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18話 美術部合宿殺人事件? 『血染めの花嫁』事件?

 レストランの窓は、夜だというのに輝いて見えた。下の方にはポツポツと光が見える。それが遠くへいくに従って増えていく。地面にも星空が広がっているみたい。

 夜空の星も負けてはいない。今にも落ちてきそうなほどに無数の星がまたたいている。

 エグゼクティブ・スイートと同じ六階にあるラグジュアリーフロア専用レストラン、コバルトブルー。その売りである壮大な景色は、私達から言葉を奪っていた。

 案内された席に座っても、私達の目は窓の外に釘付けになった。


「すごい景色……」


 果乃子ちゃんがようやく絞り出したのは、あまりにも月並みな感想だった。


「明後日の式はもっとすごいぞ。九階からのパノラマだ」


 スマホで写真を撮るのも忘れている。そもそも、こんな景色が小さなスマホ画面に収まりきれるはずがない。


「それは楽しみね。けど、結婚式に出てほしいなら先に言ってよ」


 知っていればもっと対策が練れたのに。


「すまなかったな。急に式に出席することになったんだ。合宿先をここにすれば両方参加できるだろ」


「あ〜、寂しかったんだ」


 果乃子ちゃんの弾んだ言葉に、龍青はさりげなく視線を逸らした。


「幸い予約も取れた。どうせなら驚かせてやろうと思ったんだ」


「貸し切りだったんですよね。よく予約が取れましたね」


「支配人も思うところがあったようだ。……まあ、すぐに分かる」


 龍青は入口を見て、含みのある言い方をした。


 合宿のつもりだった私達に、高級レストランにふさわしい服なんて持ち合わせていない。濡羽高校の制服で話をしていると、近所のファミレスにいるような気分だ。

 けど、女性の声が割り込んだ。


「あら、あなた達?」


 張り詰めた糸を弾いたような、高い声。振り向くと、髪の長い女性と目が合った。


「あなたは?」


 整った顔立ちの美女、ではあるもののまだあどけなさが感じられる。私達とそう変わらない年頃に見えた。

 見るからに場違いな私達を咎めるように、彼女は形のいい眉を寄せる。


「どうして学生が? 今日は貸し切りって聞いていたけど」


 龍青が優雅な所作で立ち上がった。彼女の前で、優美に頭を下げる。


「驚かせてしまい申し訳ありません。僕は烏丸龍青。烏丸家の名代として、式に参列させていただきます」


「烏丸家の……。なら、この子達も?」


「僕の連れです。何しろ、若い方が少ないそうなので」


「そう、それで……。でも、ふさわしい格好でないとうるさい人がいるわよ」


 彼女は別のテーブルへと向かう。このレストラン、コバルトブルーにいるということは、ラグジュアリーフロアの宿泊客のはず。

 ということは……。

 私の疑問を果乃子ちゃんが代わりに聞いてくれる。


「龍くん、あの人は?」


「瀬名葵。式の主役だ」


 やっぱり。

 瀬名葵さんを遠目に眺める。座っているだけなのに、一輪の百合のように凛としていた。


「花嫁さんってこと? 綺麗な人……」


 果乃子ちゃんも見惚れている。けど、抹吏(まつり)くんが水を差した。


「けど、変ですね」


「何が変なの?」


「結婚式なら相手がいるはずだろ。一人で来るなんて」


 彼女は大きなテーブルに一人で座っている。反対側に椅子は無く、誰かを待っている様子も無い。


「後から来るんじゃない?」


「いや、一人だ」


 抹吏(まつり)くんの言う通り、彼女の座る席にだけスタッフが食器を並べている。


「別に変じゃないさ。この式は家同士を繋げるためのもの、本人達の気持ちは関係ない」


「家同士って、時代錯誤な……」


「そんな時代錯誤がまかり通る場所もある。見ろ、時代錯誤の権化が来たぞ」


 龍青の視線の先に現れたのは大きな腹を揺らした熟年の男だった。秘書らしき、背の高い七三分けの眼鏡の男を付き従えている。

 熟年の男は私達を指差した。


「おい。なんだあのガキどもは? 俺のホテルの品格が落ちる、今すぐ追い出せ!」


 品格の欠片も無いような大きな声。

