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15話 人が死なないと無理ができない 支援施設殺人事件

 心臓がバクバク悲鳴を上げる。息苦しくなって、浅く短い呼吸を何度も繰り返す。


「モナカちゃん?」


 目の前にいるはずのかりんさんもぼやけてよく見えない。


「何かあったんですね?」


 取り繕う余裕も無く、私はスマホを凝視する。

 現実の鷹宮義人と見比べながら、震える手でスマホの画面を巻き戻し。

 三分程前に成瀬真帆がノートパソコンをバッグに入れて、どこかに行った。

 鷹宮義人が振り返った。番組が終わったみたい。


「お〜い、真帆。コーヒーを……なんだ、いないのか」


「私が淹れていきましょうか?」


 ドリンクコーナーの補充をしていた長谷川さんが、代わりとばかりに返事をした。


「おお、悪いね。濃いめで頼むよ」


「分かりました」


 コーヒーサーバーから黒い液体が紙コップへと注がれていく。

 長谷川さんと鷹宮義人を、交互に目を皿のようにして観察する。


 いったい、どうやって……。

 コーヒーサーバーが止まった。彼女はコーヒーの入った紙コップを持って歩き出す。

 鷹宮義人の車椅子があるテーブルに、湯気の立つ紙コップが置かれた。


「砂糖は入れますか?」


「三つ頼むよ」


「はいはい。……ちょうどですね。さっき補充したと思ったんだけど」


 砂糖……それだ!

 ようやく分かった、というか思い出した。けど、一刻の猶予もない。


「お砂糖なら私が入れます!」


 大声で呼びかけながら立ち上がる。

 みんなが硬直。

 目の前の容器を掴んで鷹宮義人のところまで駆け出そうとして……、


「グエっ!?」


 足がもつれて転んだ。顔面から勢いよく。


「ちょっと、大丈夫?」


 長谷川さんがいち早く駆けつけて、手を差し伸べてくれた。さすが本職、反応が早い。


「あ、ありがとうございます」


 その手を借りて立ち上がる。

 スカートじゃなくてよかった。けど、鼻の頭が痛い……。

 生温かい視線も感じる。

 けど、我慢しなきゃ。


「ごめんなさい、騒いじゃって」


「いやいや。君のように美しい子に入れてもらえるなんて嬉しいね」


 鷹宮義人のコーヒーを受け取り、”私達のテーブルに置かれていた”シュガーシロップを入れる。


「三つでしたね」


 ホステスかキャバ嬢にでもなった気分で、紙コップを手渡し。

 受け取った紙コップを、鷹宮義人はすぐに傾けた。


「いつもより美味い!」


「甘いの好きなんですね」


 今の私もブラックは飲めないけど、シュガーシロップは一個しか入れない。三個はかなりの甘党に思える。


「疲労回復には甘いものが一番だ。いや、本当にありがとう」


 ゴツゴツして両手が私の手を力強く包み込む。

 少し気持ち悪いけど、殺人事件に巻き込まれるよりはマシ!

