表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/30

24話 渋川抹吏はうろたえる

 ホテルブルーパレスの九階は展望レストラン専用フロアだ。

 ディープブルーそのものはガラス張りだが、直結した控室は飾り気のないシンプルながらも上品な木目調の扉だった。

 式が始まるのはまだまだ先。いないかもしれないとも思いながら、ノックする。


「ちょい待ってて!」


 扉の奥から元気のいい返事があった。

 ドアノブに手をかける前に、ばっと扉が開く。


「お待たせ〜!」


 目の前に現れたのは、長い金髪の派手な女性だった。顔立ちは整っているものの、俺でも分かるほどに化粧が濃い。

 どう見ても瀬名葵さんでは無かった。


「あれ、君……」


 顔を合わせた途端、派手な女性が俺の顔をまじまじと見つめた。


「抹ちゃん、知り合い?」


 果乃子に聞かれても、心当たりがまるでなかった。

 軽く手を振る。

 女性が目を見開き、俺を指差した。


「あ〜、人が死んだって教えてくれた子だ!」


 突然の大声に鼓膜が破れそうになった。


「ああ……」


 新條豪の部屋にいた、と言おうとして口をつぐむ。

 部屋の奥には瀬名葵さんの姿も見えた。この女性は義父の部屋にいましたよ、なんて言えるわけがない。


「抹ちゃん?」


 借り物のジャケットがちょいちょいと引っ張られる。ホテルからレンタルされた、クリーム色のパーティードレスを着た果乃子が上目遣いで問いかけてくる。


「昨日、ちょっと……」


「ふ〜ん」


 半目で睨みつけられた。なぜか背筋を冷たい汗が走る。

 目の前の女性が近づいてきた。


「ヤバ、実物はもっと可愛いし。あたしエミリ、名前教えてよ」


「ま、抹吏(まつり)です……」


「可愛い〜! チャット教えてよ!」


 エミリと名乗った女性の顔がぶつかりそうな程に接近する。助けを求めて果乃子のいる左側に目を向けると、大きな目をぷいと逸らされた。

 龍青先輩は?

 右にいたはず……だったが、姿が見えない。

「晴れの日を迎えられたこと、心よりお慶び申し上げます」

 普段着の葵さんの目前に、ダークスーツを見事に自分のものにした貴公子が立っていた。


「龍青先輩!?」


 いつの間に移動したのか。

 彼女も俺の視線を追う。


「先輩? カッコいいね。でも、あたしはあんたの方が好みかな〜」


 エミリさんは熱っぽい眼差しを向けてきた。果乃子の視線はもはや氷点下だ。

 怒気を孕んだ呟きが耳に入る。


「デレデレしちゃって……、モナカちゃんに言いつけてやる」


 なんでそうなる!?

 全力で叫びそうになったが、視線を感じた。


「それは大変ですね……。新條はなんと?」


「……息子と結婚すれば、資金を援助するって。お父様は気にしなくていいって言ったけど、無視なんてできるわけが……」


 会話の合間に龍青先輩が目配せをしてくる。


 俺が、エミリさんから……?

 額に脂汗が浮かぶ。


「そ、それは光栄です。あなたも式に出るんですか?」


「エミリって呼んでよ! あたしなんかが出れるわけ無いっしょ。招待だって受けてないし」


 そっと果乃子に目を向ける。困ったような大きな瞳と視線がぶつかった。

 俺達も受けてないんだよな……。


「なら、エミリさんはどうしてここに?」


「パパに結婚式があるって聞いたの。花嫁が葵だって聞いて、なら会うしかないっしょ」


「パパ……?」


 父親と来ていたのか?

 それで新條豪と……?


「新條さんのことですか? 葵さんと知り合いなんですか?」


 果乃子がいつになく冷淡な声で聞いた。


「あのおじ、新條っていうんだ。葵は小学校のクラスメイト。すっごい綺麗になってて驚いたわ〜。何、まっつんも葵のような清楚系が好み?」


 まっつん?