 誰のことを言っているのかも、すぐに分かる。

 私達は一斉に男を睨みつける。

 だというのに、熟年の男は気にした風も無かった。ふんと鼻を鳴らす。

 秘書の男が何やら耳打ちする。


「瀬名の呼んだ烏丸の小童だと。所詮、成金に礼儀は分からぬようだな」


 わざと聞かせるような大声で笑う。

 抹吏(まつり)くんと果乃子ちゃんが苛立ちも顕わに立ち上がろうとする。けど、龍青が二人の手を掴んで止めた。


「龍くん?」


「言わせておけ」


「けど、龍青先輩!」


 抹吏(まつり)くんの言葉にも、龍青は首を横に振る。

 龍青の手に、私も手を重ねた。


「こんなところで騒ぎを起こしても迷惑なだけでしょ。だから、ね」


 時には我慢も必要なのよ。

 二人は顔を見合わせて、苦虫を噛み潰したみたいな顔で席に着いた。

 先ほどの男達も踵を返した。レストランを後にする。


「モナカ先輩までそう言うなら……」


「龍くんは言われたままでいいの?」


 龍青はふっと鼻で笑う。


「豚の鳴き声なんて聞こえないさ」


 あまりにも的確な例えにプッと吹き出す。抹吏(まつり)くんと果乃子ちゃんも、肩から力が抜けたのが見て取れた。

 ぱんぱんと手を叩く音がした。


「さすがは烏丸様ですね。見事な物言いです」


 古怒田(こぬた)支配人だった。彼は柔和な顔を意地悪く歪ませている。抹吏(まつり)くんも顔を綻ばせた。


「合宿に使わせてくれた理由、よく分かりました」


「そうでしょう。この歳になって、私もようやくオーナーに意趣返しができるようになりました」


 彼はくくっと笑っていた。


「食事ももうすぐ提供されます。今しばらく、ご歓談ください」


 一礼をした古怒田(こぬた)支配人の元に背の高い青年が歩み寄ってきた。彼は古怒田(こぬた)支配人の後ろに立って、私達を見渡した。


「彼らが?」


 涼しげな目元をした、端正な顔立ちの青年だ。

 彼の顔を見た瞬間、肩が跳ね上がった。心臓がバクバクと悲鳴を上げる。表情を悟られないよう、慌てて顔を逸らす。


「もしかしてあなたが?」


 龍青が尋ねると、背の高い彼は首を垂れた。


「はい、私は新條眞人(まなと)です。父、新條豪の非礼をお詫びします」


「やはりそうでしたか。新郎に頭を下げさせてしまって、こちらこそ申し訳ありません」


 龍青も立ち上がって、深々と頭を下げる。あなた、高校生よね?

 古怒田(こぬた)支配人は再び笑みをこぼした。


「お若いのにオーナーより余程大人ですね。眞人(まなと)くんも、早くオーナーの後を継いでくれるといいのですが」


「そうしたいところですが。あの人はあと三十年は現役でしょう」


「確かに。ひ孫が生まれてもまだ元気でいるでしょうね」


 二人は小さな声で笑い合っている。龍青も二人へ向けて笑いかけた。


「随分と親しいんですね」


「ええ。研修としてここで働いたことがありまして。古怒田(こぬた)さんには随分とお世話になりました」


 如才のない、完璧な微笑み。抹吏(まつり)くん達も笑顔を返した。新條眞人(まなと)、このホテルで起きる予定の連続殺人事件の犯人に向かって。


 * * *


 女子高生が二人で泊まるにはあまりに広く、豪華なエグゼクティブ・スイート、602号室。

 部屋だけでなく、お風呂も広かった。しかも温泉。

 私も果乃子ちゃんも、浴衣から覗く肌が上気していた。


「気持ちいいお風呂だったわね」


「温泉だったし、二人で入っても全然狭くなかったもんね。でも、明日は大浴場にも入ってみたいな」


「そ、そうね……」


 返事をしながらも、私の声は震えていた。こういったシチュエーションでの大浴場は危険スポットの一つ。

 けど、果乃子ちゃんの視界にずっと入っていられるのなら大浴場の方がむしろ安全かも。


「ごめんね。私の髪、乾かすの大変でしょ」


 二人で寝てもまだまだ余裕があるような広いベッド。そこに腰掛けた私は、果乃子ちゃんに髪を乾かしてもらっている。本当はお互いに髪を手入れし合ったんだけど、肩までの果乃子ちゃんの髪に比べて、腰まである私の髪は乾く時間も長かった。


