14話 抹吏くんの話で事件のことを忘れてた…… 支援施設殺人事件
差し込む日差しがベッドにかかった。窓を木の葉が横切る。窓を開けたら気持ちいいだろうな。
空調は効いていて快適なはず。なのに、口を開けるのも憚られるような沈黙が場を支配している。
それなりに部屋は広いけど、ベッドと車椅子以外のスペースは案外狭い。長谷川さんが持ってきた椅子に並んで座ると、果乃子ちゃんと膝同士がぶつかりそう。
「それじゃあ、何かあったら呼んでくださいね」
枕元のナースコールに目をやってから、長谷川さんは部屋を出ていった。
果乃子ちゃんが喉を動かす。そして口を開いた。
「それで、抹ちゃんのせいって……」
私もごくりと唾を飲み込んで、かりんさんの言葉を待つ。
枕に頭を預けたまま、彼女は天井に向かって話し始めた。
「あの子が初めて推理で事件を解決したのは小学五年生だったわ。近所で起きた窃盗事件の犯人を当てて、警察に通報したの」
小さい抹吏くんも見てみたかった。きっと可愛かったんだろうな。
「その時に褒めたのが悪かったのかしらね。あの子、何か事件が起こるたびに首を突っ込んで……」
近所で事件がそんなポンポン起きるの……?
内心で慄いている私に気づくはずもなく、かりんさんは独白を続ける。
「そのうちに、とうとう殺人事件が起きたの。抹吏が推理して犯人を追い詰めたんだけど、逆上して襲いかかってきた。そして……」
果乃子ちゃんの息が止まった。
私だって、膝に置いた手に力が入る。
「抹吏を庇って私が刺されたの。一命は取り留めたけど、私は身体の自由が利かなくなった」
もう割り切っているのか、声からは何の感情も感じられなかった。抑揚の無い声で、淡々と告げてくる。
「なんとか動けるようにはなったけど、腰から下はもう動かない。手だって、時々麻痺があるから日常生活は難しいのよ」
かりんさんは両手をひらひらと振った。何でもない風に言っているけど、きっとリハビリをすごく頑張ったはず。
「それで抹吏は責任を感じちゃって。しばらくはお父さん……抹吏のお祖父ちゃんに預かってもらったわ。でも、そこでも事件に巻き込まれて……」
「そんなところでまで……」
つい口を挟んでしまった。いくらなんでも巻き込まれすぎ!
「きっとあの人……お父さんに似たのね。抹吏のお父さん、どんなに偉くなっても事件に巻き込まれては自分で解決して。今ではとうとう警視総監よ」
かりんさんは苦笑しているけど、乾いた笑いを返すことしかできなかった。
「どうしても事件が起こるのなら、推理だけじゃ足りない。犯人を取り押さえる力も必要。抹吏はそう決意したんだって。それから抹吏は武術を習って、身体も思い切り鍛えるようになったの」
そこで一呼吸。
「けど、あの子ったら私を見るたびに辛そうな顔をするの。だから、余計なことを考えられないように、あの子の前では元気を振り絞っているの。疲れるわ〜」
冗談めかして自分の肩を揉んでいる。
視線を落とすと、固く握りしめた手が震えている。
果乃子ちゃんも黙ったまま、膝のうえに目を落としていた。
喉が渇きを訴えてくる。
しばらくして、カチリとドアノブが回る音がした。
肩の力が抜ける。
逆にかりんさんはシャキンとばかりに背筋を伸ばした。
「あら、抹吏。お帰りなさい」
変わり身はやっ!
明るくハキハキとした声にさっきまでの影は感じられない。
抹吏くんの下げた袋を見て、頬を膨らませる。
「あら、ペットボトル? もうちょっといいのは無かった?」
抹吏くんは言い返さなかったけど、顔を歪めた。
「でもこの部屋に四人は狭いわね。ロビーに行きましょうか」
「うん。それじゃあ……」
果乃子ちゃんがナースコールを押そうとして、かりんさんが止めた。
「呼びつけるのも悪いわ。抹吏」
かりんさんが甘い声と共に両腕を伸ばした。抹吏くんはため息を吐いて、ベッドの脇へと跪く。
彼女とベッドの隙間に逞しい腕が差し込まれると、かりんさんは抹吏くんの首に腕を回して、身体を預けた。
息を吸った抹吏くんは危なげなく立ち上がる。
「おお〜」
果乃子ちゃんが軽く拍手。かりんさんもにこやかに手を振る。
私は車椅子が動かないよう、手押しハンドルをおさえた。
抹吏くんはかりんさんを車椅子に乗せようと腰を下ろす。けど、腕の中の彼女は太い首に回した腕を離そうとしなかった。腰から下が動かない分、腕の力は強いのかな。
「母さん?」
「車椅子はもう飽きたわ。このままロビーまで連れて行って」
「はあ!?」
とんでもない発言で、抹吏くんはそれこそタコみたいに真っ赤になった。
「お願い。ロビーまで連れて行ってくれたら、かりりんって呼ばなくてもいいから」
まだ諦めていなかったんだ。抹吏くん、まるで友達の犯罪を告白するみたいな渋い顔になっている。
* * *
「あらあら〜、息子とは大違いよ。うちなんてもう口も聞いてくれないのに」
「うちなんてババア呼ばわりよ。素敵な息子さんね〜」
かりんさんを抱き上げてロビーまで行く途中、抹吏くんは職員の人達とすれ違うたびに声をかけられていた。頭の上に湯気が見えそう。
かりんさん、半分は演技って言っていたけど絶対に楽しんでいるよね?
