2話 死にたくない! 濡羽高校生徒会室殺人事件
佐藤紅葉。
果乃子ちゃんと同じ佐藤だけど何の関係もない。佐藤は日本で一番多い名字、人が集まれば被ることなんていくらでもある。生徒会には他にも佐藤がもう一人いる。
「紅葉くん、何?」
「今日はモナカさんにどうしても伝えたいことがあって……」
口ごもってなかなか話を始めない。
彼はいつもこうだ。でも、余命が僅かでも延びると思えばありがたかった。
「……君と初めて会ったのは生徒会に入ったときだったね。君みたいな美しい人を見たのは初めてで、一緒に仕事ができるのが楽しみだったよ」
ようやく始まった彼の言葉だけど、私の耳にはいっさい入らなかった。一挙手一投足を見逃すまいと、佐藤紅葉の様子を注視する。
私にとって大事なのは、言葉ではなく行動。
なんとか殺されないようにしないと……。
眉間にシワが寄る。
佐藤紅葉が両手を振った。
「あ、本当に体調が悪いんだね。ごめん。ただ、君と一緒に生徒会で働いたのは最高の思い出だったんだ」
いっそ告白を受け入れる?
それなら、この場は殺されずにすむけど……。視線が彷徨う。彼は告白を断っただけで殺人を犯してしまうような男だ。付き合っていても何かの弾みで殺意が芽生えるかもしれないし、別れ話なんかしたら絶対に殺される!
やっぱ無理!
大きく首を振る。
佐藤紅葉の視線が揺れた。
「君にとっては大したことではなかったのかもしれないけど……。君は本当に優しく、美しくて……。君が病気で休学してからの高校生活は灰色だったよ。君を思い出さない日は一日だって無かった。僕はまた、君と同じ景色を見たい」
なら、なんとか殺されないようなうまい断り方を……。ダメだ、彼の地雷が分からない。口の中が乾きを訴える。
佐藤紅葉が一歩前に踏み出した。
「今日は月が綺麗らしいよ。今夜、僕と一緒に見てくれないか!」
意を決した様子で何かを伝えてきた。
声に気付いて顔を上げる。彼は返事を待つように私を見ながら、何度もまばたきをしている。
もしかして、告白が終わった?
冷や汗が流れる。
まずい、全然聞いていなかった。原作の回想でも、私が断るところだけで告白シーンは描写されなかった。
ここで返事をミスったら、そのまま殺される!
考えろ、私!
確実に分かっていることは一つだけ。ごくりと生唾を飲み込む。原作通りの断り方をすれば、殺される。
なら……。
私は引き攣った微笑みを浮かべる。
佐藤紅葉はほっとしたように表情を緩めた。
「ありがとう。紅葉くんにそんなにも思われているなんて思わなかった。すごくうれしい」
彼の表情が明るくなっていく。これから言うことを思うと少し心が痛む。
悪いけど、私は自分の命が一番大事なの!
「でも、ごめんなさい。私には、紅葉くんと同じものは見えないの。君は、私なんかにはもったいない、素晴らしい人なの。だから、ね……」
これは原作通りの台詞。一言一句、間違えずにいえた。でも、自分で言っといてなんだけど結構ひどいこと言っているわね。
言い終えると、佐藤紅葉は顔を俯けた。両手は垂れ下がり、指先は痙攣のように震えている。
私は彼に背を向けた。ブレザーのポケットから取り出した手鏡で様子を伺う。
幽霊のようにふらついていた彼は、倒れるようにして棚にもたれかかった。その手が、私がさっき倒したばかりのトロフィーに触れる。
途端に彼の目つきがナイフのように鋭くなり、怪しい光を孕んだ。トロフィーを乱暴に掴み、
「よくも……よくも!」
僕の気持ちを弄んだな! 言外にそう叫びながら、トロフィーで殴りかかってきた。何も知らなかった原作の私は、ここで振り返ろうとして殺された。
でも、今の私は手鏡で全部見ている。
原作通りの行動をすれば、彼の動きが予測できるのだ。
なので余裕をもって回避するつもりで、思い切り前に跳ぶ。
頭の中では華麗に避けたつもり。現実においては派手な音を立てて、顔面から無様にすっ転んだ。
「グエっ!?」
ヒキガエルが潰されたような悲鳴が漏れた。
したたかに打ちつけたおでこが痛い。
とはいえ、振り下ろされたトロフィーは空を切った。
結果オーライ!
とはいえ、今追い討ちされたら絶対死ぬ。捲れたスカートを直しながら、もたもたと起き上がる。
ちらっと彼の様子を伺うと、なぜか固まっていた。目が大きく見開かれ、顔が赤くなっている。
何か知らないけど助かった。
すぐさま扉へ向けて駆け出す。彼もはっと我に返って追いかけてきた。
「待て!」
走っているつもりなのに、全然前に進まない。
戸に向かって右手を伸ばす。あと一メートルほどの距離を残して、左腕を掴まれた。
抵抗もできないまま、あっさりと引き倒されてしまう。
「ひ……」
喉から空気が漏れる。佐藤紅葉は私の両腕を膝で押さえて、馬乗りになった。
「や、やめて……」
懇願は耳に入っていないみたい。黒縁眼鏡の奥にある目は焦点が合っていなかった。
明らかに正気じゃない。
死。
その一文字が目前で大きな口を空けている。胸が押さえつけられて、浅い呼吸しかできない。
「報いを……受けろ!」
両手に持ったトロフィーを大きく振りかぶられた。その時、大きな音とともに扉が開いた。
「モナカ先輩! 大丈夫ですか!?」
その声で、佐藤紅葉がビクッと震えた。
間に……合った?
原作では、私の死体が発見された時の台詞だ。けど、私はまだ殺されていない。激しく息を切らせた抹吏くんの声は、アニメで何度も聞いたどの声よりも頼もしかった。




