4話 未遂で済んだ? 濡羽高校生徒会室殺人事件
「詰みだ……!」
詰み、いただきました!
「モナカちゃん、大丈夫?」
果乃子ちゃんに助け起こされた私は、手で顔を隠していた。指と指の隙間から、抹吏くんが佐藤紅葉を締め上げる光景を堪能する。
果乃子ちゃんと龍青は察して、目を逸らしてくれる。助かるけど、私は心の中で謝った。
隠された私の口許は、締まりなく緩んでいたからだ。
会長キックもすごい迫力!
私はニヤつくのを抑えられなかった。襲われてこんな顔を見せるわけにもいかずに見ないでと言ったけど、今度は犯人を問い詰める低音ボイスまで。
心臓だってバクバクしている。
今の私は、とにかくテンションが高かった。声も震えているのになんでこんなに高揚しているのか、考えられなかった。
佐藤紅葉も同じように震え声だった。もっとも、彼は私とはまったく違う気持ちだろうけど。
「モナカさんは気があるような素振りを見せていた。一年の時からずっと想い続けていたのに、告白を断った。僕の気持ちを弄んだんだ! 許せなかった……だから……!」
あんなことを言っているけど、転生前の記憶を思い出す前の私は彼のことが好きではなかった。かといって嫌いでもない。そもそも、そんな気持ちを抱くほど、踏み込んでなかった。
もしかして、下の名前で呼んでいたせいで勘違いさせてしまったのかもしれない。
生徒会の風潮で呼んでいただけだけど。誰よ、そんなこと言い出したの……。
「あ……」
私だよ!
両手で頭を抱え込む。果乃子ちゃんはそんな私を優しく包みこんで「大丈夫、もう大丈夫だから」と、励ましてくれた。本当にいい子……。
「そんなことでモナカ先輩を……。ふざけるな!」
「やめろ抹吏!」
固く握りしめた抹吏くんの拳を、龍青が止めた。
「くっ!」
彼の拳は、代わりに床へと叩きつけられた。
これも原作通りの流れだけど、ここでの私は死んでいない。ちょっとオーバーなんじゃ……。
とは思いつつも目の前で原作屈指の名シーンを見られるのは眼福だ。
本当に……生きててよかった。
* * *
しばらくすると、校舎にパトカーのサイレンが鳴り響いた。
「濡羽高校か……。また後輩に手錠をかけるとはな」
「俺も、これっきりにしてほしいんですけどね」
「そうだな。まあ、今回は誰も死ななくてよかった」
抹吏くんの顔なじみの刑事さんが私を見た。部下に命令して、手錠をかけられた佐藤紅葉を連れて行く。
連行される前、彼は何度も私の方を振り返った。でも、私は一度も目を合わせはしなかった。
私も被害者として、空き教室で話を聞かれることになった。
「災難だったわね」
年配で優しそうな女性の警察官は、優しく私の両手を包んだ。
その瞬間、何かが崩れた。
手が震えている。さっきから、また……。
そうだ、私は殺されそうになっていたんだ……。
嗚咽が漏れる。
涙も溢れてきて、止められない。
私はしばらく、机に突っ伏し泣いていた。
彼女は少し待ってから、紙コップに入った紅茶を差し出してくれた。
両手から熱が伝わる。少し冷ましてから、一口飲む。薄い苦味を感じるだけの安いティーパックだったけど、心が落ち着いてきた。
「す、すみません」
「もう大丈夫よ。あんなことをしてしまった以上、彼は退学。きっと少年院送りも含めた厳しい処分になるわ」
「そうなんですね」
出所した後も近くに来れないよう、接近禁止命令とかできないかな?
烏丸グループお抱えの弁護士とかいないか、龍青に聞いてみよう。
「それに、あなたには強くて格好いい彼氏がいるじゃない。何の心配もいらないわ」
「彼氏ってわけじゃ……」
だって、抹吏くんは果乃子ちゃんと付き合うって決まっているもの。
原作カップルに割り込むなんて畏れ多い。一番近くで、ニヤニヤと眺めるのこそが至高なんだから。
私が苦笑いで言うと、女性の警察官は「あら、そういうこと? 若いわね」と言いながら手招きするような仕草をした。
とにかく、佐藤紅葉はもう私の前には現れない。
私は死なずにすんだのだ!
