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第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑧

 フランス革命の「自由、平等、友愛、さもなくば死を」

 ロシア革命の「パン・平和・土地」

 アメリカ陸軍が兵士の募集時に掲げた「アイ・ウォント・ユー(I Want You for U.S. Army)」

 有名なキング牧師の演説「アイ・ハブ・ア・ドリーム」


 世界の歴史の中では、優れたキャッチコピーが人々の心をつかみ、時代を動かしてきた例がいくつもある。


 現在のモルタヴィア共和国の人々が置かれた立場を世界中の人たちに伝え、そのメッセージを訴えるには、多くの人々の心を掴むキャッチフレーズが必要だ、というオレの見解は、鳳花さんと一致していた。

 

 彼女は、その重要性について、こんなことを言っている。

 

「私たちのミッションは、一言で言えば『メッセージのマーケティング』と言って良いと思うの。有名なハンバーガーチェーンは、ハンバーガーという食べ物自体やその価値を世界中にマーケティングしている。それと同じように、私たちは、メッセージを世界に広めるの。モルタヴィア共和国政府との仕事では、トランス・ドニストール共和国の勢力が、国内でいかに残虐な行為に及んでいるのか……それこそが、世界に広めるべきメッセージよ」


 そのマーケティングには、効果的なフレーズが必須なのだが――――――。

 

「そういう文系っぽい仕事は、竜司たちに任せるよ」


 同僚の壮馬は、そう言い残して、来るべきときに備え、動画の一斉拡散に必要なスマホ牧場の構築作業に入っていった。


 ラドレスク大臣のテレビ出演は注目を集め、SNSを中心に話題になりはじめてはいるが……。


 現在のところ、ラドレスク大臣との会談の場を設けていないアメリカ政府の動きは引き続き鈍いままだった。


「前世紀前半のフランクリン・ローズヴェルト大統領から現在に至るまで、すべての政権にとって、『石油』こそが、この国の国家安全保障上の重要な関心事なの。モルタヴィアでの紛争も、所詮はアメリカにとって、『ヨーロッパの裏庭』で起こっている出来事としか考えられていないんでしょうね」


「だから、この問題は、自分たちの手を煩わすことなく、ヨーロッパの人たち自身で解決してほしい……アメリカ政府はそう考えてるってことですか?」


 オレの言葉に、鳳花さんは無言でうなずく。

 

 そんな政府の重い腰を動かすには、どんな言葉が必要だろう―――? 

 

 考えあぐねていたオレたちの元に、デジタル関係の業務を担当している壮馬が戻ってきて、モルタヴィア共和国本国からメールで届いた、最新の紛争情報を提示する。


「昨日、『ナイトレーン』の番組内でラドレスク大臣が語っていた以上に、状況は悪化しているみたいだよ」


 同僚が言うように、首都キシナヴィアは、引き続き相手側勢力に包囲され、連日のように砲弾や銃撃が雨のように降り注いでいる。さらに、今回もたらされた情報によれば、トランス・ドニストール陣営は、これまでに無い方法で、モルタヴィア側の人々を恐怖に陥れはじめている。


 トランス・ドニストールの人々は、自分たちが占領した地域で、(西方のルーマニア等の国にルーツを持つ)モルタヴィア系の民族だけを選別し、彼らを家から追い出し、住み慣れた町や村から追放している、と言うのだ。


 その情報に、オレの中には、憤りに似たなんとも言えない感情が込み上げてくるが、一方の鳳花さんは、普段と変わらず冷静に資料に目を通している。


「やっぱり、石油のように経済的にわかりやすい利害関係がなければ、アメリカの人たちの関心を集めるのは難しいんでしょうか?」


 暗い気持ちになりながら鳳花さんに訊ねると、それまで淡々と資料の分析を行っていた彼女が、口を開いた。


「たしかに、経済的なメリットを訴えることができないのは、不利な状況とも言えるけど……もっと高度な視点から、この国の人たちに訴えかけることは出来ないかしら?」


「もっと、高度な視点、ですか?」


「そう、これは民主主義と人権の問題ですもの」


 鳳花さんの言うように、いまモルタヴィアの人たちは、住む家や土地を奪われ、追い立てられている。


 そして、アメリカ合衆国には、このように母国での迫害を逃れ、移民や難民となって、この地にたどり着いた人たちも多い。

 オレたちが所属するアルコ・グローバル・ストラテジーの創業者マーガレット・クライスも、祖父母が東ヨーロッパから難を逃れて来たということを語っているし、そもそも、合衆国を建国した人たち自身が、自分たちの信仰の自由を求めて、本国イギリスからアメリカ大陸に入植してきたという経歴を持っているのは、説明するまでも無いだろう。


 壮馬が熱心に編集している市街地で無防備な市民が被害を受ける映像は、たしかにショッキングではあるが、こうした映像は、ホラー映画のように、繰り返し何度も見ると慣れてしまうものでもある。


 一方で、自分たちの祖先が迫害から逃れて、この国にやって来たというルーツを持つ人々には、「民主主義」や「人権」という言葉の持つ重みが、心の奥底に深く深く刻み込まれている。


 人々が理由もなく住み慣れた土地を追い出される場面を切り取った映像や写真は、「基本的人権の侵害」を絵に描いたような素材(コンテンツ)だった。


「そう言えば、ラドレスク大臣が、『トランス・ドニストール側の人間は、私たち()()()()()()()()()をこの土地から()()()()()()()()()()()()()ようだ』と言っていましたね?」


 考えていたことをオレが口にすると、鳳花さんは、


「えぇ、その辺りに、今回準備するキャッチ・フレーズのヒントがありそうね」


と言って、少しだけほおを緩めた。

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