 それが俺のことを指していると気づくのに、ワンテンポ遅れた。


「あ、いえ……。そんなことは……」


「なら、あたしと付き合ってみなよ!」


 エミリさんがまた身を乗り出してくる。顔を避けたら、頭が壁に当たった。もう逃げられない。

 時計の音が妙に大きく聞こえた。彼女から目を逸らして、時計を見てしまう。エミリさんはまた俺の視線を追った。


「って、もうこんな時間? ヤバ、彼氏とデートなんだけど!」


 エミリさんは即座に部屋を飛び出した。扉の向こうで一度止まった彼女は、振り向いて葵さんに手を振る。


「葵、幸せにね!」


 葵さんも優しく手を振り返した。エミリさんはドタドタと嵐のように走り去る。

 彼女を見送りながら、葵さんは眩しげに目を細めていた。


 * * *


 展望レストラン――ディープブルーは今日、新條眞人(まなと)と瀬名葵の結婚式のために招待客達へと解放される。


「お客様、開場はまだ先なのですが……」


「分かっていますが、先に入ることはできませんか?」


 龍青先輩が頭を下げる。

 苅田政之が殺された後は、まだ何も起きていない。もし次の事件があるとしたら結婚式の最中だ。

 だが、ガラス製のエントランスは固く閉じられていた。


「申し訳ありません。規則ですので……」


「邪魔はしません。なんとか……」


 龍青先輩はなおも食い下がってくれている。だが、まだ若い男性のスタッフは迷惑そうに眉根を寄せる。


「いくらお客様の頼みでも……」


「入れて差し上げなさい」


 そこに貫禄のある声が割り込んだ。振り向いたスタッフは驚いた様子で声のトーンを跳ね上げた。


「支配人!?」


「規則を遵守するのは蟹江くんのいいところだ。だが、ここは私の顔を立ててくれないか?」


「は、はい。支配人がおっしゃるのであれば……」


 蟹江というスタッフは渋々、というのを隠そうともせずにガラスの扉を開いた。


「ありがとうございます」


 売りであるパノラマビューがカーテンで覆われているからか、やや閉塞感がある。

 会場では多くのスタッフが奔走している。まさしく戦場と呼ぶにふさわしいものだった。

 そして、ある存在が戦場をより混乱させていた。


「おい、ケーキはもっと前に出すようにしろ!」


 丸い腹を揺らしながら、新條がケーキに向かって怒鳴りつけていた。正確には、ケーキを乗せたカートを押すスタッフを。

 二メートル以上はあるケーキ。まだ土台だけだが、人が入れそうな程に巨大だった。

 スタッフはおずおずと口を開く。


「お、お言葉ですが、これ以上前に出すと新郎新婦が見えなくなってしまいます」


「なんだと? 俺に意見するとは何様だ?」


 凄まれたスタッフは大きな身体を小さくした。

 新條は口許を醜く歪めた。さらに大声を出すつもりか、大きく息を吸ったところで二人の間に古怒田(こぬた)支配人が割って入る。


「申し訳ありません。彼はまだ新人なもので……。海老原くん、オーナーの言う通りにしなさい」


「わ、分かりました」


 海老原と呼ばれたスタッフがほっと息を吐いた。カートを押してケーキを動かす。

 新條は満足げに頷いた。


「分かればいい。さて……」


 首の見えない頭が動く。脂肪に埋没した目へと、俺達の姿が映った。


「ああ? なんで烏丸の小童どもがいるんだ。さっさと出ていけ!」


「申し訳ありません。秘書の方が亡くなったと聞いて、大変だと思いまして。僕達にも何かできることがあれば……」


 龍青先輩の貼り付けた笑顔。新條はあからさまに見下した態度を取った。


「ほう、それは殊勝な心がけだな。だが、無能が一人消えたところで何も変わらん!」


「おい、そんな言い方……」


 たまらずに声を上げたところで、龍青先輩が左足に蹴りを入れてきた。

 悶絶し、倒れそうになるのを踏みとどまる。

 そんな俺を見て、新條はせせら笑った。


「ふん、無様な。小童ごときにかかわっていられるほど暇じゃない」


 振り返った新條はこの場を離れた。すぐに別のスタッフを怒鳴りつける。


「本当に嫌な奴!」


 果乃子は龍青先輩の背中に隠れながら新條を睨みつけた。彼はたしなめるように、癖のある茶髪に手を置く。


