11話 始まる前に終わらせたいミステリー研究会殺人事件
「……詰みだ」
詰みキタ!
生で推理パートを見るのは初めて。
やっぱりいい……。冷徹に追い詰める抹吏くんからしか得られない栄養があるわ。
でも、空気をぶち壊さないようにするのが大変。緩んだ口許は両手で隠して、目も見開いているけど、誤魔化せているよね?
あ、疲れて震えが……。
まばたきを一つ。
倣って霧生を見ると、彼は片方の口角をヒクヒクと吊り上げた。
「参ったな。本当に全部見抜かれたなんて」
「霧生会長、どうしてこんなことを?」
小暮くんの声は、トーンが低くなっている。
「名探偵、と呼ばれている生徒会長に挑戦したかったんだ。俺だって機会があれば、彼のように華々しく事件を解決できる、逆に俺の考えたトリックなら翻弄もできるってね」
霧生はいったん言葉を切った。そして、こちらに向き直って頭を下げる。肩を跳ね上げ、私は半歩後ずさった。
「誰かを傷つけるつもりはなかった。本当に申し訳ない」
「ああ、うん……」
私から飛び込んだんだし、事故だし。思っていたよりしっかり謝られて、なんか罪悪感。
曖昧に頷くと、彼は再び顔を上げた。
「けど、この通りだ。君が本物の名探偵だと認めるしかないな」
霧生は寂しげな笑顔を浮かべて手を差し出した。
なんか自分に酔っているって感じがする。ライバル気取りかもしれないけど、今のあなた、死ぬほど格好悪いわよ。
案の定、抹吏くんは蝿を追い払うような仕草でその手を弾いた。
小さな舌打ち。
「そんなもののために……!」
抹吏くんの小さな呟きが聞こえたのは、近くにいた私と果乃子ちゃんだけだと思う。
果乃子ちゃんも霧生に対して冷ややかな目を向けている。
硬直した霧生に対し、抹吏くんは真冬の水より冷たい声で告げた。
「霧生恒一。床と備品の修繕費はミス研の予算から使わせてもらいます」
「え……」
当たり前よね。
蹴り倒されないだけ、マシだと思いなさい。
「会長! なんてことをしてくれたんですか!」
「俺も……幻滅ですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ミス研の人達が霧生を取り囲む。勝手に勝負をしかけて、しかも負けたうえに予算も減らされたとか、そりゃ怒られるわ。
相馬さんだけは責める輪に入っていなかった。遠巻きで霧生を心配そうに見ている。
抹吏くんは喧騒をちらとも見ることなく振り向いた。
「無駄な時間だった。帰りましょう」
踵を返してさっさと歩き出す。けど相馬さんの隣でちょっとだけ止まって、
「あんな悪ふざけ、もう付き合わないでください」
って言い残した。相馬さんは息が止まったように目を見開く。
やっぱり気付いていたんだ。
爆弾って叫んだのが相馬さんだったのを覚えていたのね。
結局、原作と役割もトリックも変わらなかった。ようやく人心地がついて、ふっと息を吐き出す。
けど、見方を変えれば相馬さんも霧生の被害者だ。
とりあえず、ミステリー研究会殺人事件は未然に防げた……はず。でも、これで終わりだと相馬さんの中でもやもやしたものが残ったまま。
小説の方だけでも何とかしないと。どこかで爆発して、今度こそ殺人事件が起きるかも。
自分の命が一番大事だけど……、これくらいなら危険はないでしょ。
彼女の肩をポンと叩く。ハッと息を吐いて、揺れる瞳を向けられた。
「あなたの小説も読ませてくれない?」
すると彼女はフルフルと首を横に振った。
「え? いえ、私の小説なんてしょせんは佳作止まりですから……」
「佳作だってすごいじゃない。龍青にも感想聞くから」
「烏丸先輩も?」
声が少し弾んだ。やっぱり龍青の名前を出すのは効くわ。
……みんな性格知らないから。
というわけで、その場で相馬さんの小説、『カブレラ・ストーン殺人事件』のファイルを送ってもらった。
……トリック云々以前にタイトルの系統も似すぎじゃない?
オーパーツブームでも来てたのかしら?
