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第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑦

 シュテファン・ラドレスクは、外務大臣という公職にある人間だ。

 だから、司会者のテッド・ウィリアムスが、「アメリカの国益はどこにあるのか?」と、外交のプロであるラドレスク大臣に質問するのは不思議なことじゃない。


 だが、ラドレスク大臣は、首都キシナヴィアで苦しむ市民の代表、ただの一市民として発言した。


 その言葉は、司会者の質問に対する回答にはなっていないものの、テレビ画面を通じて視聴者の感情に直接的に響くものがあった。むしろ、質問を行った全米屈指の人気を誇る名物司会者の方が、人間として持つべきモラルを持ち合わせていないかのような印象さえ感じ取られた。


 大臣のインタビューは、CMを挟んで10分ほど続き、最初の言葉の応酬で優位に立ったオレたちのクライアントは、繰り返し母国で、いまナニが起きているかを語り続け、お得意の歴史の講義や政策論は無かった。

 対談相手のジャーナリストも発言を求められたものの、ラドレスク大臣の言葉の迫力に引きずられているのか、モルタヴィア寄りの言葉が多く、司会者のウィリアムスの発言も最後まで小国の大臣に気を遣ったものになった。


 懸念していた「アメリカのメリット(=国益)」問題の追及も、うやむやのままに終わった。


 この日のラドレスク大臣は、自分の「改造計画」が着実に進んでいることを彼自身で証明したことになる。


 だが、この放送のスタジオに付き添ったオレや、番組をライブで視聴していた鳳花さんや壮馬は、この結果に満足しきっていた訳じゃない。

 大臣を政府のお偉いさんではなく、悲劇を体験したひとりの市民として演出し、市街地の悲惨な現状を訴える。まずは、その戦略のスタートには成功したものの、この方法だけでは、効果が長続きしないことがわかっているからだ。


 そんなことを考えながら深夜の業務を終えたオレが、アパートに帰宅し、シャワーを浴び終えて。ソファーに身体を沈める。

 大臣の付き添いのため、テレビスタジオに同行したこともあって、なかなか気分が落ち着かない。


 たとえ短時間であっても、自宅でのリラックスタイムは、気持ちを切り替えたいのだが――――――。


 すると、起ち上げたままにしていたPCの画面が明滅する。

 ビデオ通話サービスを提供しているアプリのディスコールに着信が入ったのだ。


 この時間に通話をしてくる相手は、一人しか居ない。

 時差を気にすることもなく、通話アプリを利用する相手に苦笑しながら、オレは応答のボタンをタップする。


「おつかれ様、リュウジ。今日は、帰りが遅かったのね?」


「あぁ、クライアントの大臣さまをスタジオで見守ってたからな。おかげで、今日は、日本で言うところの午前様ってヤツだ」


「ふ〜ん……やっぱり、今回のお仕事って大変なんだ。でも、こうして、仕事に打ち込んでる姿って、結構、惹かれるかも」


「そりゃ、どうも。ビルボードのGlobal 200のランキングを駆け上がってるアーティストに言ってもらえると、少しは苦労も報われるよ」


 笑みを浮かべながら言うオレに、画面の向こうの同い年の相手は、ニッコリと満面の笑顔で応じる。


「でしょう? 仕事の疲れを癒やすのは、()()()()()()の笑顔だって昔から決まってるもんね」


「どこの国の言い伝えだよ、それは?」


 苦笑しながら答えると、最初に知り合ってから、15年以上も経つ相手は、澄ました表情を崩さずに、


「そんなの世界共通の定義に決まってるじゃん? それとも、この白草四葉(しろくさよつば)の起き掛けの笑顔に癒やされない人間が、この地球上に存在すると思ってるの?」


 相変わらずの自信過剰気味の発言に対して、さらに苦笑いの度合いを深めつつ、彼女なりの気遣いにオレは、心の中で感謝した。


「そうだな。アジアの歌姫の朝イチの笑顔を独占してるんだ。セクハラ大臣のことは忘れて、今夜はいい夢が見られそうだ」


 四葉との会話でもわかるとおり、合衆国の東海岸が深夜の時間帯を迎えるいま、彼女がレコーディングのために滞在しているロンドンは、午前6時を過ぎたあたりだ。アジアの歌姫・白草ヨツバには、大切なルーティーンが待っている時間帯だろう。その時間を割いてくれたことに、感謝の言葉を伝えておく。


「これから、朝のルーティーンの時間だろう? 貴重な時間に話しかけてくれてありがとうな」


「ううん……朝起きたら、大切な相手がどうしてるかな〜って、気になったから―――でも、リュウジが少しでも元気になってくれたなら良かった」


 そう言って、ホッと安堵したような表情を見せる彼女に、今度こそ、ココロと身体の両方が癒やされていくのを感じる。


「あぁ、今日のモヤモヤも吹き飛んで、また明日の朝からの気力がチャージできそうだ」


「そっか……大事なお仕事だと思うけど、無理はしないでね。こっちは、今回カヴァー曲として収録するアニソンの曲に集中しなきゃ、なんだけど……」


「ふ~ん、今回はアニソンのカヴァー曲が入るのか? なんの曲だ? YOASOBIの『アイドル』か?」


「残念! いきものがかりの曲なの」


「いきものがかり……? あぁ、『ナルト』の曲か!」


「そう! 海外でも大人気らしいんだ。たがら、ライブでも取り入れようと思ってね! 今度の演出やセットリストも楽しみにしててね」


「おう! 楽しみにしてる。でも歌詞づくりやレコーディングで、ストレスを溜め込まないようにな」


「う〜ん、それは、()()()()()()()の対応しだいかな? いつものアノ言葉があれば、今日も一日がんばれるんだけどな〜」


 四葉の返答に、オレは、余計な一言を言ってしまったと自覚しつつ、ビデオ通話で毎回のように要求される羞恥プレイのようなやり取りに、心の中でため息をつきながらも……彼女のリクエストに応えることにする。


「わかったよ、四葉――――――」


 画面越しの相手に向けて、自分たちが生まれるより遥か前に流行った未来予想図を描くというタイトルの楽曲に出てくる、ブレーキランプを5回点滅するサインに込められた言葉を口にだしてから、会話を終えることにする。


「ありがとう、リュウジ。わたしも――――――」


 もはや、通話終了時のルーティーンになっているようなやり取りを終えたあと、


(まあ、言葉ひとつで元気になってくれるなら、ありがたいと思わないとな……)


と感じつつ、オレの頭は自然にリラックスタイムから、再びビジネスモードに切り替える。

 

 世界中の注目をもっとモルタヴィア共和国に集めるには、たくさん人たちの心の奥の琴線に触れるキャッチコピーが必要だ。そのフレーズについて、効果的な一言をどのように打ち出すか……。


 ただ、やはり、精神的な疲れがたまっていたのか、ベッドに潜り込んだオレは、そのことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

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