17話 劇場版の用意はしていないんだけど!? 美術部合宿殺人事件?
ホテルブルーパレスはその名の通り、青い屋根が印象的だった。
けど、青がより印象的なのは内部だ。
エントランスロビーは四階までの巨大な吹き抜け。渦潮のように螺旋階段が昇り、中心に豪奢なシャンデリアが吊るされている。
深いネイビーの大理石でできた床には、逆さまの照明が映り込んでいた。屋外に比べると少し暗くて、まるで深海。ホテルブルーパレスの名の通り、竜宮城にいるみたい。
私は間抜けにも口をぽかんと開けたまま、シャンデリアを見上げた。
でも、それは私だけじゃなかった。龍青以外はみんな、似たような顔でホテルの豪華さに圧倒されていた。
「濡羽高校の皆様、ようこそおいでくださいました。私はこのホテルブルーパレスの支配人、古怒田です」
声をかけてきたのは、真っ白い髪で恰幅のいい紳士だった。仕立てがいいと一目で分かる黒いスーツを、一分の隙もなく着こなしている。
安物のポロシャツを着た江藤先生は、ぴんと背筋を伸ばした。
「は、はい! 本日はこのような素晴らしいホテルを使わせていただき、恐悦至極にございまする!」
緊張のあまり、変な口調になっている。古怒田支配人は人好きのする笑顔を見せた。
「緊張なさらないでください。わたくしどもとしても、大勢の未来ある若者をお出迎えすることができて光栄です」
「は、はあ。そう言っていただけると……」
同年代のはずなのに、落ち着きは天地ほどの差だ。普段、接する相手の違いかしら。
「それでは係の者達がお部屋までご案内いたします」
彼の後ろに控えていたスタッフ達が動いた。美術部の人達に話しかけ、それぞれ荷物を預かってはカートに載せる。
私もキャリーバッグを引いて歩き出す。けど、龍青が肩を叩いた。
「何?」
「僕達は別だ」
古怒田支配人が龍青に声をかけた。
「烏丸様、お久しぶりです。お連れの方々はこちらで?」
「ああ。無理を言ってすまなかった」
恭しい態度は変わらないけど、初対面という感じじゃない。龍青なら顔馴染みでも不思議じゃないけど……。
って、合宿先が変わったのはあんたの仕業か!?
舞台がこんなに変わったら、いったい何が起こるのか……。
龍青は眉間にシワを寄せる私に気づかなかった。古怒田支配人と親しげに会話を続ける。
「いえいえ。旦那様からは貸し切りを命じられましたが、正直物足りなく思っておりました」
「そう言ってもらえると助かる」
龍青が荷物を差し出すと、支配人自らがカートに載せた。視線で促されて、私達も預ける。
「それではご案内いたします」
二泊三日で、美術部みたいな道具も無いから荷物は少ない。とはいえ、四人分ともなればそれなりの量にはなった。
にも関わらず、古怒田支配人は慣れた様子でカートを動かした。
エレベーターの中にも青い絨毯が敷かれていた。壁も天井も、高級感のある細かい意匠が作り込まれている。
古怒田支配人が金縁の施されたボタンを押す。それを見て抹吏くんが低い声で呟いた。
「美術部とは違う階なんですね」
美術部の人達が降りたのは二階。
でも、古怒田支配人が押したエレベーターのボタンは六階。
吹き抜けの上、ロビーからは見えなかった階だ。
「ええ。烏丸様にふさわしい部屋をご用意しております」
「あたし達だけ特別扱い?」
果乃子ちゃんは眉をひそめた。龍青はゆっくりと、言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「すまない。後で事情は説明する」
「申し訳ありません。さすがに全員をラグジュアリーフロアというのは難しく……。ですが五階のファンクションルームを準備させております。ご自由にお使いください」
古怒田支配人まで続けてきた。抹吏くんも果乃子ちゃんも、これ以上ヘソを曲げるような態度は取れなかった。
* * *
六階、エグゼクティブスイートの602号室。ホテルブルーパレスで上から三番目という、豪勢なお部屋。
「準備ができたらお呼びします。今しばらくお待ちください」
荷物を置いた古怒田支配人は、頭を下げて出て行った。
