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21話 ひ…… 血染めの花嫁

 苅田は受け取った箱をスタッフに渡し、何かを指示した。スタッフは箱を両手で抱えてエレベーターへと向かう。

 私は苅田と箱を交互に睨みつける。


 どうしよう……。

 事件が起きるとしたら、きっと今晩。いっそこの場で忠告を……。

 腰を浮かせたところで声をかけられた。


「モナカ先輩、どうかしたんですか?」


 抹吏(まつり)くんと龍青だけじゃない。果乃子ちゃんまで来ていた。


「心配かけてごめんなさい。こんな時間に車が来たから、何かと思って」


 誤魔化すつもりで微笑みかける。抹吏(まつり)くんもエントランスへと視線を投げかけた。


「そうですね。また来た」


 入ってきたのは、作業服を着た二人組の男だった。彼は両手で抱えた箱を開け、苅田の前で中身を取り出して見せる。


「すごい……」


 果乃子ちゃんが感嘆の声を漏らした。

 金色の装飾が施されたアンティーク時計だ。業者の一人が重そうに持っており、苅田があちこちを検分。苅田が頷くと、アンティーク時計は再び箱の中に入れられた。

 箱はそのまま呼びつけられたスタッフに預けられ、エレベーターへと向かう。

 先ほどの業者と入れ替わるように、また何か運び込まれた。高さが二メートル以上はある、巨大な箱だ。キャスターに載せられ、三人がかりで押されている。


「ここにいると邪魔になりそうだな」


 さすがに結婚式前日ともなると、人や貨物の出入りが激しい。龍青の言葉に従い、エントランスへとみんなで向かう。


 ロビーを出る時、もう一度苅田を視界に入れた。

 人が死ぬなんて考えるだけで寒気が止まらない。

 先ほどサーベルの箱を預けられたスタッフが戻ってきた。


 サーベル……、そうだ。


 * * *


 いくらエグゼクティブ・スイートの風呂が広いといっても、大浴場とは比較にならなかった。他に誰もいない、貸し切り状態ともなると尚更だ。空調はしっかり効いているはずなのに、どこか寒々しい。


「お客様、痒いところとかないですか〜」


 昨日と同じで果乃子ちゃんが私の髪を梳かしてくれていた。必要以上におどけている。


「最っ高よ。毎日やってもらいたいくらい」


「あたしもだよ〜。モナカちゃんの髪、サラサラですごく気持ちいいもの」


「も〜、果乃子ちゃん大好き! 結婚して!」


 口を動かさずにはいられなかった。


「嬉しい! 式は教会がいいな。綺麗なウェディングドレスも着て……あ、サムシングフォーも準備しなきゃ」


 室温がスッと下がった。鳥肌が立つ。

「サ、サムシングフォー……?」


「この間、動画で見たんだ。花嫁の幸せを願うアイテムなんだって」


 上機嫌だった果乃子ちゃんの口が止まった。

 眉根を下げて、怪訝そうに目を細めてくる。


「どうかした?」


「ごめん、ちょっと寒くなっちゃって……」


 なんでこんなところでサムシングフォーの話が出てくるの?

 また流れが変わっちゃったじゃない……。


「湯冷めしたのかな? なら、すぐに終わらせるね」


 果乃子ちゃんのおかげで髪はサラサラ。気を取り直して脱衣所を出る。


 大浴場とエレベーターの間には短い廊下があって、左右の壁にはホテル創業時からの色々なものが陳列されている。

 いつもなら、入浴客がただ通り過ぎるだけの歴史回廊。それが今は休み時間の教室のように賑やかだった。


「モナカ先輩、遅かったですね」


 椅子に座っていた抹吏(まつり)くんが詰将棋の本から顔を上げた。さすがに今日はトレーニングする気がないみたいで浴衣を着ていた。


「また待たせちゃってごめんね」


「髪が長いんだから仕方ないでしょ。ほら、サラサラ〜」


 果乃子ちゃんが私の髪を持ち上げて、パラパラと落とす。

 抹吏(まつり)くんは顔を赤くした。


「いや、文句を言ったわけじゃなくて……」


「ところで足は平気なの?」


「もう治ったって。……痛っ!?」


 腫れた左足に果乃子ちゃんの手が触れた。


「あ〜あ、やっぱりダメじゃない。また湿布もらってくるね」


 パタパタとエレベーターへ走っていく。取り残された私に、抹吏(まつり)くんは隣の椅子を差した。


「空いてますよ」


「ありがと」


 遠慮なく座る。

 長い髪が跳ねて、抹吏(まつり)くんの顔に当たってしまう。


「あ、ごめん」


「い、いえ……」


 私はすぐに髪を押さえた。

 抹吏(まつり)くんの顔はさらに赤くなっている。こっちを見ようとすらしない。

 ホテルの高級シャンプーだし、いい匂いなんだけどな……。


 助けを求めて龍青に視線を向ける。美術部の女の子達の相手で忙しいみたい。手を振って断られた。

 まずい……。


「ま、抹吏(まつり)くん……もしホテルが爆発したらどうする?」


「は……?」


 呆気に取られたように抹吏(まつり)くんは口を開いた。

 いくら話題に困ったからって、何言っているのよ私!?