「あ〜、楽しかった。またお願いね!」
「二度とやらねえ……」
ロビーに着いた時、抹吏くんは疲労困憊といった様子で机に突っ伏していた。
「ここの椅子に座るのも初めて。なかなかいい座り心地ね」
「帰りはそれ、使ってくれよ」
顔を上げないまま、車椅子を指差す。抹吏くんを追って果乃子ちゃんが押してきたものだ。
「いつも車椅子でしたから。お疲れ様ですね」
近くを歩いていた長谷川さんが労った。
「けど、人が少なくてまだ良かったですね。ちょうど合唱部の発表の時間で、見に行っている人が多いから」
だから職員の人にしか会わなかったんだ。
言われてみればガラス戸の向こう、屋外からも人がいなくなっている。
顔を戻すと、果乃子ちゃんがドリンクコーナーに顔を向けていた。
「あたし……」
「私が飲み物を持ってくるわ。果乃子ちゃんは座ってて」
食い気味に言って、先に立ち上がる。言葉を遮られた果乃子ちゃんだけど、気にした様子もなく椅子に座った。
ごめんね。人が死ぬところで口にするものは自分で淹れたいの。
「なら、あたしは紅茶」
「私も紅茶にしようかな。抹吏は?」
「俺はコーヒーで……」
ロビーを見渡す。
私達のテーブルの他にそれぞれ五脚ずつの椅子が置かれたテーブルが五卓。テーブルの上には透明の容器が置かれている。
テレビは一台。囲碁の番組かな。鷹宮義人が車椅子に乗ってかじりつくように見ており、近くのテーブルでは成瀬真帆がノートパソコンに向かっている。
二人を見て、心臓が止まったかと思った。
背を向けて、震える両手を隠す。
これから殺人事件が起こるんだ……。
ドリンクコーナーは、コーヒーサーバーとウォーターサーバーが並んでいるシンプルなものだった。ウォーターサーバーに紙コップホルダーが付いている。お盆やティーパックが置かれているのはその間。
車椅子でも使えるように、少し低くなっていた。
中腰になりながら紙コップを手に取って、一つ一つ覗き込む。
液体とか変なテカりとかはなし。
念のため、逆さにしてトントンと叩く。粉とかも落ちてこない。
コーヒーサーバーのボタンを押そうとして、一瞬躊躇する。
私も抹吏くんと同じにしとこ。
果乃子ちゃんとかりんさんは紅茶。無差別ってことはないと思うけど……。
紙コップに入れたティーパックにお湯を注いで、念のため鼻を近づけてみる。
うん、安っぽい紅茶の香り。
四つの紙コップをお盆に載せて持っていく。
「ありがとう、モナカちゃん。砂糖は?」
「ミルクも無いのね」
「あ……」
毒を気にするあまり忘れていた。お盆だけテーブルに置く。
「ごめんなさい。持ってくるわね」
「大丈夫ですよ。ほら」
顔を上げた抹吏くんが、テーブルの上のガラス容器を見せてくれた。中にはコーヒーフレッシュやシュガーシロップがこんもりと入っている。
「よかった」
安心して席に着く。
とりあえずスマホで成瀬真帆を監視しておこう。
「それにしても抹ちゃんがコーヒーなんて珍しいね。何も入れないの?」
「ブラック? 抹吏ったらカッコつけちゃって」
「いいだろ、別に」
言いながら、抹吏くんは紙コップを傾けた。一瞬顔をしかめたけど、何食わぬ顔で中身を流し込む。
その様子を、果乃子ちゃんとかりんさんはニヤニヤと眺めていた。
自然豊かな高原よりも美味しい空気を感じながら、スマホ画面を確認。
成瀬真帆はずっと同じ姿勢でノートパソコンと向かい合っている。
私の思い過ごしかな。ならいいんだけど。
まだ湯気の立っている紙コップに口を付けて……苦っ!?
慌ててガラスの容器に入っていたシュガーシロップを入れる。
ようやく飲める。安全ばかり考えてて、味まで気にする余裕がなかったわ。
軽く一呼吸。
もう一度、スマホ画面に目を落とす。
って、成瀬真帆がいない!?
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