私と果乃子ちゃん、二人だけで過ごすにはあまりに広い。
果乃子ちゃんはさっそくベッドへ飛び込んだ。小さな身体が、ふんわりと沈んでいく。
「あ〜、もう動きたくない」
声もだらしなく蕩けている。
私もそうしたいところだけど、先にやることがあった。
スタンドを持ち上げ、底を見る。こじ開けられた様子は無い。冷蔵庫の中にも怪しいものは無し。テレビの裏とか、とにかくコンセントが繋がっているものを片っ端から調べる
果乃子ちゃんが感情の消えた声で問いかけてきた。
「何やってるの?」
「ちょっと、盗聴器の確認を……」
私が安眠するには必要なの。でも果乃子ちゃんの声は上ずった。
「え、なんで? スパイ映画?」
応えないまま、キャリーバッグから通販で買った盗聴発見機を取り出す。スイッチオン。
持ったまま部屋中を練り歩いても反応無し。
肩が下がった。
でも、ベッドに飛び込んだらそのまま眠っちゃいそう。ソファーにしましょ。
座ったら、お尻がどこまでも沈み込んでいく。
身体中が羽毛で包まれる。意識まで羽になりそう……。
古怒田支配人が迎えに来るまで、私達は高級な家具の虜になっていた。
* * *
古怒田支配人に案内されて、抹吏くん達と一緒に五階へ。
やけに明るいと思って見上げてみれば、螺旋階段の上は採光窓になっていた。照明よりも自然の光の方が明るいのね。
螺旋階段は一階から最上階である九階までずっと繋がっている。四階まではシャンデリアを取り巻いていて、五階は壁だ。関係者以外立ち入り禁止になっていた。
さすがは高級ホテル。ただの通路にも絨毯が敷かれていたり、絵も飾ってあったりと、飽きることがない。
五階には他のフロアと違って客室が無かった。代わりに大きなバンケットルームやファンクションルームがある。イベント用の階層なのね。
案内されたのはファンクションルーム。日本語で言えば会議室だけど、私達が想像するような会議室とは違った。
床には厚いカーペットが敷かれていて、壁には落ち着いた布クロス。そんな部屋にふさわしく、椅子も座り心地の良さそうな革張り。
けど、重厚そうな会議用のテーブルはスタッフの人が二人がかりで部屋の隅へ運んでいた。カーペットも巻き取られて、木製の床が露出している。
「それではごゆっくり」
古怒田支配人はスタッフを引き連れ、踵を返した。
あの人、『血染めの花嫁』だと真っ先に殺されたのよね……。
部屋を出ていくのを、ただ見送った。
美術部だって合宿中。
美術部合宿殺人事件と『血染めの花嫁』。
美術部の生徒はみんな部屋をキョロキョロと見回していた。
物珍しいのは分かるけど、このままじゃいつまで経っても始まらない。
江藤先生が大きく手を叩いた。
「さあ、まずはスケッチからだ。生徒会のうち二人にモデルを、あとの二人は俺の手伝いを頼みたい」
「それなら私がお手伝い……」
私が申し出ると、果乃子ちゃんは首を傾げた。
「モデルはモナカちゃんでしょ。ほら」
彼女の示した先では、一年生の男子が口を尖らせていた。角野潤に丸山充だったかな。
「俺、最上先輩を描きたいから合宿に来たんですよ!」
「お、俺も……!」
正直、目がイヤらしい。
足が勝手に一歩下がる。
「分かったわ。あと一人は……」
聞くまでも無いわね。龍青が女子に囲まれている。
既に抹吏くんはお手伝いモードだ。江藤先生に話を聞いている。
「あたしもお手伝いするから、頑張ってね」
果乃子ちゃんにエールまで贈られちゃった。また原作から変わっちゃうけど、仕方ない。
引きつらせた笑顔で頷く。
「うん。でも、モデルって何をすればいいのかしら?」
龍青の周りには女子が、私の周りには男子が集まってきた。実に分かりやすい。
江藤先生が声を張り上げる。
「初日はリンゴと一緒のスケッチだ。リンゴを持って、好きなポーズを取ってくれ」
果乃子ちゃんからリンゴを受け取る。時期外れだからか、ちょっと皺になっていて美味しくなさそう。
けど、好きなポーズといっても……。
「どんなポーズを取ればいいの?」
「そ、それならリンゴを大きな胸に挟むとか」
グシャァッ!
