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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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86話


 全員の反感を買いながらも、ヴィクトールは悠々と保健室に入ってくる。

 

 ニコラがいきり立つが、それを止めたのは意外にもディートハルトだった。

 この場で誰よりも怒りを感じて然るべき相手に止められては、その後に続くこともできない。


 ヴィクトールとディートハルト。

 みんなが二人の出方を伺う中、口火を切ったのはやはりヴィクトールの方だった。


 無遠慮にルイスを見ていた視線が、不意にこちらを向く。

 

「やあ、アメリア嬢。体調はもういいのかい?」


「……ええ、お陰様で」


 彼と最後に会ったのは、エルネスタ襲撃事件の前だ。

 私はあのまま実家に戻ってしまったのでよく知らないが、それなりの騒ぎになったらしい。


 復帰時には殆んど落ち着いていたとはいえ、こうして気遣われるのは初めてじゃない。


 が、今はそんなタイミングじゃないだろう。

 諌めるように目尻を釣り上げれば、彼は飄々とした様子で肩を竦める。


「そんな怖い顔をするものじゃないよ。せっかくの美人が台無しだ」


「軽口を叩きにきたのなら今すぐ帰って」


 ただでさえ入室時の発言で空気が悪いんだから、と心中で付け足す。視界の端でニコラが大きく頷いた。

 

 しかし、聞き馴染んだ声が「いや」とそれをひっくり返す。

 眉間に渓谷のような深い溝を刻んだディートハルトが、つま先をくるりとこちらに向けた。

 

 神経質そうな音を立てながら、彼はヴィクトールに近付く。


「先ほど、お前は『このままじゃ』と言ったな。ルイスに何が起きているか、知っているのか?」


 ハッと彼の言葉を思い出した私も、口端を上げる彼に詰め寄った。

 割り込むような私の態度に眉を顰めたディートハルトだったが、今は無視。

 

 ヴィクトールの胸ぐらをわし摑むと、余裕のある笑みが崩れた。


「ちょっと顔貸して」


 そのまま彼を廊下に引っ張り出す。

 誰かが「あ、おい!」と声をあげたが、それも無視。文句はまとめて後で聞こう。


「やれやれ……強引だねぇ。お嬢様ごっこはもういいのかい?」


「失礼、気が立っているもので」


 我ながら刺々しい声だ。

 しかし、焦りと苛立ちで猫を被る余裕もない。

 

 廊下に出てすぐ、ヴィクトールを雑に壁際へと追いやる。

 私に力があれば、叩きつけていたかもしれない。

 

 それぐらい、腹が立っていた。

 

 しかし、今彼に対して一番怒っているであろうディートハルトが苛立ちを堪えたのだ。

 私が怒りを口にするわけにはいかない。


 深呼吸を一つ落とす。今にも殴りかかりそうな拳を無理やり開き、どこか冷めた赤色を見上げた。


「無礼はお互い様と思って欲しいのだけれど……春先に広まった貴方の噂、あれは真実だったのね」


 ピクリと彼の眉が僅かに跳ねる。しかし、すぐに彼は薄寒い笑みを浮かべ「噂?」と問う。

 

「惚けないで。貴方の恋人が流した噂よ。……うちのメイドも、赤みがかった目をしているの」


「……ああ、成る程。そういえば、フンベルクは()()()()()()だったね」


 赤い瞳は混血の証。

 そう言ったエルフリーデの言葉を確かめるため、私は薔薇色の瞳を持つドーリスに訊ねた。


 貴女には本当にシュタルクの血が入っているのか、と。

 

 答えはイエス。リヒャルトの言葉通り、彼女の家系には確かに鳥人種がいたという話だった。

 もしヴィクトールがこれ以上惚けるようなら、学食で私が来るのを待っているであろうドーリスを呼びつけたっていい。


 そう思ったが彼はあっさりと認めた。

 奇妙な違和感を覚えつつ、私はそれなら話は早いと話を続ける。


「ねえ、ヴィクトール。貴方、以前こう言ったわよね。……私が望むなら、何でも答えるって」


 その言葉は、また有効かしら?