「ううん、全然」


 実際、果乃子ちゃんは鼻歌交じりでドライヤー片手に私の髪に櫛を入れてくれる。本当に楽しそう。


「やっぱり長いと不便よね。ちょっと切ろうかな?」


 サラサラの黒髪をつまんで言う。すると、果乃子ちゃんはドライヤーを置いた。


「ダ〜メ!」


 私の目の前で両手の人差し指をクロスさせ、小さなバッテンをつくる。頬を軽く膨らませているのが可愛らしい。


「こんなに綺麗な髪なのに切っちゃうなんて勿体無いよ。もう終わるし、気にしないで」


「ん、ありがと。やっぱり自分でやるのとは全然違うわね」


 本当にいつもより手触りが滑らか。触っているだけで、時間を忘れてしまいそう。


「そうだ。果乃子ちゃん、ちょっと付き合ってくれない?」


 * * *


 浴衣の上から羽織を着て、二階まで歩く。螺旋階段を降りるのにかかった時間もスマホで計測。

 一人で歩くのは絶対に嫌だけど、果乃子ちゃんと一緒だから怖くない。


「ええと、この部屋ね」


 扉のプレートに刻まれた数字は204。インターホンを押す。

 すぐに宇野さんの声が聞こえた。


『はい……、最上さん?』


 小さく息を呑んだ音が聞こえた。


「開けてもらっていい?」


「うん、ちょっと待って」


 程なくして、パジャマを着た宇野さんが扉を開けてくれた。パジャマや備え付けの浴衣を着た美術部の女の子達が、一斉に顔を向けてくる。

 やっぱり私達のエグゼクティブ・スイートに比べると調度品とかのランクは落ちるみたい。けど、四〜五人用の部屋だからさすがに広い。

 彼女達の視線を受けながら、果乃子ちゃんと一緒に部屋へ入る。


「みんな起きているのね」


「まだ十時よ。眠れるわけないじゃない」


 口角が僅かに上がった。


「じゃあ、アロマを置かせて。明日も早いし、きっと気持ちよく寝られるわ」


 持ってきた小皿にティッシュを置いて、ガラス瓶からアロマを垂らす。心を落ち着かせてくれるような匂いがふわりと広がった。


「あ、ありがとう。そのためにわざわざ?」


「ええ。明日も頑張りましょ」


 微笑みを残して部屋を出る。そしてすぐに隣の部屋へ。

 203号室では佐伯慶介が出迎えてくれた。同じように部屋に入ってアロマを垂らす。角野潤以外の男子達は私と果乃子ちゃんの浴衣姿に鼻の下を伸ばしていた。

 その角野潤は、私の姿を見た途端に悲鳴を上げてベッドの陰に隠れた。

 ……ここまで怯えられると、さすがに悪い気がしてきた。

 抹吏(まつり)くんのパフォーマンスは他の男子にも効いていたみたい。私達に触れようとする男子はいなかった。


 * * *


 まるで雲の中に浮かんでいるみたい。幼い頃に見た夢のような感覚。

 柔らかく、温かい布団の中でいつまでもまどろんでいたい。

 でも、お腹から伝わる振動がそれを許さない。

 浴衣の帯にくくりつけたスマホが時間を知らせてくれた。スマホを止めようと布団の中をまさぐるうちに、頭がはっきりしてくる。

 スマホの時計が示す時間は四時五〇分。窓の外はまだ暗いし、果乃子ちゃんだってまだ眠っている。


 今朝五時四◯分、原作での抹吏(まつり)くんは地下一階のジムにいた。その前に捕まえなきゃ。

 というわけで、果乃子ちゃんを起こさないようにドアチェーンと、追加で取り付けた簡易チェーンを外して部屋を出た。

 通路を挟んで向かいの部屋、601号室に向けてペットカメラを置く。これで扉が動けば、スマホに知らせが……。


 作業をしながら屈んでいると、601号室の扉が動いた。


「え……?」


「モナカ先輩?」


 扉から現れたのは抹吏(まつり)くん。ジャージを着た彼は目を丸くしていた。

 私も思わず唾を飲み込む。

 いくらなんでも朝早すぎ!

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 続きも毎日更新予定です。

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