調子に乗った角野潤の言葉は突然の異音に遮られた。甘い果汁の香りが広がる。
抹吏くんの右手にリンゴの残骸が握られていた。注目を集めた彼は残骸をゴミ箱に放り込み、ティッシュで手を拭う。
「すみません。別のはありますか?」
平坦な声で江藤先生に尋ねる。先生も上ずった声で応えた。
「あ、ああ」
震える手で渡されたリンゴをそのまま龍青に渡す。
振り向き際、抹吏くんはセクハラ発言をした男子を冷徹な眼光で射抜いた。
「邪魔をしたな。続けてくれ、角野潤」
「ひ、ひいぃ!?」
睨みつけられた彼は、突き飛ばされたかのように尻餅を着いた。
結局、椅子に座ってリンゴを持つという、大人しいポーズに収まった。
立たずに済んだのは助かるけど、座ったまま動かないっていうのも退屈ね。
変なポーズをさせられるよりはいいけど。
隣を見れば、リンゴを持った龍青が足を投げ出した、グラビアのようなポーズを取っていた。当然キメ顔。私には無理だ。
一年生の女子三人が特に彼のスケッチに熱心だった。派手な金髪の石原英子ちゃんなんて龍青いなかったら美術部に絶対入らなかったでしょ。
それにしても、座り心地良すぎ……。
「最上さん、寝ないでください」
「はっ、すみません!」
副部長の佐伯慶介さんに怒られた。寝不足もあって、つい……。
自分の頬を両手で叩く。
そして佐伯慶介さんをじっと見た。
ボサボサの長髪に眠そうな目をした冴えない外見の三年生。美術部合宿殺人事件の被害者だ。
眠気覚ましに首をぶんぶんと振る。座り直して、部員を見渡す。
角野潤、原作にいなかった男子だけどあんなにガタガタ震えて絵が描けるのかしら?
見たところ、佐伯慶介さんを狙っていそうな人は見当たらない。
そもそも美術部合宿殺人事件は山荘で偽のカードキーを使った密室殺人。前提が崩れている。
でも、アドリブで別のトリックを用意するかも。
もし事件が起きるとしたら今晩だけど――あ、また眠く……。
「皆様、お食事の用意ができました。切りの良いところでいらしてください」
古怒田支配人の言葉でハッと目を覚ます。言われて、空腹に気付いた。
江藤先生がまた大きく手を叩く。
「よし、食事だ。続きは明日、いいな!」
美術部の人達が片付けに入った。
私も姿勢を崩して、大きく伸び。
「モナカちゃん、お疲れ様」
果乃子ちゃんが水の入ったボトルを差し出してくれた。
思っていたより喉が渇いていたみたい。一度口を付けると、あっという間に半分を飲み干した。
喉が潤ったところで、ふうと息を吐く。
龍青が近づいてきた。
「抹吏、果乃子、モナカ。三人は少し残ってくれ」
「何〜?」
果乃子ちゃんがのんびりとした声で聞く。龍青ではなく、古怒田支配人が答えた。
「はい。皆様には明後日の式の衣装合わせをお願いします」
「式?」
「ああ。実は明後日に結婚式がある。みんなにも参加してほしい」
『血染めの花嫁』確定……?
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続きも毎日更新予定です。