「あ、あの……ただの例え話よ? 映画で見たの」


 その映画っていうのが『血染めの花嫁』なんだけど……。


「ああ。どんな話なんです?」


「クライマックスで最上階に仕掛けられた爆弾が爆発するの。炎上するホテルの階段を主人公がバイクで駆け上がって、取り残されたヒロインを救出。そのまま二人乗りのバイクで脱出するの」


 言い終えたところで、抹吏(まつり)くんがプッと吹き出した。


「モナカ先輩、そういうのが好きなんですか? 悪いけどメチャクチャですね」


「そうかもね……」


 それをやったの、というかこれからやるのが抹吏(まつり)くんなんだけどね……。


 歴史回廊に目をやると、繊細な装飾が施されたサーベルが展示されていた。


 人がたくさんいれば、凶器は使えないはず。

 息を呑んで、サーベルを見つめる。


「ただいま〜。抹ちゃん、楽しそうだね」


「果乃子も聞いてくれよ。映画の話なんだけど……」


 果乃子ちゃんも戻ってきた。これで話は途切れない。

 抹吏(まつり)くんを挟んでダラダラとお話し。学校とか、事件とか以外の話をみんなとするのって、果乃子ちゃん以外とはあまりないのよね。

 十時を回った辺りで抹吏(まつり)くんは眠そうな目になっていた。


「そろそろ戻る?」


「そうね……」


 言いながらも、私は胸を押さえた。

 異変があったってフロントに言ったら、警備してくれないかな?


「え〜、もっと烏丸先輩のお話聞きたいですよ」


「そうそう、こんな時間じゃ眠れないって」


 龍青に纏わりついている新入生の女の子達が口を尖らせた。対して彼は笑顔ながらも疲れた顔をしている。


「じゃあ、私達は先に帰るわね。龍青、あとよろしく」


 朝までいてくれてもいいのよ。

 そんな思いも込めて、ヒラヒラと手を振る。

 龍青が肩をすくめるのが見えた。彼のことだし、適当なことを言って帰ってくるでしょ。


 歴史回廊の先、エレベーターホールに向かうところで通路は十字に分かれていた。

 けど、左右はパーテーションポールで立入禁止とされていて、実質一本道。左右の道は照明も落ちていて、暗闇に閉ざされている。

 そんな十字路に立ったところで抹吏(まつり)くんが足を止めた。


「どうしたの?」


「変な音が……。それにこの臭い」


 暗闇の奥を睨みつけ、駆け出す。


「そっちは立ち入り禁止だよ!」


 果乃子ちゃんの制止も無視。傷ついたはずの足で、立ち入り禁止の札を飛び越える。

 歴史回廊の方を見る。展示された刃が光を反射した。

 凶器はあるのに!?

 私も抹吏(まつり)くんを追って走り出す。


「モナカちゃんまで!? もう!」


 走ったといっても、たかが数メートル。なのに、暗闇に覆われた飾り気のない場所はまるで別世界だった。

 抹吏(まつり)くんの背中が見えて、慌てて止まる。


「抹ちゃん?」


 果乃子ちゃんも追いついてきた。

 彼は何も言わず、スマホのライトを点けた。

 あまりにも頼りない光源。だけど、何が起こったのかを知らしめるには充分だった。


 大きなエレベーターの前でスーツ姿の男が倒れていた。

 顔は酷く歪んでいて、生気というものが感じられない。頭から血を流している。すぐ近くには、赤い液体が付着したアンティーク時計が転がっていた。


 サーベルは使われなかった……。

 抹吏(まつり)くんが顔を上げた。エレベーターの階数表示が『7』で止まる。


「警察に!」


 言うが早いか、近くにあった防火扉を開けた。その先は階段になっているみたい。駆け上がる音が反響する。

 防火扉がガチャリと音を立てて閉まる前に、果乃子ちゃんはスマホを耳に当てていた。


「あの、事件です! 人が倒れてて……ホテルブルーパレスの地下です!」


 光源が無くなり、目の前は闇に包まれている。にも関わらず、死体の姿が目に焼き付いて離れない。


 いや、死体は私だ。


 本当なら、私はもっと前に殺されていた。同じように、頭から血を流して、顔を歪めて……。

 きっと、痛かったんだろうな。

 考えちゃいけないのに、思考が止められない。

 呼吸ができない。いくら息を吸おうとしても喉から先に入らない。

 心臓が激しく暴れる。身体を突き破ってしまいそう。


「モナカちゃん?」


 果乃子ちゃんの甘い声だけが、私を繋ぎ止めてくれる。

 返事……しなきゃ。


「ひ……」


 肺からどれだけ絞り出そうとしても、引き攣ったような音しか出なかった。

 身体が酸素を求めて悲鳴を上げる。

 息が苦しい。

 柔らかい手が私を引き上げようとしてくれる。

 けど……、全ての感覚が無くなった。

 目の前が真っ白になる。


「モナカちゃん!?」


 果乃子ちゃんの声も、もう聞こえない。

 意識が遠のいていく。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

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 続きも毎日更新予定です。

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