表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真面目で何が悪い  作者: 桜庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/104

89話


 終礼後、改めて保健室に寄ると、丁度ルイスがベッド周りを整えているところだった。


「もう起きて大丈夫なの?」


 背後から声をかけると、ルイスは肩を大きく跳ねさせ、振り返る。

 その拍子に大きな尻尾がサイドテーブルにぶつかり、大きな音を立てた。

 

 トーマスが呆れたようにため息を吐き、ルイスは涙目で謝罪する。

 先ほど生死を彷徨ったとは思えないほど、いつも通りの彼に私は何だか拍子抜けだ。


 視線が合うと、ルイスは申し訳なさそうに眉を落とす。

 相変わらず顔色は芳しくないが、今朝のような危うさは見られない。ひとまず山場は越えたのだろう。


 内心ホッとしつつ、私は「ごめんなさい、驚かせたわね」と苦笑する。

 ルイスが首を横に振った。


「むしろ、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません。……皆様にも、ご心配をお掛けして」


 ニコラやギルベルトのことを言っているのだろう。

 彼女たちも大層心配していた。後日、改めて元気な顔を見せてあげて欲しい。


 そう告げれば、ルイスは「はい」とどこか自信なさげに頷いた。

  

「あの……ディートハルト様は……?」


「オットーたちが迎えに来ていたわ。先に帰るそうよ」


「そうですか」


 ホッとした様子で表情を和らげるルイス。もじもじさせていた指先からも力が抜ける。

 今日一日、従者としての役目を果たせていないことが、気掛かりだったのだろう。こんな時まで真面目なことだ。


 トーマスに挨拶をし、保健室を後にする。

 既に人気の無くなった廊下を、いつもよりのんびりとした歩調で歩いた。


 あの、と先に声をあげたのはルイスだった。

  

「申し訳ありませんでした。……俺を助けるために、お体に負荷のかかる魔術を使ったと……」

 

「……誰よ、そんな出鱈目を言ったのは」


 イラっとした声を出せば、予想外の返しだったのか、ルイスは目を白黒させた。

 戸惑ったように「ち、違うんですか?」と訊き返す彼に、私は歯がゆい気持ちで「違うわよ」と答える。


「私が、上手く使いこなせていないだけ。恥ずかしながらね」


 多分。きっと、そう。

 そう思わなきゃ、やっていられない。


 これは半分意地だ。

 諦めていた筈の水の属性魔術。これが使いこなせるのなら、私の頭を悩ませていた全てが解決する。


 同時に、それは私がアメリアと同じ道を進むということでもある。

 物語の運命力というものは、こうも煩わしく纏わりついてくるものなのか。


 盛大に舌打ちを打ちたい気分だった。

 しかし、隣並ぶ友人の顔を見て、私はその感情を飲み込んだ。


「なら、良かったです。アメリア様に何かあったら、俺は……きっと自分が許せませんでした」

 

 黄金色の目をふっと和らげて、ルイスが花のように笑う。

 相も変わらず蒼白い顔で何を言っているのだろうか、この子は。


 まったく、と思いながら、私はルイスの肩を軽く叩いた。


「貴方はまず、自分の体の心配をしなさいよ」


「……そうですね。気を付けます」


 どこか諦観の籠った声に、私は言い知れぬ感情を抱く。

 

 私は足を止め、じろりと睨み付けるようにルイスの顔を見上げた。

 数歩遅れてルイスも歩みを止める。振り返った彼は、やはり肩身が狭そうに見えた。


「貴方、ディートハルトの申し出を断ったんですって?」


 びくっとルイスの肩が揺れる。

 しかし、いつもなら驚きに染まるであろう彼の表情は、どこか納得したように見えた。


 彼はゆっくりと「はい」と頷く。


「アンファングラントは、母の故郷です。……俺のではありません」


 ルイスにしては珍しい、ハッキリとした物言いだった。

 穏やかで落ち着いた声色。だが、彼の奇妙な頑固さが窺える。


 ディートハルトが私に頼んだのは、ルイスの説得だった。

 アンファングラントに彼を帰すというディートハルトの願いを、ルイスは真正面から断ったそうだ。


 理由は、先ほど彼が述べた通りだ。

 

