13話 支援施設というところ 支援施設殺人事件
太陽が眩しい。手をかざしてひさしをつくる。
日傘、持ってくれば良かったな。
せっかくの尊い光景、ちゃんと目に焼き付けないと。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。爽やかな空気が全身を駆け巡り、悪い気分を吹き飛ばしてくれる。
気持ち悪くなっている場合じゃない!
目の前では、親子が可愛い会話を繰り広げている。
別の意味でも空気が美味しい。
「抹吏ったら、お友達を連れてくるなら言ってよ」
「言う暇も無かっただろ」
「こんなに可愛い女の子を、しかも二人も! 早く紹介して!」
鼻息も荒く、抹吏くんに詰め寄った。
軽くため息を吐いた抹吏くんは、投げやりな視線を私たちに向けた。果乃子ちゃんが前に出る。
「佐藤果乃子です。抹ちゃんと同じ二年生で、生徒会では書記をしています」
かりんさんは瞳を爛々と輝かせた。前のめりになって声を荒げている。
「抹ちゃん!? 抹吏ったらそんな風に呼ばれているの?」
「果乃子が勝手に呼んでいるだけだって……」
「果乃子!? やだ、呼び捨て!」
もう、何を言っても興奮する気がする。
私は自己紹介しなくてもいいかも。原作ではいないんだし。
とか思っていたら、かりんさんはすぐに静かになった。じっと私を見つめてくる。
軽く苦笑いをして、諦めて口を開く。
「最上中です。モナカって呼んでください。抹吏くんと同じ二年で、生徒会では会計をしています」
「あなたも名前で呼んでくれるのね!」
「生徒会ではそういうルールなんだよ」
かりんさんは抹吏くんを手招き。渋い表情の彼に耳元で何かを囁いている。
瞬間、顔を真っ赤にした彼は飛び退いた。
「そ、そういうんじゃない! ただの生徒会の仲間だって!」
どっちが本命なの? とかかな。
抹吏くんとくっつくヒロインは果乃子ちゃんだから、私のことは気にしないでください。
ほら、果乃子ちゃんもちゃんと言わないと。
ちらりと見ると、彼女もくりっとした大きな目を私に向けていた。
目をぱちくりさせている。
なんだろ?
見つめ合う私達を見て、かりんさんも悪戯っぽく笑っている。
そこに、かりんさんを追いかけてきた大柄な女性が口を挟んだ。
「かりんさん? 立ち話もなんですから……」
「そうね、部屋に行きましょうか。彼女は生活支援員の長谷川凪さん。とてもよくしてくれるのよ」
長谷川さんが頭を下げた。
生存ファイルでも出た名前だ。
実際に見てみると、大柄で体格もガッシリしている。スポーツでもやっていたのかな。頼りがいがありそう。
介護職なだけあって、笑顔も穏やか。
……だけど、私は息を呑む。
抹吏くんも深々と頭を下げた。
「いつも母がお世話になっています。無茶ばかりして、大変でしょう」
「い、いえいえ。普段はそんなことないですから」
普段は……。目尻が下がる。
長谷川さんが車椅子の後ろに回ろうとした。
でも、先に抹吏くんの手が手押しハンドルに触れる。
軽く微笑んで身を引いた長谷川さんは、先導するように歩き出した。
さっそく、果乃子ちゃんが声をかける。
「施設って聞いて病院みたいなところを想像してたけど、違いますね。白衣じゃないし」
彼女は動きやすそうな服のうえからエプロンをしている。街中で見かけてもおかしくない格好だ。
「そうですね。ここは治療の終わった人が生活を取り戻すために頑張るところですから」
入居者を見てみる。笑顔の人もいて、笑い声も聞こえてきた。
「高校生もいるんですね。友達のお見舞いとかかな?」
「今日は杜岸高校の合唱部が発表に来ているんですよ。皆さんも楽しみにしていて」
「そうなんだ」
眺めていると、男子高校生の一人と目が合った。にこやかに微笑むと、鼻の下を伸ばして……隣の女子生徒に耳を掴まれていた。怒られているみたい。なんかごめん。
余計なことをしないように後ろを向く。
抹吏くんに車椅子を押されながら、かりんさんは楽しそうに話し続けていた。
「今日はしっかり受け止められたわね。また仕上がったんじゃない?」
「もっと恥ずかしくない確かめ方ないのかよ……」
そんなことを言いながらも口元は笑っている。
珍しい抹吏くんの表情がいっぱい見れて、私の頬も緩みっぱなし。にやけないように笑顔を維持するのも大変だ。
話しながら歩いていると、別の入所者に話しかけられた。
「かりんちゃん! 今日はめかしこんでいるね。綺麗所を俺にも紹介してくれよ」
車椅子に乗った男の人だ。白髪だけど身体が大きくて、乗っている車椅子が小さく見える。
抹吏くん、睨みつけないで!
「義ちゃんダメよ! 息子の大事なガールフレンドなんだから」
義ちゃん?