 そう思うと無理なくニコニコ笑顔になれた。

 鷹宮義人がやっと手を離した。


 その時を見計らったかのように、長谷川さんが声をかけてくれる。


「怪我はない?」


「大丈夫です。それよりこっちの入れておきますね」


「あ、ありがとう」


 持ってきた容器の中身を、鷹宮義人のテーブルにあった容器に入れる。さらに、元々入っていたシュガーシロップを回収。

 席に戻ると、抹吏(まつり)くんが眉を上げていた。


「モナカ先輩、なんであんなことを?」


「これを見て」


 持ってきたシュガーシロップを見せる。そのうちの一つ、溝の目立たないところに穴を塞いだ小さな跡があった。


「これは!?」


 大きな声に、口の前で人差し指を立てる。静かに、のジェスチャー。

 長谷川さんがちらりと見てきたけど、すぐに仕事に戻った。

 私達はテーブルに顔を寄せ合って、小声で話す。


「まさか、毒?」


「多分……」


「モナカちゃん、よく気付いたね」


「さっきまでシュガーシロップがいっぱい入っていたの。急に無くなって、まさかとは思ったけど……」


 成瀬真帆をずっとチェックしていたときに、容器も映っていた。

 減っていたのを長谷川さんが口にしてくれて、ようやく分かった。


「さすがですね。けど、どうします?」


「毒を確実に飲ませるために他のシュガーシロップを持ち去ったんでしょ。なら、それをまだ持っているんじゃない?」


 果乃子ちゃんの考えを、抹吏(まつり)くんは即座に否定した。


「ただの状況証拠だ。手口が単純すぎて決定的な証拠が無い」


 入口の辺りで足音。

 そっと振り向くと、成瀬真帆が立っていた。顔色は見るからに青く、すぐに踵を返した。


「確認に来たのね。これじゃ、カマをかけるのも無理みたい」


「ですね。けど、このままじゃまた狙われるかも……」


「あなた達、いつもこんなことをしているの?」


 私達の会議を、かりんさんは半目で眺めた。

 別に好きでやっているわけじゃ無いんです……。


 人が死んでいない以上、バッグの中のシュガーシロップだけで押し切ることは難しい。

 いいことなんだけど……。

 鷹宮義人を見ると、再びテレビに集中していた。私だけじゃなく、抹吏くんの視線も厳しいものになっている。

 果乃子ちゃんがテーブルの中心にスマホを置いた。


「あの人におじさんを殺させなければいいんだよね。それなら……」


 * * *


 車椅子に乗ったかりんさん、果乃子ちゃんと一緒にベッド脇のチェストの上に立てたスマホを見守る。


「龍青、聞こえる?」


『ああ。抹吏(まつり)はどうだ?』


「大丈夫です、龍青先輩。それじゃあ、成瀬真帆を探します」


 葉を踏みしめる足音、木々のざわめきだけがスマホから流れる。


「ね、やっぱり龍くんに頼んで正解でしょ?」


 果乃子ちゃんの言葉に私は黙って頷く。かりんさんは目を輝かせながら、スマホに耳を傾けていた。


 スマホからの音に変化があった。抹吏(まつり)くんの声が部屋に響いた。


『こんなところにいたんですね』


『え、あなたは……?』


 不自然な程に落ち着き払った女性の声。成瀬真帆のものだ。


『ええと、渋川さんの息子さんですよね。すみません、今忙しくて……』


『鷹宮義人さんのことですか?』


『な……何のこと?』


 返事をする前に間があった。


『このシュガーシロップは鷹宮義人さんのテーブルに置かれていたものです。容器に穴を開けられた跡がある』


『へ、へえ。それで……』


『調べれば毒物が検出されるでしょう。これを仕込んだのはあなたですね?』


『……は?』


『鷹宮義人さんのテーブルに置かれた容器のシュガーシロップを毒入りにすり替えた。さらに確実に使われるように、鷹宮義人さんが普段使う数の三個だけを残した』


『そ、そうなの。面白い作り話だけど、証拠はあるんでしょうね』


 ここからが龍青の出番だ。


『……残念ながら無いんですよ。ですが、ミス研の連中に話をするのも面白そうなので、もう少し付き合ってもらえませんか?』


 最初にちょっと詰まった。それにこの言い方、龍青の言葉を音読しているって分かる。

 抹吏(まつり)くんは龍青の台詞が聞こえるよう、片耳にイヤホンを入れている。

 けど抹吏(まつり)くん、もう少し頑張って! 芸能人枠の声優みたいに棒読みよ!


『私は忙しいの。子供のお遊びに付き合っている暇は……』


『……動機は何です? 会社にも来れないのに実権を握っている父親が邪魔になった、というところですか?』


 返事はなかった。

 沈黙の中でも、スマホ越しでも空気が張り詰めているのが伝わった。

 龍青って人の弱みというか地雷? そういうのを見つけるの、本当にうまいのよね。


『……調べさせてもらいましたよ。鷹宮商会は去年、義人さんが怪我で社長を退き、一人娘であるあなたの夫が継いだそうですね。しかし、彼は未だに経営へ口を出してくる。それが煩わしくなりましたか?』


 大して時間は無かったはずなのに、いつ調べたのかしら。絶対、敵に回したくない。


『そんな動機じゃリアリティが無いわ。世間の親子がみんな、あなた達のように仲良しと思わないで』


『仲が良くないからって殺すんですか?』


 成瀬真帆は少し声を詰まらせる。そして、堰を切ったように話し出した。


『そんな簡単なものじゃない。父は娘のことを道具としか思っていない。進学も、就職も、結婚も全て……指示するまま。けど、ようやく本来の自分に気付くことができた。……というのはどうかしら?』


『本来の自分? 風向きが変わっただけじゃないんですか?』


 棒読みじゃない、ってことは抹吏(まつり)くんの言葉?

