。


「あなた達の役に立てて嬉しいわ」


 マザー・クライスは、そう言って微笑んだあと、オレの方に視線を移して、お茶目な表情で、こんなことを言ってきた。


「リュウジ、ホープ議員のところのミラに、あなたの故郷のお店の絶品クリーパンをオススメしたそうね。私もぜひ食べてみたいから、こちらに届いたら、私にも分けてくれないかしら」


「はい、たくさん送ってもらうので、ぜひ!」


(いやいや! さっきミラさんと話したばかりのことを、なんで知ってるんだよ……)


 その言葉を飲み込み、直立不動の姿勢で経営幹部に返答したオレは、情報収集能力において、鳳花さんを上回る人物が目の前に立っていることに脅威を感じながら、世界の広さというものを身を持って思い知らされることになった。

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