「口には出すな。このホテルは奴の持ち物だ」


「青井さんを弄んだうえ、子供ができたら切り捨てるなんて……。女の敵よ!」


 今度は俺達以外には聞こえないような小さな声だ。それでも龍青先輩は果乃子の髪をクシャッと撫でた。

 前髪が大きな目にかかる。果乃子は両手で頭を押さえた。


「龍くんひどい……」


 手鏡を見ながら、手ぐしで髪を直し始める。


「奴のことは放っておけ。僕達は事件を止めるために来たんだろ」


 頷きつつ、俺は店の中を注意深く見渡した。


 * * *


「何も無かったね」


 果乃子の言う通り、異変を見つけることはできなかった。開場準備の邪魔もできないし、俺達はプロじゃない。見落としもあるかもしれない。


「モナカちゃんだったら見つけられたかな?」


 果乃子の呟きに、俺は奥歯を噛み締めた。


 開場された展望レストランには参列者が来訪している。

 参列者の数は多くない。五十人もいないだろう。

 受付を済ませたら、すぐに新條へ挨拶する者ばかりだった。

 だが、一人だけこちらに足を伸ばしてきた男がいた。


「これは烏丸様、わざわざ娘のためにありがとうございます」


 髪の白い痩せた男が龍青先輩に頭を下げた。


「結婚おめでとうございます、瀬名さん。素敵な式ですね」


「ええ。娘には勿体無いくらいです」


 如才なく頭を下げる龍青先輩の姿は堂に入っており、とても高校生には見えない。そのまま少し話をした後、瀬名は出入口の方へと歩いて行った。


 しばらくして、会場が暗転した。

 明るい曲と共に、白いタキシードを見事に着こなした新條眞人(まなと)がメインテーブルに姿を現す。

 続いて、白いウェディングドレスに身を包んだ葵さんが瀬名に手を引かれて登場した。

 参列者達の拍手が雨のように降り注ぐ。二人は中央に敷かれた赤い絨毯の上を一歩一歩踏みしめていく。


「綺麗……」


 葵さんがテーブルの真横を通った時、果乃子が言葉を漏らした。一方、龍青先輩が怪訝そうに言う。


「新條はどこだ?」


 新郎側の親族席に新條の姿が無い。先ほどまで参列者へ偉そうに応対していたはずだ。何より、あの男がこんな目立つ場面を逃すとは思えない。


 会場全体をもう一度見渡すも、肥え太った姿はどこにも見えない。

 スタッフの様子を見ても、どこか浮き足立っているように思えた。

 胸の奥がざわつく。

 そんな俺の不安をよそに、結婚式が始まった。

 オープニングムービーの上映が終わると、ついにカーテンが開け放たれた。


「うわあ……」


 扇型に広がるパノラマビュー。雲一つない青空と緑の海が作り出した絶景は、招待客達から感嘆の声を引き出した。


 新條眞人(まなと)による挨拶、どこかの社長による祝辞。

 順調に結婚式は続いていく。

 今度は白亜の城を思わせるウェディングケーキが現れた。土台の上に本物のケーキが載せられていて、スタッフが二人がかりで重そうに押してきた。

 軍人を思わせる装いのスタッフが、新郎新婦の前にサーベルを恭しく差し出す。


「あの剣で入刀するんですか?」


「コレクターに無理を言って借りたらしい。このホテルの創業時に使われていた、由緒あるサーベルだそうだ」


 借りたものなのか。

 まさかモナカ先輩?

 いや、まさか……。


 新郎新婦は厳かにサーベルを手に取り、天井に向かって掲げた。

 ゆっくりと刃が下ろされた。切れ目が入ったケーキが少しずつ分たれていく。刃が下まで届いた時、カチリと小さな音がした。

 途端に白い煙が噴き出す。ゆっくりと土台が開いた。


「キャアアァァァッ!」


 女性の絶叫。それが呼び水となり、会場全体に悲鳴が響き渡る。

 開かれたケーキの土台に収められていたのは、新條豪だった。

 顔色は土気色。埋没した瞳は濁り、命が無いことは明白だ。


 感じるはずがない、死の味が口の中に広がる。


「新しい……もの?」

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

 続きも毎日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