 アドリブなんて大丈夫!?


『……どういう意味?』


 感情を押し殺したような、取り繕った声。


『別の誰かの指示で、父親を殺そうとしたんじゃないかと言ったんです』


『なんで、そう思ったのかしら?』


『コーヒーにシュガーシロップを三個というのはかなり多い。鷹宮義人さんの好みを把握していなければ、使い切れる数だけを残すことはできない』


『そんなの、何度も頼まれれば嫌でも覚えるわよ』


 声は震えていた。抹吏(まつり)くんは構わずに続ける。


『何より、あなたは逃げなかった。毒を飲ませたのなら、アリバイのためにも遠くへ逃げた方がいいはずなのに。それをわざわざ確認にまで来た辺り、後悔があったんじゃないですか? あなたの意思ではなく、誰かの指示だったからでしょう』


 しばしの沈黙の後、成瀬真帆の声が聞こえた。


『……話しすぎたわ。少しは小説の参考になったかしら?』


『ええ。ありがとうございました』


 足音が遠ざかっていく。

 静かな声で抹吏くんが声を投げかけた。


『……付き合っていただいたお礼に一つ忠告しておきましょう。この件は俺の胸にしまっておきます。ですが、もし鷹宮義人さんが不審な死に方をしたら、警察に伝えます。

……あなた本来の意思で、よく考えてください』


『……覚えておくわ』


 そのまま足音が遠くなり、聞こえなくなった。

 大きく息を吐いた音。緊張から解き放たれた、抹吏(まつり)くんの声がした。


『龍青先輩、ありがとうございました』


『いきなり果乃子から電話が来て驚いたよ。しかし、僕は必要なかったんじゃないか?』


 後半はほとんど抹吏(まつり)くんのアドリブだったものね。


『いえ、龍青先輩のおかげで気付くことができました』


「龍くん、ありがとう。あの人、諦めたかな?」


『さあ? だが、釘を刺すことはできた。それに抹吏(まつり)の言葉にも思うところはあるはずだ』


 ここにいる生徒会は二人だけ。でもリモートで話しているだけで、みんなが集まったみたい。


「少なくとも、ここで事件を起こすことはないと思いたいわね」


 肩の荷が降りた気分。軽く首を回す。

 かりんさんは果乃子ちゃんと一緒にうんうんと頷いて、スマホに近づいた。

 そのまま弾んだ声で語りかける。


「あなた達、素晴らしいチームワークね。ええと、龍青くん? 私、抹吏(まつり)の母のかりんよ。いつかあなたにも会いたいわ!」


『はい。ぜひ……』


 龍青とかりんさんが会うイベントなんてあったかな?


 * * *


 懐かしのわが家。朝振りのはずなのに、何日も帰っていなかったかのように思える。


「あ〜、疲れた」


 部屋に入った私は即座にベッドに飛び込んだ。クッションを抱きしめながら、顔を埋める。


「でも、今回も人は死なずに済んだ」


 疲れた身体に鞭打って、ベッドから起き上がる。

 引き出しの奥に隠した生存ファイルを引っ張り出す。

 目的のページを開く。

 自殺に見せかけるつもりだったんだ。


「もう原作とは全然違う。それでも……」


 事件を防げた。

 美術部合宿殺人事件もこの調子で……。

 拳を握りしめる。


 それにしても……。


「あの子、面倒なのよ。覚えておいてね」


 かりんさん、なんであんなこと言ったんだろ。

 それは原作ヒロインの果乃子ちゃんに言うべきじゃない?

 私はただ、推しを眺めながら生きていたいだけなのに。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 続きも毎日更新予定です。

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