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16話 やっぱり準備は大事よね 美術部合宿殺人事件

 0・1・0……。

 丸いボタンを押していく。

 家の電話を使うのも久しぶり。国際電話でスマホは使いたくない。

 受話器を耳に当てて待つ。呼び出し音が鳴るだけで、反応がない。

 時差を考えれば、向こうはお昼時。出てくれると思ったんだけど……。

 知らない番号だからって無視されたらどうしよう。


『Pronto,chi parla?』


 なんて心配していたら繋がった。けど、日本語じゃない。頭の中が真っ白になる。


「え、えと……ぼんじゅーる?」


 イタリア語の挨拶ってこれだっけ?

 吹き出す声がした。


『それはフランス! 日本の人?』


 良かった、日本語だ。声も柔らかくなった気がする。

 息を整えて、澄ました声をつくる。


「ご、ごめんなさい。千樹(せんじゅ)美紅さんで合ってます?」


『ええ。イタリアまでわざわざ何?』


「よかった。私、濡羽高校生徒会の最上(あたる)です」


 美紅さんとは話したこともない。それなのに、声が一気に明るくなった。


『濡羽高校!? 懐かしいわね、陽葵(ひまり)……妹も入学したんでしょ。元気?』


「はい、陽葵(ひまり)さんも美術部に入って合宿に行くことになったんです。ただ、美紅さんが急にいなくなって落ち込んでいるみたいで……」


陽葵(ひまり)が……?』


 電話の向こうでしばらく沈黙。

 けど、このままだと電話料金が大変なことになってお母さんに怒られる。タイミングを見計らって、口を開く。


「合宿は三日後です。できれば、それまでに陽葵(ひまり)さんとお話いただければ、と……」


 握りしめた子機がプルプルと震えている。


『考えとくわ。そのためにわざわざ?』


「はい」


『暇なのね。それじゃ』


 通話が切られた。私も子機の通話終了ボタンを押すと、ツーッ、ツーッという音も消えた。

 一仕事終えた気分で大きく息を吐く。張っていた肩が下がって、猫背になった。

 紙がパンパンに詰まった生存ファイルが目に入る。


 私は顔を持ち上げて、ファイルを広げた。もう紙に癖が付いていて、目当てのページが一発で出てくる。

 美術部合宿殺人事件。

 山荘を舞台とした事件で犯人は……、


千樹(せんじゅ)陽葵(ひまり)。動機は美紅さんの失踪。なら、彼女から連絡があれば、勘違いとさえ分かれば……」


 でも、もし美紅さんが連絡してくれなかったら?

 話をしてもなお、陽葵(ひまり)さんが殺人計画を決行したら?

 息苦しさに、大きく深呼吸をする。


 ただ、それでも……。

 子機に目をやった。液晶画面からは文字が消えていて、待機モードになっている。


「美紅さん、本当お願い……」


 私は祈るような気持ちで、子機に向かって手を合わせた。


 * * *


 身体が大きく傾いた。

 断続的な振動と共に三半規管が揺さぶられる。慣性が頭の奥をかき乱し、平衡感覚を狂わせる。

 喉の奥に酸っぱいものがこみ上げてきた。

 今日何度目かも分からない波。即座に口を抑える。

 曲がりくねった山道を走るマイクロバスの車内はさながらジェットコースター、いや洗濯機だ。


「モナカちゃん、大丈夫? 吐いちゃった方が楽だよ。どこかに止めてもらう?」


 隣の席に座った果乃子ちゃんが、エチケット袋を広げながら勧めてくる。

 今にも暴発しそうになりながらも、私はぶんぶんと手を振って断った。


 みんなの前でリバースなんて無理!

 止まってトイレなんてもっての他よ!

 レギュラーがちょっと目を離した隙に『あれ、あの人は?』って死体になって発見されるのはお約束なんだから!


「それならガムでも噛んでいろ。少しは気が紛れるだろう」


「ありがとう、龍青……」


 後ろからシート越しに渡された板ガムを口の中に放り込む。噛み締めると辛味のあるミント味が口中に広がった。

 僅かに吐き気が遠のいた気がする。


「窓も開けていいからね」


「ありがとう、果乃子ちゃん……」


 窓は少ししか開かない。勢いよく吹き込んだ風が前髪をかき上げる。排ガス混じりの新鮮な空気が、淀んだ車内の空気を吹き飛ばす。

 遅れて土や緑の匂いが広がる。

 木漏れ日を顔に感じながら、高速で移り変わる山肌をぼーっと眺める。


 私ってこんなに乗り物酔い酷かったっけ?

 酔い止めだって飲んだのに。

 電車はなんとか耐えられた。でも山道はもう無理……。

 カーブのたびに波が来て、口を抑える羽目になる。


「到着してからの予定は?」


「まずは自己紹介からだな。いや、ホテルへの挨拶が先か」


 後ろの座席では、抹吏(まつり)くんと龍青が話をしていた。風でよく聞き取れないけど、予定を確認しているみたい。


 このマイクロバスは貸し切りで、私達生徒会メンバー以外の乗客はみんな美術部。非日常にテンションが上がっているみたいで、人数は少ないのに休み時間の教室よりも騒々しい。お菓子を食べたり、トランプで遊んだり。黙ってスマホを見ている人が誰もいない。