「お父上がいらっしゃるかもしれないわよ」


 ルイスの顔が、ほんの少し曇った。

 トカゲのような尾が静かにうねり、鱗が外の光を反射させる。


 アメリアさま、と静かなルイスの声が私を呼ぶ。

 

「お疲れのところ恐縮ですが……この後、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」




 ルイスにとって憩いの場である噴水。

 その縁に腰掛け、ルイスはどこか遠くを見るような眼差しをした。


「お二人の仰る通りです。おそらく俺の父親に当たる者は、彼の地にいるでしょう」


 こちらを向かない黄金色。

 私も視線をルイスから外し、波打つ水面へと向けた。


 しかし、耳だけはどこか儚い彼の言葉を拾い続けている。

 

「生きても、いると思います」


 でも、と言葉を区切ったルイス。

 だと言うのに、いつまで経っても続く声がなく、私は視線をルイスに戻した。


 途端、彼は懇願するように、身を乗り出す。


「この話は、ディートハルト様には仰らないで下さい。……いえ、誰にも、ギルベルト様やニコラ様にも言わないと……そう仰って頂けますか?」


「……わかった。誓うわ」


 縋り付くような必死さを見せる彼に、私は頷く他ない。

 湿度の高い風の中、ルイスは深々と頭を下げた。お礼の声が震えて聞こえたのは、多分気のせいではないだろう。

 

 ふう、と気持ちを切り替えるように、ルイスが深く息を吐いた。

 

「父は多分、新しい家族を作っていると思います」


「えっ……?」


 困惑より先に、ドン引きが来てしまった。

 相手の事情も知らないのに、失礼なリアクションだったと反省するが、ルイスは苦い笑いを浮かべて首を横に振るった。

 

「アメリア様の反応は、多分正しいですよ。彼は、母を捨てたんです。……俺が生まれる前に」

 

 彼の話はこうだった。


 ルイスの父はどうしようもない遊び人だったそうだ。

 結婚前にルイスの母を孕ませた彼は、周囲からの圧力に耐えかね、渋々籍を入れた。


 しかし、父親になるという責任に耐えられなかった彼は、ルイスが生まれる前に消息を断つ。

 

 その結果、身重の母だけが残された。


「……そんな母を見兼ねて、この国に連れて来たのが、ディートハルト様のお祖父様でした」


 旅行中であった若き彼は、美しい妊婦を心から憐れんだ。

 そして、同時に恋に落ちたのである。


 彼女を救うため、国に連れ帰ったディートハルトの祖父。

 しかし、その恋は当然上手くいくはずもない。


 片やクルークの貴族、片やシュタルクの人妻。

 周囲に認められないことは、誰よりも当人たちが自覚していた。


「母は、恩人の迷惑になりたくなかった。しかし、彼もまた、母の力になることを望みました」


 その結果、二人は決して互いに触れ合うことなく、ただ同じ屋敷で時を過ごした。

 そして、プラトニックな愛を貫き、順に各々の人生を終えたのだ。


「だから、アンファングラントに俺の居場所はありません。血の繋がった父がいたとしても、俺を迎え入れてはくれないでしょう」


 俺も嫌です、と珍しく彼ははっきり断った。

 

 初めて聞く話に、私は戸惑いを隠せない。

 感想を口にすれば、きっと彼の父親を貶めてしまうだろう。

 

『ディートハルトの祖父がルイスの母を、攫うようにコーネンプレッツェルへ連れてきた』


 ゲーム内では、その一文で終わる話に、まさかこれほどの事情があるとは思わなかった。

 唸るように口を引き結び、彼の父親への怒りを飲み下す。


 代わりに口をついて出たのは、純粋な疑問だった。


「……それを、何故ディートハルトに言わないの?」

 

 彼は祖父の行いを不義理なものだと思っている。

 しかし、実際のところ、ディートハルトの祖父が行ったことは人助けに他ならない。


 真実を知れば、きっと彼の心は幾分か救われるだろう。


 しかし、ルイスは静かに首を横に振った。


「言えません」


「何故?」

 

「ディートハルト様のお祖母様へ、合わせる顔が無くなってしまいます」


 困ったように笑うルイスに、私はああと感嘆の声をあげた。

 そうか、確かにその通りだ。


 私は黙って頷き、改めて誓った。


「そうね。この話は、墓場まで持っていくわ」


 ルイスの揺れる尻尾が、噴水の水を小さく跳ね上げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