* * *
「そんなことが……。大変だったな」
龍青が相槌を打つと、果乃子ちゃんは茶色の髪を揺らしてうんうんと頷いた。
ミス研部室を出た私達は、龍青と合流して四人で喫茶店。
「本当だよ。龍くんも来てくれればよかったのに。ところで何してたの?」
「今はまだ、な」
笑顔ではぐらかした後、龍青はコーヒーカップに口を付けた。少し顔をしかめて、カップを置く。
部室のコーヒーだって龍青が持ってきたんだから、そりゃものが違って当然でしょ。
果乃子ちゃんも頬を膨らませながら、ティーカップを持ち上げた。紅茶の香りを楽しんでいるみたいで、ゆっくりとカップを傾けた。
私もすっかり疲れて、椅子に背を預けたままオレンジジュースを喉に流し込む。
あ〜、酸味があって甘くて美味しい。
二人の話も終わったみたい。グラスを置いて龍青に話しかける。
「そうだ。龍青に読んでほしいものがあるんだけど」
相馬さんにもらったファイルを生徒会のチャットルームにアップロード。すぐに既読が付いた。
「カブレラ・ストーン殺人事件……、推理大賞で佳作を取った小説か?」
「よく知っているわね」
「濡羽の学生の功績だからな。『水晶髑髏殺人事件』もちゃんと買って読んだぞ」
「偉いわね。それじゃあ、二人の書いた小説を比較した感想を出してくれない? 相馬さん、トリックが似通っていることを気にしてるの」
何も言わないけど、さっそく読み始めてくれたみたい。眼鏡の位置を直して、スマホを注視する。
私はホッと息を吐く。すると、果乃子ちゃんが大きな目を丸くしながら聞いてきた。
「モナカちゃん、よく知っているね。いつ相馬さんとそんなにお話したの?」
まずい!?
そういえば彼女とは帰り際に話しただけだ。そんな込み入ったことを聞けるわけがない。
「そ、それは……」
空調が効いているのに、冷や汗が止まらない。
まさか原作知識だなんていうわけにもいかないし……。
すると龍青が顔を上げた。
「審査員評にコメントがあったな。そのことか?」
「そ、そうそう! きっと気にしてるだろうなと思って!」
「細かいところまでチェックしているんだね。やっぱりすごい……」
疑惑の目が羨望の眼差しへと変わっていく。くりっとした大きな目が、眩しくて直視できない。
ありがとう龍青。
私は気持ちを落ち着けようとグラスを持ち上げる。
柑橘系の爽やかな香りを楽しむ。ストローに口を付けようとしたところで、抹吏くんと目が合った。
サンドイッチは食べ終わったのね。
彼はコーヒーカップを持ったまま、一瞬だけ硬直。ぷいと目を背けられた。
「抹吏くん?」
そっぽを向いたまま、彼は食後のコーヒーを飲み始める。
え、なんで!?
私何かした!?
まさか……鈍くさすぎて呆れられた!?
心臓が口から飛び出しそうに暴れ出す。隣の果乃子ちゃんに小声で聞く。
「私、抹吏くんに嫌われるようなことしたかな?」
「え? 全然心配いらないよ」
果乃子ちゃんは自信満々に目を輝かせて、グッと両手でサムズアップ。
いや、心配なんだけど。
私、抹吏くんに嫌われたら死んじゃうのよ……、フラグ的な意味で。
途端にジュースの味が分からなくなった……。
* * *
「おはよう、今日も彼かい?」
「おはようございます!」
すっかり顔なじみになったサラリーマンのおじさんに軽く頭を下げた。開いた自動ドアから差し込んだ朝日に目を細める。
私は一人、マンションのエントランス前に立っていた。オートロックの外側、座れもしないような狭い場所。
抹吏くんと待ち合わせして学校に行くためだ。
ガラスの向こう側、彼が降りてくるであろうエレベーターの扉へ視線をやる。
「帰りだけじゃなくて、登校だって怖いもの……」
だから、少し遠回りになるけど毎朝抹吏くんを迎えに行って、一緒に登校することにした。今ではすっかり毎朝の習慣だ。
「それにしても、今朝は少し遅いわね」
いつもだったら、あのおじさんのすぐ後に来るはずだけど……。
時間の確認にスマホを見る。
生徒会のチャットに新着があった。
「抹吏くんじゃなくて龍青か」
ファイルが添付されていた。すぐに開いてみる。
『水の蒸発を利用したトリックは凝っているが、トリックありきで展開に強引なところがある。推敲が足りない、というか焦りが出ていたな。気にかけていた大賞作と比較すると、蒸発を利用している点が同じだけで完全に別物だ』
まるで審査員ね。龍青らしいといえばらしいけど。
ともかく、これだけしっかりと批評してくれたら相馬さんのもやもやも晴れるでしょ。
ファイルを添付して彼女に送信、と。
「これでミステリー研究会殺人事件は完全に終了……よね」
昨日、家に帰った私は生存ファイルをしっかりと読み返した。
原作でも実写版でも、霧生と綾瀬くん、もしくは相馬さんは二人で一緒に小説を書いていたみたい。なのに霧生だけが大賞で、相馬さんは佳作止まり。この歪みが、捩れに捩れて殺人事件にまで発展してしまうはずだった。
「けど、事件は始まる前に終わらせた」
私は指先を眺めてニンマリと笑う。
果乃子ちゃんに巻いてもらった絆創膏。もったいなくて、捨てることができなかった。
このくらい、名誉の負傷って奴よ。
美術部合宿殺人事件も未然に防げればいいけど……。
電子音と共にエレベーターが到着した。
開いた扉から抹吏くんが降りてきた。でも、なんか歩き方がぎこちない。
「モナカ、おはようございます……」
「お、おはよう。どうかしたの?」
「き、筋肉痛がきつくて……」
今日は目を合わせてくれるのね。まだぎこちない気もするけど、筋肉痛のせいかな?
本当、昨日はなんだったんだろう。
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