 私も生徒会のみんなと遊びたかったな。やっぱり旅行……もとい合宿はテンション上がるし。


「もしかして寝不足もあるのかな?」


「そうなの?」


「うん。全然眠れなくって……」


 生存ファイルの熟読だけじゃない。これから事件が起こると思うと、緊張して寝付けなかった。

 そうしたら、果乃子ちゃんはクスッと笑う。


「モナカちゃん、そんなに楽しみにしてたんだ。子どもみたい」


「だったら良かったんだけど……」


 軽くため息。果乃子ちゃんはきょとんとした顔で、大きな目をまばたかせた。


 美紅さんに連絡したり、役に立ちそうなものを持ってきたり、思いつくことはできる限りしたつもり。

 でも、いくら手を打っても安心できない。

 名探偵の旅行なんて絶対何か起こるでしょ……。


「最上さん、大丈夫? もうすぐみたいだから……」


 前の座席から、一人の女子生徒が顔を覗かせた。

 栗色のセミロングをヘアゴムでまとめた子だ。


「モナカちゃん、あとちょっとの辛抱だって! ところであなたは?」


 私に返事する余力はない。代わりに果乃子ちゃんが聞いてくれる。


「部長の宇野清香よ。来てくれてありがとう」


「頼まれたんだから、どこにでも行きますよ! ところで、途中で人数が変わったって聞いたけど合宿には何人来たんですか?」


 え、変わったの?

 というか、そんな直前で人数が変わるなんてことある?

 心臓がキュッと縮み上がる。

 宇野さんは細い指を折りながら数えて、口を開く。


「全部で十人。今年は新入生が五人も参加してくれたわ」


「十人!?」


 素っ頓狂な声が突いて出た。車内の視線が集中、身体が縮こまる。

 確か美術部合宿殺人事件の登場人物は七人だったはず。顧問の先生と犯人、被害者、宇野さん含む他四人だ。


 なんで?

 回らない頭で考えるけど、モヤがかかったみたいに何も出てこない。

 私の声に驚いたのか、彼女はうっすらと眉間にシワを寄せている。


「う、うん。本当は十一人の予定だったんだけど、千樹(せんじゅ)さんが直前で退部しちゃって……」


「ウソ!?」


 美紅さん、ちゃんと連絡してくれたんだ。それにしても、姉妹そろって行動が早い。


「もしかして知り合い?」


 宇野さんの目は座っていた。

 どう説明したものか、視線が落ち着きなく彷徨う。挙動不審な私の姿に、彼女の目はますます冷たくなる。


「そういうわけじゃないけど……」


「モナカちゃん、千樹(せんじゅ)さんのお姉さんと知り合いだったの」


「ああ、それで……」


 私を見る目が和らいだ。

 果乃子ちゃん、ナイスフォロー!


「そろそろ着くぞ! 全員座席に戻れ!」


 顧問の江藤先生が怒鳴りつけた。定年間近の美術教師だ。

 白髪に眼鏡の冴えない外見ながら、ベテランらしく声には張りがあって力強い。

 思い思いに動いていた生徒達も、大人しく席に戻る。

 宇野さんも席にしっかりと座って、シートベルトを締め直した。

 山道からようやく解放される……。

 期待を込めて、私は味のなくなったガムをもう一度強く噛んだ。


 * * *


 もう揺れない。当たり前のことがこんなにも素晴らしいなんて……。

 マイクロバスが停車し、車体前方のドアが開いた。流れ込んで来た外気へ今すぐ飛び込みたいくらい。

 けど、順番は守らないと。前の席から順に席を立っている。宇野さんも立ち上がった。

 ようやく私達の番。


「モナカちゃん、立てる?」


「辛いようなら言って下さい」


 隣の席から果乃子ちゃん、後ろからは抹吏(まつり)くんが気遣ってくれる。にへらと顔が崩れそうになった。


「二人ともありがと。大分楽になったわ」


 頑張って顔をすまし顔をつくる。

 頭もだんだんとすっきりしてきた。

 出口に進む頭を数える。やっぱり十人いるわね。

 実写の都合で人数が増えることなんて聞いたことない。

 けど、早く降りてくれないかな。人数が多いせいか、みんなダラダラと進んでいる。一年生達が話しているのが聞こえた。


「やっぱり烏丸先輩カッコいい!」「烏丸先輩をモデルにできるなんてステキよねぇ……」「最上先輩、やっぱりいいよなぁ」「顔もスタイルも最高だよな」


 振り向くと、龍青が自慢げに微笑んでいる。

 増えた部員って、もしかして私か龍青目当て?


 けど、軽薄さも本性を隠す仮の姿かもしれない。そんな犯人は何人もいた。陽葵(ひまり)さんがいなくても、同じ事件が起きる可能性はある。

 防弾防刃バッグをぎゅっと抱きしめる。

 それにしても車内が暗い。建物の影に入っているみたいだけど。


「随分大きい山荘なのね」


 すると、龍青が苦笑混じりの声を上げた。


「山荘? この間のメールを読んでないのか?」


 背中に冷たい汗が流れる。

 

「メ、メールって?」


「宿泊先変更のメールだ。今回の合宿先はここになった」


 龍青は窓の向こうを指差した。

 長い指先は、開け放たれた大きなエントランスを指し示していた。積み重なった歴史を感じさせる扉の奥には、立派な受付のカウンターがある。


「ここって……」


 扉の上に刻まれた名前はホテルブルーパレス。

 劇場版第三作『血染めの花嫁』の舞台だ。

 ずっと求めていた、揺るぎないアスファルトの地面を踏みしめる。

 だというのに、私は膝から崩れ落ちた。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 続きも毎日更新予定です。

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