 そう問いかけながら、胸元で揺れるクリーム色のスカーフを掴み、引き寄せる。

 眼前に迫った綺麗な顔が驚きに満ち、すぐに「へえ」と口元だけが笑った。


「もちろんだとも……お嬢さん(フロインライン)

 

 誘うような甘い声。

 しかし、声色とは裏腹に真っ赤な宝石のような瞳は冷たい輝きを放っている。

 

 そんな彼に頼るしかない自分が不甲斐ない。が、今は時間がなかった。

 よし、と頷き、私はパッと手を離す。


 腰に回る彼の手を軽く跳ね除けながら、私は「なら、さっさと保健室に戻りましょう」と踵を帰した。


「ルイスが助かる術があるのでしょう? 何でもするわ……力を貸して」




 私たちが保健室に入ってすぐ、事情を説明する前に廊下が騒がしくなった。

 どうやらトーマスがカレステンを連れて戻ってきたようだ。こんな短期間でよく連れ出せたな、と感心した。

 

 後から知った話によると、どうやらルイスの危機を知ったカレステンが、ろくに許可も取らずに飛び出したらしい。

 こっぴどく叱られたと後々聞かされた。


 慌ただしい足音共に保健室へ飛び込んできたカレステン。

 部下に様々な医療機器を持たせてきたらしく、すぐに保健室の簡易ベッドが医療用に早変わりした。

 

 専門的な言葉が飛び交う中、ニコラがホッと安堵の息を吐く。


「……これで、ルイスも一安心だね」


 賛同の言葉は出なかった。

 しかし、ギルベルトは私の反応を伺っているし、ディートハルトの表情は険しいままだ。


 もちろん、私だってカレステンの腕を疑っているわけではない。

 だが、このままで終わるのなら、きっとルイスはアメリアの攻略対象にはならなかっただろう。


 彼の渇きは、アメリアでないと救えない。

 ————だからこそ、アメリアでない私では、彼を救えない。


 奥歯の軋む音がした。

 ここにいても邪魔になるからと、ニコラがギルベルトと私の袖を引く。


 彼女の言う通りだ、と半歩足を引いた時だった。


「本当に、良いのかい?」


 香水のように甘い声が、風に乗って耳に届いた。

 あまりに細やかで、小さな一瞬の問いに、己の聞き違いかと思う。


 しかし、振り返った先にあったのは、こちらを静かに見下ろす赤い眼差し。

 真一文字に引き結ばれた唇からは、いつもの軽薄さが感じられない。


 思わず足を止めると、ニコラが訝しげに私を呼んだ。ギルベルトは何も言わない。


「……もう少し、ここにいて良いかしら」


 ディートハルトにそう問えば、彼は一瞬だけ眉を顰め、静かに顎を引いて頷いた。

 二人に視線を戻せば、ニコラは静かに眉を釣り上げる。本心としては、彼女たちも残りたかったのだろう。


 しかし、昼休みの終わりを告げるチャイムの音とトーマスの言葉に背を押され、ニコラとギルベルトは渋々教室に戻った。



 

 保健室に残ったのは、ルイスの主人であるディートハルト。

 そして、トーマスの言葉に梃子でも動かない私と、同じく彼の言葉を飄々と交わしたヴィクトールだった。


 カレステンたちの声だけが響く中、虚しい時間が過ぎていく。

 何故、私は今カーテンの向こう側にいないのだろうか。


 唇を噛んでいると、不意に何かが唇に触れた。思わず頭を反らせば、後頭部が背後の薬棚にぶつかった。

 うるさい、と咎めるようなトーマスの視線が飛んでくる。黙礼し、原因となった隣人を睨んだ。


 悪気のなさそうな顔で目を瞬くヴィクトール。自身の指先と、掠めた私の口元とを交互に眺めている。

 

「……あまり強く噛むと、血が出てしまうよ」


「ご忠告どうも。次は手より先に言葉をお願いするわ」


 というか、洗ってない手で口元を触らないでほしい。

 両手を肩の高さに上げた彼は、冗談でも言うように「了解」と頷いた。そのまま彼は手を洗いに水道へと近付く。


 ばしゃばしゃとした水音が加わった保健室で、ディートハルトが静かに問うた。


「役に立つのか?」


「ヴィクトールのこと? ……そうね、多分」


 少なくとも、私よりは。


 そう付け足そうとして、口籠る。代わりに「腹の立つことに」と言えば、ディートハルトは無言で同意した。


 


 

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