彼女が見ていない机の下で、私はウズウズとステップを踏んだ。
* * *
次の日、放課後に生徒会室を訪れる。
扉の前には一人の生徒が立っていた。彼は部屋の奥へ向かって深くお辞儀をしてから、扉を閉める。
「あら、徹くん。どうしたの?」
「モナカ先輩。俺……、生徒会辞めるんです。それじゃ」
徹くんは私にも頭を下げて、逃げるように去っていった。
その様子を見て、薄く笑う。
原作通り、そして予想通りの展開だ。
私は閉められたばかりの扉をノックした。すぐに「どうぞ」と覇気のない返事があったので、引っかからないように戸を引く。
生徒会室では抹吏君と龍青、果乃子ちゃんが目を伏せながら座っていた。
私が入ると抹吏くんは顔を上げて、目を丸くした。
「モナカ先輩?」
何も言わないけど、龍青と果乃子ちゃんも同じような顔をしていた。私は白々しく、さっき徹くんが出て行った方へと目を向ける。
「ところで徹くんに会ったけど、どうしたの?」
「これです」
言いながら、抹吏くんは封筒を見せてくれた。中央に大きな文字で『辞任届』と書かれている。
「犯罪者を出すような生徒会にいたら、親が心配するんだって。他にも……」
生徒会では書記を務める果乃子ちゃんが、同じような封筒を三通、扇のように広げた。
親の気持ちもごもっとも、としか言いようがない。
でも、生徒会のメンバーは佐藤紅葉を含めて八人だけ。一人逮捕で四人が辞任となると……。
「生徒会はもうここにいる三人しかいないってこと? 大変ね……」
「三人でも運営できないことはないが……、さすがにな」
龍青が眉尻の下がった表情で力なく笑った。実際、原作では三人で運営してたし、不可能じゃないんだろうけど……。
「龍青が弱音なんて、珍しいわね」
軽くからかうけど、反論する気力もないみたい。額に掌を当てて黙っている。
「それなら私も受け取ってほしいものがあるんだけど」
私はブレザーのポケットから封筒を取り出し、抹吏くんに手渡す。封筒に書かれた文字を読んだ彼は、ポカンと口を開けて見返してきた。
果乃子ちゃんも横から覗き込む。そして、大きな声を出した。
「これ、本当!?」
封筒に書かれた文字は『入会届』。開封した抹吏くんは、中身の手紙を広げて読んでいる。
「こんな状況だ。モナカが入ってくれるのは助かる。だが、本当にいいのか?」
「あんなことがあったのに、どうして……」
龍青も果乃子ちゃんも、次々と疑問を口にする。そりゃ、殺されかけたようなところにわざわざ入るなど、頭がおかしいと思われても仕方ない。
けど……。私は口元を緩める。
せっかく転生したのだ。特等席で眺める機会をみすみす逃してしまうわけにはいかない。
「もう逮捕されたじゃない。なら、大丈夫でしょ。それに……」
ここで私は微笑みを浮かべた。
「何かあったら、助けてくれるんでしょ?」
名探偵がこんなことを言われたら、断れないでしょ。
手紙を読み終えた抹吏くんは、丁寧に封筒へとしまう。そして顔を上げた。
「モナカ先輩、生徒会はあなたを歓迎します!」
果乃子ちゃんが万歳とともに歓声を上げる。
「やった! これからモナカちゃんと一緒に生徒会の仕事ができるんだ」
龍青の眉間から皺が消える。
「また君と仕事ができると思わなかった。よろしく頼む」
レギュラー三人の大歓迎に私の頬も緩む。だらしない顔にならないよう、我慢するのが大変だった。
* * *
しばらく後、私はこの考えが甘かったことを思い知ることになる。
『抹吏ファイル』はメディアミックス作品。メディアの違いで展開が変わるということを、この時は忘れていたのだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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