第2章〜「正義」の作り方お教えします〜⑥
「テレビというメディアは、モニターに映る人物の本性を映し出す」
なんて言われることがあるが、たしかにそうした側面もあると感じる反面、モニター上のイメージと実際の人物のあいだに大きな乖離がある場合だってあるだろう。
キャスターやアナウンサーなどテレビ出演を職業としている人物は、自分の人間性が出てしまわないように上手くカバーし、逆にスポーツ選手や政治家などは、ついモニター上に本性をあらわしてしまうことも少なくない。
ただ、こうした差がどこから生まれるかと言えば、結局は、カメラ前に立つことに対する経験や訓練によるものだ。
有力新聞社の女性記者の言葉を重視したチーム・ヴェスパは、ラドレスク大臣に対するさらなるプロデュース業務を継続し、彼の表情により深い陰影が刻まれるようなメイクを施し、血と硝煙の薫りがただよう共和国の首都キシナヴィアから到着した到着したばかりの悲劇の目撃者であることを印象づけることにチカラを注いだ。
そして、大臣のプロデュース作戦が始まってから、一週間が経過する頃、オレたちの仕事の成果が試されるときが、ついにやってきた。
全米三大テレビネットワークの一つが放送する報道番組『ナイトレーン』が、ラドレスク大臣をゲストに指名してきたのだ。この番組は、午後11時30分から、その時どきの政治・外交の問題を30分で伝える番組だ。
司会者テッド・ウィリアムは、かつてのアメリカ大使館占拠事件を現地から取材して名を挙げた人物で、それ以来、何十年にも渡って番組のキャスターを務めている超大物と言って良い。
番組は、一日の放送で一つのテーマが原則で、単独の話題に多くの時間を取れるため、ゲストへの質問はより厳しく、掘り下げたポイントを突いてくるものになる。
一方で、モルタヴィア共和国の置かれた立ち場や戦場と化した首都の惨状を伝えるための時間もたっぷりとあり、現時点でラドレスク大臣に対するプロデュースがどれだけ成功しているのかを判断する絶好の機会だ。
この日の『ナイトレーン』のゲストは、ラドレスク大臣と全米有力紙のコラムニスト、アンソニー・ボルペスだった。キャスターのウィリアムは、二人の出演者を紹介する。
司会者が最初に紹介したボルペスはテレビ画面に弱々しく映し出され、老人そのものの姿に感じられた。彼は、コラムというペンでは絶大な影響力を持っていても、テレビ向きではないのだろう。
続いて司会者に紹介されたモルタヴィアの大臣の名前は、本来、
Radulescu
と、綴られるところを
Radulesc
と誤って表記されていた。
ただ、オレたちの改造計画の効果があったのか、ラドレスク大臣は、テレビ局の失礼な仕打ちにも動揺することなく、その表情に陰が見えるもののテレビ映えは申し分ない。内戦という悲劇に見舞われた小国の大臣の顔には、たったいま、流血が起きている街からやって来た人間であることを想像させる悲しみと怒りがあらわれていた。
紹介を受けて、無言でうなずいた大臣に司会者のウィリアムは、用意していたかのように、厳しい質問を投げかける。
「なぜ、我が国がモルタヴィア共和国に関わりを持たなくてはいけないのでしょうか? この紛争に関わることで、アメリカにはどんなメリットがあるんでしょう?」
これは、ラドレスク大臣やモルタヴィア共和国の惨状を世界に発信する仕事を請け負ったオレたちにとって、もっとも返答に困る質問だ。
石油などの天然資源に恵まれているわけではないモルタヴィアに対して、莫大な軍事費と若い兵士たちの命を引き替えにして、アメリカ合衆国が得るものはあるのか? と問われれば、多くを答えられないのが実情だからだ。
しかし、司会者のウィリアムは、悲しみと怒りをたたえた表情で沈黙を続けるラドレスクの表情にプレッシャーを感じたのか、最初の問いかけに続いて、
「これは、もしかしたら、あなた方にとっては、馬鹿げた質問かも知れませんが――――――」
という、大臣におもねるような余計な一言を付け加えてしまった。
これまで、たとえ、アメリカ大統領が相手でも、遠慮なく鋭い質問をぶつけてきた名物司会者にとって、これは大きな失態だったと言って良い。なぜなら、彼自身の質問が、的ハズレなものであることを自ら説明したようなものだからだ。
この一言で、ラドレスクは、一気に優位に立った。
たっぷりと二秒ほどの沈黙を保った大臣は、スタジオに緊張感をもたらしたあと、ゆっくりと口を開く。
「なぜか、ですって?」
そこには、なんという不適切な質問なのか……という怒りがその表情からは見てとれた。
「首都のキシナヴィアでは、毎日毎日、無実の市民が殺され、血を流しているからです。悪魔のような連中が街にはびこっているのですよ。黒煙が包む市街地では、今日も子どもたちが戦闘車両の轟音と銃声に怯えています。私たちの日常は砕け、人々は逃げ場のない戦火に追い詰められています」
「そして、空腹に泣く子ども、カラカラの喉。届かない支援に絶望が募り、飢えという無言の恐怖が、市民の命の灯火を消していきます」
「こうした人道に背く行為を傍観して見過ごしたりしないのが、アメリカという国の責任と誇りだと、わたしは留学時代に学んだからです」
司会者も対談相手の老ジャーナリストもその迫力に黙り込み、悲しみをこらえながら語るラドレスクの言葉をさえぎる者はいない。
そして、ゆっくりとセンテンスを区切りながら、年若い大臣は最後にこう付け加えた。
「Enough is Enough, that's why.(もう、たくさんなんだ! それが理由だ)」
小国の大臣の表情からは、口を開く前よりもさらに大きな怒りと深い悲しみが込められているように感じられた。