よく見ると、眼鏡をかけたスーツの女性が車椅子を押している。多分アラサーくらいで、肩口で切り揃えたワンレンボブ。
「お父様、行きますよ」
声も低く落ち着いている。メイクにも隙がなくて、いかにも仕事ができるキャリアウーマンって感じ。
けど、お父様って……。
長谷川さんに聞いてみる。
「あの人は?」
「鷹宮義人さん。会社を経営しているとかで、ここに入っても仕事をしているわ。今日は娘さんも来ているのね」
「モナカちゃん、何かあったの?」
血の気の引いた私に向かって、果乃子ちゃんがすぐに声をかけてくれた。うん、大丈夫……じゃないけど。
どうしようもないことだから。
車椅子を押しているのは多分、成瀬真帆。結婚して姓は変わっているけど、鷹宮義人の娘。
抹吏くんに追い詰められた彼女の「だからあいつを殺してやったのよ!」というインパクトのある1コマが浮かび上がってきた。
なのに、どんな事件だったか思い出せない。
胸がざわつく。
「モナカちゃん、待って!」
果乃子ちゃんに呼び止められた。
無意識に早足になっていたみたい。
* * *
清潔感のある白い部屋。ベッドにチェストやテレビもあって、ぱっと見は普通のホテルに思える。
けど、電動の介護用ベッドが置かれていて、脇には広いスペースが空けられていた。抹吏くんが慣れた様子で、車椅子を止める。
長谷川さんが手をかけようとしたところで、かりんさんは首を横に振った。
「今日はいいわ。抹吏、お願い」
甘えるように言う。ため息を吐きながらも、抹吏くんは車椅子の隣に跪いた。
「え、でも……」
「大丈夫です」
抹吏くんは車椅子との間に腕を差し込み、かりんさんの背中と脚に腕を回した。彼女も腕を回して、身体を預けている。
大きく息を吸い、一気に立ち上がった。
長谷川さん、口が空いている。
心配しなくても大丈夫。抹吏くんのお姫様抱っこ、すごく安心できるから。腕も逞しくて、胸板も厚いし……。
思い出すと頬が熱くなった。
抹吏くんの動きにいっさいの迷いがない。逞しい腕に支えられたかりんさんも満面の笑みだ。
電動機能を使われなかった介護用ベッドに優しく横たえる。
「ありがとう、抹吏」
お礼を言ったかりんさんは、ブランケットを引き上げて腰から下を覆った。
軽く息を吐いた抹吏くんは、立ち尽くしていた長谷川さんに頭を下げる。
「すみません、勝手なことをして」
「い、いえ……。力持ちなんですね」
「いいでしょう。自慢の息子よ」
「本当に……。うちの息子もこんなに逞しくなってくれるといいんですけど」
頬に手を当てた長谷川さんは、立ったままの私達を見回す。
「あ、すみません。椅子が足りないですね。持ってきます」
部屋にはパイプ椅子が一つしかなかった。彼女は慌てて、でも静かに部屋を出て行った。
抹吏くんはベッド脇のチェストの上に、紙袋の中身を一つずつ取り出していく。
果乃子ちゃんが選んだ口紅を見て、かりんさんは目を輝かせた。
「やだ、新色じゃない!」
果乃子ちゃんは得意げに鼻を鳴らす。
「それ、あたしが選んだの。抹ちゃんったら、食べ物しか買わないんだもの」
「こんなところで化粧品なんていらないだろ……」
あ〜あ、言っちゃった。
案の定、抹吏くんはかりんさんと果乃子ちゃんにすごい目で睨まれた。
「まったく、女心が分からないんだから……」
「いるに決まっているじゃない。抹ちゃんはこれだから……」
抹吏くんは助けを求めるような目を向けてきた。
でも目を背けて知らない振り。
ごめんなさい。私も果乃子ちゃん達と同じ気持ちなの。
「やっぱり女の子は違うわね。抹吏ったらいつも食べ物しか買ってこないから、体重減らすの大変なのよ」
「え〜、かりりんきれいだよ」
かり……りん?
果乃子ちゃんの発言に私はフリーズ。抹吏くんも目を丸くしている。
「かりりん? それって私のこと?」
かりんさんは満更でもないみたい。目尻の下がった笑顔をみせている。
「そう! 可愛いでしょ」
渾身のドヤ顔。
可愛いけど、さすがに初対面で友達のお母さんをそう呼ぶ!?
「そ、そうね。いいわね、かりりん」
かりんさんははたと気付いたように、抹吏くんを見上げた。その目はキラキラと期待に満ちている。
「ねえ、抹吏もかりりんって呼んでよ」
「はあ!?」
語尾の上がった悲鳴に構わず、かりんさんは歌うように繰り返す。
「ほらほら、かりりん!」
「か・り・り・ん! か・り・り・ん!」
果乃子ちゃんまで手拍子で囃し立てている。空気を読んで私も手拍子。
抹吏くん、耳まで真っ赤になっちゃってる。
「か……」
口をパクパクさせた抹吏くんは……、
「買い物行ってくる!」
ドタドタと部屋を飛び出した。
入れ違いに、二脚の椅子を持った長谷川さんが入ってきた。
「な、何かあったんですか?」
果乃子ちゃんはニンマリと笑っている。
きっとかりんさんも同じ顔。ベッドを見ると、彼女は柔らかそうな枕にぐったりと頭を預けていた。
さっきまでの元気がうそのように疲れ切っている様子。
「かりんさん!?」
呼びかけると、かは枕に頭を載せたまま顔を動かした。
「心配かけちゃったわね。少し、はしゃぎすぎちゃったみたい」
「もう、無理しないでください」
椅子を置いて、長谷川さんがブランケットをかけ直した。
「痛いおばさんで驚いたでしょ。ごめんなさい」
果乃子ちゃんが口に手を当てて、かりんさんをまん丸になった目で見つめている。
「もしかして、さっきまでのは演技?」
「抹吏に会えて嬉しかったのは本当よ。でも、半分くらいは演技かな?」
「けど、なんでそんなことを……」
「こうやって無理にでも明るく見せないと、あの子はすぐ負い目を感じるから……」
「負い目?」
果乃子ちゃんは首を傾げる。
かりんさんは白い天井を見上げた。
「そう。あの子、私がこうなったのは自分のせいだって思っているから」
私は息を呑んで、これから続く言葉を待った。
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